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七不思議と七人のタイムリーパー  作者: 小鳥遊
第1章「未来を映す鏡」

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第3話 約束したのに


 誰かの後悔が、まだ終わっていない音がした。


 チリ。


 チリ。


 耳の奥に残ったその音は、美術室を出ても消えなかった。


 一ノ瀬澪は、最後まで鏡の前から動かなかった。


 俺が「相川さんと話した方がいい」と言ったあとも、彼女はただ古い姿見を見つめていた。


 雨宮は何も言わなかった。


 いつもなら、いや、まだ知り合って二日目だから“いつも”なんて言えるほどの関係じゃないのだけれど、それでも雨宮なら何か一言添えると思っていた。


 けれど、彼女は黙っていた。


 一ノ瀬が自分で言葉を選ぶのを待っているみたいに。


「……少し、考えさせて」


 やがて、一ノ瀬はそう言った。


 その声は、さっきよりもずっと小さかった。


「分かった」


 雨宮が答える。


 俺も頷いた。


 美術室を出る直前、もう一度だけ鏡を見る。


 鏡はただ、昼の光を受けて鈍く光っていた。


 泣いている一ノ瀬も、怒っている誰かも、もう映っていない。


 ただの古い鏡。


 そう見えるのに。


 俺には、まだその奥に何かが沈んでいる気がした。


   *


「それで? 秘密イベントはどうだった?」


 教室に戻るなり、四谷蓮がにやにやしながら聞いてきた。


 俺は席につきながら、弁当箱の蓋を開ける。


「秘密イベントじゃない」


「じゃあ何イベント?」


「道に迷った一年生が美術室にたどり着いたイベント」


「地味だな」


「地味でいいんだよ」


「でも三組の一ノ瀬さんがわざわざ呼びに来たんだろ? 絶対地味じゃないじゃん」


 四谷は焼きそばパンをかじりながら、興味津々という顔をしている。


 こいつは本当に、人の事情に鼻を突っ込むのがうまい。


 でも、不思議と不快ではなかった。


「一ノ瀬って、有名なのか?」


「有名ってほどじゃないけど、もう名前は聞いたな。美術でなんかすごいらしい。中学の時に賞取ってたとか」


「詳しいな」


「人間観察が趣味だから」


「それ昨日も聞いた」


「大事なことは何度でも言うタイプ」


 四谷はそこで少し声を落とした。


「で、本当に大丈夫なのか?」


「何が」


「佐倉、さっき戻ってきた時、顔色悪かった」


 俺は箸を止めた。


 さっきまでの軽さが嘘みたいに、四谷の目は真面目だった。


「そうか?」


「そう。あと雨宮さんも、ちょっと変だった」


「雨宮も?」


「うん。なんか、笑ってるけど笑ってない感じ」


 俺は雨宮の席を見る。


 彼女は女子数人と昼食を取っていた。

 楽しそうに笑っている。

 少なくとも、周りからはそう見える。


 でも一度そう言われると、確かに少しだけ無理をしているようにも見えた。


「佐倉」


「何」


「面倒なことなら、早めに巻き込めよ」


「誰を」


「俺を」


 四谷は当然みたいに言った。


「何でお前を巻き込むんだよ」


「友達だから?」


「昨日会ったばかりだろ」


「友達になるのに日数制限ある?」


「ないけど」


「じゃあ友達でいいじゃん」


 四谷は笑った。


 その軽さに、少し救われた気がした。


 俺は弁当の卵焼きを口に入れながら、曖昧に頷く。


「考えとく」


「それ、だいたい巻き込まないやつの返事だな」


「よく分かってるじゃん」


「分かりたくなかった」


 四谷は大げさに肩を落とした。


 その時、教室の入り口から女子の声が聞こえた。


「澪、ここにいるって聞いたんだけど」


 声の方を見る。


 そこに立っていたのは、知らない女子だった。


 背は雨宮より少し低い。

 短めの髪が、動くたびに軽く跳ねる。

