第6話 ロックとは
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『浅草発・新様式の騒音音楽』
浅草の劇場街で、北川連という一人の男が生んだ音楽が俄かに旋風を起こしている!
ギターという弦楽器を激しく掻き鳴らし、叫ぶように歌うその様式は、ジャズや従来の流行歌とは異なる奇妙なものだ。
劇場の最前列で熱狂するのは常に不良少年達で、街角でも「リンダリンダー!」と合唱する現象が起きている。
このような音楽を、人々は「ロック」と呼ぶ。英語のRock(揺さぶる)と、発信地の浅草六区を掛けた言葉だ。
北川連の初のレコード『リンダリンダ』(ニッポノホン、定価一円三十銭)は、二月十五日発売。
(講談社『キング』昭和二年二月号より)
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浅草のレコード店の店先には、若者達の大行列が出来ていた。
「まだかよ!」
「おい、順番守れ!」
「『リンダリンダ』、もう売り切れたって本当か!?」
店員が汗だくで木箱を運び込みながら叫ぶ。
「押すな押すな!今日入った分はまだある!」
木箱のラベルにはこう書かれていた。
――《北川連 リンダリンダ》
世界初の”ロック”レコードである。
「2週間で、5万枚…」
ヘレン宅の居間で、拓哉は売上表を眺めて言った。
「みどり、この時代に5万枚って、どう?」
みどりも数字を覗き込みながら答える。
「異例の売れ行きよね、蓄音機の普及率からしたら。もしラジオで流れて、地方にも浸透していったら大変なことになるわ」
「それにうちらも参加してるってヤバすぎない?」舞は興奮気味に言った。
『リンダリンダ』の録音には、拓哉・みどり・舞もコーラスで参加していた。もっとも、最初のステージの時のような足踏みや手拍子は無く、代わりにジャズ出身の奏者たちがウッドベースとドラムを担当していたが。
連は、ずっと夢を見てるみたいだ、と思った。
ついこの前まで、新宿の片隅で数人の客相手に路上ライブをしていた自分の声が、蓄音機に載って全国へ流れていく。
2月22日には、2ndシングルと銘打って『あなたに』が発売された。MONGOL800の曲だ。
3月1日には、3rdシングル『歩いて帰ろう』が発売された。斉藤和義の曲だ。
どの曲も、飛ぶように売れた。
『リンダリンダ』は主に若い男性の間で支持を広げたのに対し、『あなたに』は若い女性のロックファンを増やし、『歩いて帰ろう』は子どもから大人まで幅広い年齢層のロックファンを増やしている。
巷の劇場やジャズ喫茶では、連がもたらした曲以外にも、様々な新しい楽曲が生まれ始めていた。
力強いボーカル、アコースティックギター、ウッドベース、ドラムス。
東京に「ロックバンド」が次々と現れ始めていた。中には外国人ミュージシャンの姿も少なくなかった。
エレキギターは、まだ発明されていない。だが逆に、生身の音が人々を揺さぶっていた。
「連、すっかりロックの始祖じゃん」
拓哉が煙草を咥えながら言った。
「いや……」
連は苦笑した。
「ロックが日本生まれなんて、これからの音楽史、楽しみのような、不安なような……」
みどりが原稿用紙を持ったまま、楽しそうに口を挟む。
「私は便乗して、ギター流行の記事を書きまくってるわ。ギターが人気すぎて、なかなか少年達が買えないんだって」
「そうなんだ。ギター、増産してほしいな。僕より才能ある若い人達もたくさん、もっともっと、自分で等身大の曲を書いて歌うようになったらいいと思う」
「さすが連、いいこと言うわね?私、どんどん煽っちゃお~。インタビューさせてください!北川さんにとって、ロックとは何ですか?」
「難しいこと聞くなあ」
連は少し考えた。
「ロックとは、自由」
「自由?」
「うん。誰がどんな詞を叫んでもいい。それがロック」




