表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第4話 しゃべくり漫才

 1927(昭和2)年1月中旬。

 浅草寺近くでのステージの後、拓哉は、連を初めてサシ飲みに誘った。

「連は最近、どういうモチベーションで人前で活動してる?」

「そうだね……単純に、皆に求められてるっていう状況が楽しくてかな」

「いいね」

「あとさ……」

「うん」

「曲が楽しいとか、面白いとか、美しいとか、凄いとか。そういうことで人が熱狂してくれるのって、良くない?」

「というと?」

「この時代に来たからには、そういうことじゃなくて、戦争に熱狂していくような皆を見るのは嫌なんだよね」

「…………お前、偉いよ。本当に凄い奴だ」


 月明かりの中で、高杉拓哉は思う。自分はどんな奴だっけ?

 たくさんの人の本を読んできた。子どもたちを教えたり、一緒に遊んだりもしてきた。人前で芸もしてきた。恋もしてきた。

 結構、人に触れ合った人生だったんじゃないか。本当なら、自分も連みたいに、人に還元できることがたくさんあるんじゃないか。

 色んなことを、諦めなくてもいいんじゃないか。


 その夜から、拓哉は紙に向かい始めた。

 劇場の隅。ヘレン宅の居間。喫茶店。

 ノートに、思いつくまま台本を書き連ねていく。

 『教師と生徒』、『変な客が来るカフェー』――まずはオーソドックスなコントを、この時代に合わせて届けてみよう。


 数日後、拓哉は原稿を抱え、劇場主の元へ行った。

「コメディの台本を書いたんです」

「ほう、見せてみな」

 劇場主は煙草を咥えながら原稿を読み始める。

 数分後。劇場主は険しい顔をほとんど崩さずに言った。

「ウーム……」

「……いかがでしたか」拓哉は恐る恐る訊く。

「ちょっとな、コメディとしては……どこで笑えばいいのか、分からないくだりが多すぎる。例えばこの……」


 拓哉は言葉を失った。

(こんなに伝わらないものか)

 現代のオーソドックスなコントは、一般的な人と人の関係性、一般的な会話、一般的なシチュエーション、といった「観客の共通理解」にかなり依存していて、「そこからいかに外れるか」で笑いを生むことが多い。

 その「共通理解」自体が、令和と昭和初頭では違いすぎたのだ。

 音楽とは違う。同じ時代だとしても、音楽よりもお笑いの方が、国や文化圏に合わせたローカライズが必要だ。

 ましてや別の時代にお笑いを届けるには、かなり高度な翻訳が必要なのだ。

 この時代の人達にとっての話の面白さでは、この時代のプロにはそうそう勝てない。浅草には、ほぼ毎日舞台を踏んでいる落語家、漫談家、コメディ作家たちも既に沢山いる。

 だとしたら……。

 新しい「型」、新しい「間」や「テンポ」といった、話以外の部分の革新性で勝負するしかない。


 拓哉の頭に浮かんだのは、この時代の東京にまだ無い種類の演芸――しゃべくり漫才だった。

 話の大筋はこの時代の漫談家に任せて、自分はツッコミに専念してみるのはどうだろうか。


 それから拓哉は、相方を探して、毎日、劇場に通い続けた。

 面白い芸人は多かった。この人もいい。あの人もいい。

 ある日、鯉亭新太郎という芸人を観た。喋りは一流漫談家に比べるとあまり達者ではない。脱線が多いし、見栄っ張り、話を盛る、嘘が下手。しかも言い間違いだらけ。

 新太郎の話を聞きながら、拓哉は心の中で何度もツッコんだ。そして、思った。

(あ、これだ)

 終演後、拓哉は楽屋へ向かった。

「新太郎さん、今日の噺、めちゃおもろかったです!」

「おうありがとう」

「一つ提案がありまして。俺と、2人で掛け合いの芸をやってみませんか?」

「……は?」

 新太郎は間の抜けた顔をした。

「新太郎さんの話の変な部分に、俺が口を挟む」

「なんで?」

「掛け合いで、笑いどころを増やすんです」

「いや、話芸ってのは、のめり込んでもらうもんだろ?途中で遮る馬鹿があるかい」

「遮ることもできるし、逆に復唱して勢い付けることもできる。叱ったり、何かに喩えたりもできる。2人で喋る方が、1人で喋るよりもっと人間が立つこともある」

「意味分からねえ……」


 拓哉と新太郎のコンビが、初めて小さな寄席の幕間に立ったのは1月末のことだ。


 音楽活動が忙しく、デビューのステージを観に来られなかった連が訊く。

「漫才デビュー、どうだった?」

 拓哉は、にやりと笑った。

「なかなかの反応だったぜ?連、俺も時代変えるわ。お前に負けないくらいな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