 表情は明るいが、目だけが少し焦っていた。


 同じ一年のリボン。

 たぶん三組。


「あれ、澪いない?」


 彼女は教室を見回して、首をかしげた。


 俺はその顔を見た瞬間、鏡の中の映像を思い出した。


 床に散らばった絵の具。

 破れたキャンバス。

 そして、泣きながら笑っていた女子。


 ――澪が、私の気持ちを勝手に決める方が嫌だ。


 間違いない。


 この子が、相川莉子だ。


「あ、雨宮さん」


 相川は雨宮を見つけると、ぱっと表情を明るくした。


 雨宮が顔を上げる。


「相川さん?」


「澪、こっち来てない? 昼休み、急にいなくなっちゃって」


「一ノ瀬さんなら、さっき美術室にいたよ」


「やっぱり」


 相川は小さく息を吐いた。


「また一人で描いてるのかな」


 その声には、怒りよりも心配が滲んでいた。


 俺は思わず聞いてしまう。


「また?」


 相川がこちらを見る。


「えっと」


「佐倉悠真。一年二組」


「ああ、昨日澪が言ってた人?」


「一ノ瀬が?」


「うん。変な男子に見られたって」


「言い方」


 相川は少し笑った。


 明るい笑い方だった。


 鏡の中で泣いていた姿とは、まるで違う。


「私は相川莉子。一年三組。澪と同じクラス」


「知ってる」


「え?」


「あ、いや」


 しまった。


 相川の名前を知っている理由が、普通には説明できない。


 俺が言葉に詰まると、雨宮が自然に間に入った。


「一ノ瀬さんから聞いたの。相川さんと一緒にコンクールに出るって」


「ああ、それ」


 相川は嬉しそうに笑った。


「そうなんだよ。六月の校内コンクール。まだ入学したばっかりだけど、一年でも出せるらしくて」


「楽しそうだね」


「うん。澪と一緒に出るの、中学の時から約束してたから」


 約束。


 その言葉に、俺は反応してしまう。


 相川はそれに気づかず、続けた。


「澪ってさ、すごいんだよ。ずっと絵が上手くて、何描いてもちゃんと澪の絵になるっていうか」


「相川さんも絵を描くんだろ?」


「描くよ。でも私は、澪ほどじゃない」


 相川は当たり前みたいに言った。


 でも、そこに卑屈さはなかった。


「悔しくないのか?」


 つい聞いてしまった。


 相川は少し目を丸くして、それから笑った。


「悔しいよ」


「え」


「当たり前じゃん。めちゃくちゃ悔しい。隣にいると、自分の下手さが分かるし。澪が褒められると、すごいって思うのと同じくらい、悔しいって思う」


 その言葉は、鏡の未来とは違って聞こえた。


 未来の相川は、一ノ瀬を責めていた。


 でも目の前の相川は、自分の悔しさをちゃんと言葉にしている。


「でもさ」


 相川は少し照れたように笑った。


「それでも、一緒に描きたいんだよね」


 俺は何も言えなかった。


「澪がいると、自分ももっと描きたいって思えるから。負けたくないって思えるから。だから、コンクールも一緒に出たい」


「……そうか」


「うん」


 相川は教室の外を見る。


「でも最近、澪がちょっと変でさ。急に一人で描き始めるし、話しかけても上の空だし。昨日なんて、コンクールの話したら変な顔された」


 鏡を見たからだ。


 一ノ瀬は未来を恐れて、相川から距離を取ろうとしている。


 でもその行動が、相川を不安にさせている。


 鏡に映った未来は、もう始まっているのかもしれない。


「ねえ、雨宮さん」


「うん」


「澪、何か言ってた?」


 雨宮は少しだけ迷った。


 それから首を横に振る。


「私からは言えない」


「そっか」


 相川は残念そうに笑った。


 でも、怒らなかった。


「じゃあ、本人に聞く」


 そう言って、彼女は教室を出ようとした。


 その背中に、雨宮が声をかける。


「相川さん」


「ん?」


「一ノ瀬さんが、もし変なことを言っても」


 雨宮は言葉を選ぶように、一瞬だけ間を置いた。


