第7話 女だから
1927(昭和2)年2月。
舞は、毎日朝から歩き回っていた。浅草。神田。銀座。新宿。カフェー、デパートの食堂、和食店、洋食店、中華料理屋――。
様々な店の暖簾をくぐっては、同じ言葉を繰り返した。
「働かせてください。厨房で」
返ってくる言葉も、どこも大体同じだった。
「厨房は女の世界じゃない」
「家庭料理と違って、力も根気も要る。若い女には難しい」
「女なんだから接客やってほしいな。君、愛嬌あるし、女給としてならすぐ雇えるよ」
門前払いされて店を出ると、吐く息が白く空へ溶けた。
拳を握る。
悔しい。
未来では当たり前だった景色が、ここには無い。料理人になりたがる女なんて「面倒な世間知らず」としてしか扱われない。女だという時点で、対等に話をしてもらえない。
夕方、ヘレンの家へ戻るなり、舞は帽子を畳に叩きつけた。
「なんなの!?なんなのこの時代!」
居間で原稿に向かっていたみどりが顔を上げる。
「駄目だった?」
「全部同じ!『女だから無理』、『給仕なら雇う』、『笑ってればいい』って!」
舞は部屋をぐるぐる歩き回った。
「料理したいって言ってんの!客に愛想振りまきたいんじゃないの!」
「ほんっと腹立つわね」
みどりも眉を吊り上げる。
「私は『男みたいに歩くいけすかない女』くらいで済んでたけど、職業選択すらできないのは異常よ」
「だよね!?」
「異常」
断言した。
横にいた連が少し考えてから、ぽつりと言う。
「……自分たちで店を持ってみるって、どうだろう」
舞とみどりが同時に振り返った。
拓哉が先に食いつく。
「いいな、それ」
テーブルを叩く。
「作ろうぜ。ジェンダーフリー経営のカフェ。男も女も関係なく、働ける場所」
舞の顔が、ぱっと明るくなった。
「いい……!」
そして少し考え込み、ゆっくり言う。
「あたしね。店を出すなら、自分が育ってきた場所でやってみたい」
「大久保?」
「うん。大久保の近く」
「なら、やっぱり新宿駅じゃない?この4月に小田急線も開業する予定だし、どんどん栄えていくのは間違いないから」
みどりは言った。
「それにしても、連も拓哉も音楽やお笑いで忙しいでしょ。店を開くなら、協力してくれる仲間がまだまだ必要ね」
舞は胸の奥が熱かった。自分は今、事故で失った未来全てを、信頼できる仲間たちとまた始めようとしている。
「……本当にみんなありがとう。あたし、頑張って仲間増やしてみる」
数日後、舞は人脈と資金を作るため、そしてこの時代の店舗経営を少しでも知るために、新宿のカフェーで働き始めた。女給として。
「いらっしゃいませ!」
笑顔で客を出迎える。客の煙草に自然に火をつけ、水を注ぎ、冗談に笑う。
舞は間もなくして、人気の女給になった。
「あの子を呼んでくれ」
「舞ちゃん、今日は休みかい?」
常連客が増え、チップも増える。
その分――。
「今度、映画でもどう?」
「銀座のダンスホール、連れてってあげるよ」
下心丸出しの男も言い寄ってくる。
舞はにこにこ笑いながら、全部かわした。
「ごめんなさい、忙しいんで!」
女給仲間たちはそれを面白がった。
「また誘われてるー」
「舞姉さん、モテすぎ!」
そんな女給仲間の中に、特に仲良くなった2人がいた。
一人はハル。19歳。山梨の農家出身で、少し訛りがある。
少し前まで製糸工場で女工もしていたという。短く切った髪に、きびきびした動き。
「男が厨房、女が給仕なんて決まってるの、おかしいですよね」
閉店後、雑巾を絞りながらハルが言う。
「舞さんの話、私すごく分かります」
「ほんと?」
「私も工場でずっと思ってたんです。なんで女だけこんな働かされ方するんだろって」
もう一人は千代子。四谷育ちの18歳。ハルとは対照的な都会っ子である。
流行りの髪型で、いつも可愛らしい服を着ている彼女は、典型的なモダンガールのようだった。
ある晩、千代子が目をキラキラさせて聞いてきた。
「舞姉さん、あの、北川連さんの友達って本当ですか?」
「うん。本当だけど」
「きゃー!」
周囲の女給たちも振り返るような声で反応する。
「私、ファンなんです!」
千代子は胸の前で手を組んだ。
「ロックって最初、怖い音楽かと思ってたんです。でも『あなたに』を聴いて、すっごく純粋で……男の人の歌詞なのに、かっこつけが無いというか、それが新鮮で……」
「いつか、店に来たら紹介してあげるよ」
「えっ!?本当に!?」
「多分ね」
「私、ずっと舞姉さんについていきますから!」
舞は新宿通りを、一人歩きながら思う。
新宿はまだ2026年ほど巨大ではない。けれども、あちこちで新しい工事が行われている。間違いなく、時代に求められ成長している街だった。
ここで店をやる。誰かに許されるのを待つんじゃない。同じ未来を知る仲間や、新しい仲間たちと一緒に、自ら作る。
未来に、繋がる場所を。