「それが、相川さんを傷つけたくないからだったとしても」


「うん」


「ちゃんと怒っていいと思う」


 相川はきょとんとした。


 それから、少し笑った。


「雨宮さんって、変わってるね」


「よく言われる」


「でも分かった。怒る時は怒る」


 相川は軽く手を振って、教室を出ていった。


 その背中が見えなくなってから、俺は雨宮を見る。


「言い方が具体的すぎないか」


「そうかな」


「一ノ瀬が相川を傷つけたくなくて変なこと言うって、ほぼ分かってる言い方だったぞ」


「佐倉くんも、そう思ってるでしょ」


「それは……」


 そうだ。


 俺も同じことを思っていた。


 一ノ瀬は相川を傷つけたくない。

 でも、そのせいで相川を傷つける方向に進んでいる。


「雨宮は、こういうのに慣れてるのか」


「慣れたくはなかったよ」


 雨宮は小さく言った。


 その声は、昼休みの教室のざわめきに紛れそうなくらい小さかった。


   *


 放課後。


 俺はまた旧校舎へ向かっていた。


 理由は分かっている。


 見なかったことにできなかったからだ。


 昨日、雨宮に言った言葉が自分に返ってくる。


 見たものを見なかったことにはできない。


 あんなことを言ってしまった以上、放っておく方が気持ち悪かった。


 美術室に近づくと、例の音が聞こえてきた。


 チリ。


 チリ。


 昼休みよりも、さらに大きい。


 扉の前で足を止める。


 中から声がした。


「なんで?」


 相川莉子の声だった。


「なんで急にそんなこと言うの?」


 俺は反射的に扉の横に身を寄せた。


 盗み聞きだ。


 よくない。


 そう思ったが、足が動かなかった。


「ごめん」


 一ノ瀬の声がする。


「やっぱり、コンクールは一緒に出られない」


「理由は?」


「私が、出たくなくなった」


「嘘」


 相川は即座に言った。


「澪、嘘つくの下手すぎ」


「嘘じゃない」


「じゃあ、私の顔見て言って」


 沈黙。


 それだけで、一ノ瀬が相川の顔を見られていないことが分かった。


「何かあった?」


「何もない」


「何もない人は、そんな顔しない」


「莉子には関係ない」


 その言葉が出た瞬間。


 美術室の中の空気が変わった。


 俺は、あ、と思った。


 言ってはいけない言葉だ。


「関係ない?」


 相川の声が低くなる。


「一緒に出ようって言ったの、澪だよね」


「だから、ごめんって」


「謝ってほしいんじゃない」


「じゃあ、どうすればいいの」


「本当のこと言ってよ!」


 相川の声が廊下まで響いた。


 俺は思わず身を固くする。


「澪、最近ずっと変だよ。私が何かしたなら言って。私が下手だから嫌になったなら、それも言って。勝手に一人で決めないでよ」


「違う」


「じゃあ何が違うの!」


「莉子が傷つくのが嫌なの!」


 一ノ瀬の声が、初めて大きくなった。


 美術室が静まり返る。


「私が出たら、莉子は傷つく。私だけが選ばれて、莉子は落ちて、絵をやめる。そうなるかもしれない」


「……何、それ」


 相川の声が震えていた。


「なんでそんなこと分かるの」


「分からない。でも」


「分からないのに決めたの?」


「違う。私はただ」


「私が落ちるって、澪が決めたの?」


「違う!」


「私が絵をやめるって、澪が決めたの?」


 俺は息を止めた。


 鏡の中で見た未来と、同じ方向に進んでいる。


 澪のせいだ。


 約束したのに。


 頭の中で、あの口の動きがよみがえる。


「……そんなに私のこと、信用してないんだ」


 相川の声が聞こえた。


 その声は怒っているのに、泣きそうだった。


「莉子」


「澪が出ないなら、私も出ない」


 鏡で見た言葉。


 現実の相川が、それを口にした。


 チリ、と音が鳴る。


 今までで一番鋭く。


 扉の向こうで、何かが倒れる音がした。


 俺は考えるより先に、扉を開けていた。


「一ノ瀬!」


 美術室の中では、一ノ瀬がキャンバスの前で立ち尽くしていた。


 相川莉子は涙を浮かべたまま、こちらを振り返る。


「……誰?」


「ごめん。盗み聞きしてた」


 最悪の第一声だった。


 けれど、他に言いようがなかった。


 相川は一瞬ぽかんとして、それから怒ったように眉を寄せる。


「は?」


「いや、本当にごめん」


「何それ。意味分かんないんだけど」


「俺も意味分かんない」


「もっと意味分かんない」


 相川の怒りが、ほんの少しだけ逸れた。


 一ノ瀬が震える声で言う。


「佐倉くん、なんで」


「話した方がいいって言っただろ」


「だからって、入ってくる?」


「入るつもりはなかった。でも」


 俺は古い鏡を見る。


 鏡の中に、もう一つの美術室が映っていた。


 床に散らばる絵の具。

 破れたキャンバス。

 泣いている相川。

 立ち尽くす一ノ瀬。


 さっき見た未来と同じ景色。


 でも、まだキャンバスは破れていない。

 絵の具も散らばっていない。


 まだ、完全にはそこまで行っていない。


「たぶん、このままだともっと悪くなる」


「何が」


 相川が聞く。


 俺は答えに詰まる。


 未来が見える鏡があって、俺にはそれが見えて、一ノ瀬はそれを恐れていて、なんて説明して信じてもらえるわけがない。


 でも、何も言わないわけにもいかない。


「一ノ瀬は」


 俺は言った。


「相川さんを見下してるわけじゃないと思う」


「……」


「信用してないわけでもないと思う」


「じゃあ何」


「怖いんだと思う」


 一ノ瀬が顔を上げる。


「相川さんが傷つくのが怖い。自分のせいで絵を嫌いになるのが怖い。だから先に逃げようとしてる」


「逃げる?」


 相川が一ノ瀬を見る。


 一ノ瀬は何も言わない。


 沈黙が、答えみたいだった。


「澪」


 相川の声は、さっきより少しだけ柔らかくなった。


「私が落ちるの、そんなに怖い?」


 一ノ瀬は唇を噛む。


「怖い」


「私が絵をやめるのが?」


「怖い」


「私が澪を嫌いになるのが?」


 一ノ瀬は、すぐには答えなかった。


 けれどやがて、小さく頷いた。


「怖い」


 相川はしばらく黙っていた。


 そして、深く息を吐く。


「馬鹿じゃん」


「……」


「馬鹿だよ、澪」


 一ノ瀬が肩を震わせる。


 でも、相川の声は責めているだけではなかった。


「私、落ちたら普通に泣くよ。悔しいし、澪に八つ当たりするかもしれない。最悪、『澪のせいだ』くらい言うかも」


 一ノ瀬の顔が強張る。


 俺も息を止めた。


 相川は続ける。


「でも、それで絵をやめるかどうかまで、澪が決めないで」


 一ノ瀬の目が揺れた。


「私が澪を嫌いになるかどうかも、澪が決めないで」


 美術室が静かになる。


 相川は涙を拭って、笑った。


「私の気持ちは、私のものだから」


 その言葉を聞いた瞬間。


 チリ、と鳴っていた音が、ふっと弱くなった。


 一ノ瀬は立ち尽くしたまま、何も言えずにいた。


 俺は鏡を見る。


 鏡の中の未来が揺れている。


 破れたキャンバスが、元に戻る。

 散らばった絵の具が、消えていく。

 泣いていた相川の姿が薄くなる。


 代わりに、鏡の中には今の美術室が映った。


 現実と同じ、夕方の美術室。


 ただ一つだけ違うのは、鏡の中の一ノ瀬が泣いていたことだ。


 現実の一ノ瀬は、まだ泣いていない。


 でも鏡の中の彼女は、声もなく泣いていた。


 さっきとは違う涙だった。


 責められる未来を恐れる涙ではなく。


 ようやく怖かったと言えた人の涙。


「……ごめん」


 一ノ瀬が言った。


 相川は腕を組む。


「それ、何に対して?」


「勝手に決めたこと」


「うん」


「約束をなかったことにしようとしたこと」


「うん」


「莉子が、私を嫌いになるって決めつけたこと」


「うん」


 一ノ瀬は顔を上げた。


「それでも、私は怖い」


「知ってる」


「莉子が傷つくのも、嫌だ」


「知ってる」


「自分だけ選ばれるかもしれないのも、怖い」


「それはちょっとむかつくけど、知ってる」


 相川の言い方に、一ノ瀬が少しだけ笑った。


 初めて見る表情だった。


 大人びていて、静かで、近寄りがたいと思っていた一ノ瀬澪が、その瞬間だけは普通の高校一年生に見えた。


「でも、一緒に出たい」


 一ノ瀬は言った。


「本当は、莉子と一緒に出たい」


 相川は、少しだけ目を潤ませた。


「最初からそう言ってよ」


「ごめん」


「次勝手に辞退しようとしたら、絵の具ぶつけるから」


「それは困る」


「困って」


 二人は小さく笑った。


 チリ。


 最後に一度だけ、音が鳴る。


 でもそれは、さっきまでの痛い音ではなかった。


 張り詰めた糸が、ようやく緩んだような音だった。


   *


 美術室を出ると、廊下に雨宮が立っていた。


 いつからいたのかは分からない。


 けれど、たぶん途中から聞いていたのだと思う。


「入らなかったんだな」


 俺が言うと、雨宮は少し笑った。


「佐倉くんが入ったから」


「俺も入るつもりなかったんだけど」


「でも、入った」


「成り行きで」


「そういうところだよ」


「どういうところだよ」


 雨宮は答えなかった。


 ただ、美術室の扉を見つめていた。


 中からは、一ノ瀬と相川の小さな話し声が聞こえる。


 まだ完全に元通りではない。

 でも、さっきまでとは違う。


 少なくとも、二人は同じ部屋で向き合っている。


「未来、変わったのかな」


 俺が呟くと、雨宮は少し考えてから言った。


「分からない」


「分からないのか」


「うん。未来って、たぶん一回変えたら終わりじゃないから」


「面倒だな」


「うん。すごく」


 雨宮は笑った。


 でもその笑顔は、やっぱり少し寂しかった。


「でも、今の一ノ瀬さんは、さっきより少しだけ未来に近づいたと思う」


「未来に?」


「ううん。今に、かな」


 雨宮はそう言って、俺を見る。


「佐倉くんは、すごいね」


「何が」


「未来を見ても、未来じゃなくて、目の前の人を見るんだね」


「相変わらず意味深だな。そんな大したことしてない」


「大したことだよ」


 雨宮の声が、少しだけ震えた。


「少なくとも、私には難しかった」


 俺はその言葉の意味を聞こうとした。


 けれど、雨宮は先に歩き出す。


「帰ろう。もう遅いし」


「雨宮」


「何?」


「お前、やっぱり何か知ってるだろ」


「うん」


 あまりにあっさり認められて、俺は言葉を失った。


 雨宮は振り返って、小さく笑う。


「でも、今日はまだ言わない」


「またそれかよ」


「うん。またそれ」


「いつ言うんだ」


 雨宮は少しだけ空を見た。


 旧校舎の窓から差し込む夕日が、彼女の横顔を赤く染めている。


「佐倉くんが、私の話を信じてもいいって思えた時」


「それ、どうやって判断するんだよ」


「私が判断する」


「ずるくないか?」


「ずるいよ」


 雨宮はそう言って、少しだけ笑った。


 その笑顔は、やっぱり初対面の相手に向けるものではなかった。


 長い時間の果てに、ようやくまた会えた人に向けるような。


 そんな笑顔だった。


 俺は何も言えず、ただ彼女の後ろを歩いた。


 その日の夕方。


 美術室の鏡に映っていた未来は、少しだけ形を変えた。


 でも、俺の耳の奥にはまだ、かすかな音が残っていた。


 チリ。


 チリ。


 第一の七不思議は、まだ終わっていない。


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