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第3話 未来予想図

 1927(昭和2)年1月初旬。

 北川連は既に、浅草界隈で話題になり始めていた。代名詞はやはりデビュー曲の『リンダリンダ』。路上には『リンダリンダ』を口ずさむ少年たちが出現し、連のステージには新し物好きの雑誌記者が訪れるようになった。

 そして、少しでも記者らしき文化人を見かけると、決まって話しかけ、話し込む人物がいた。

 赤井みどりである。


 昭和初期の攻略法を考え始めていたみどりは、さっそく記者の伝手を得て、神田にある中堅出版社の雑誌編集部を訪れることに成功した。

 1927年の雑誌界は、急成長中の業界だった。講談社が1924年に創刊した大衆娯楽雑誌『キング』が文字通りの王として君臨し、他にも総合雑誌、文芸誌、婦人誌、少年誌、写真誌、その他あまたの専門雑誌が登場していた。


 インクと煙草の匂い、タイプライターの音、そして怒号も飛び交うオフィスで、編集長はみどりに尋ねた。

「何か書きたいんだって?」

「はい。私は色々な文化人や業界人、技術者に取材したり、海外に行ったりした経歴がありますので、『これからの時代』を予測する連載をしたいんです」

「野心的でいいが、どこの馬の骨か分からん姉ちゃんに連載枠はやれんからなあ。ふはは。まずは単発記事、何本か持ち込んでもらわんと。載せられる保証は無いがね」

「編集長は、『テレビジョン』をご存知でしょうか?」

「いや、知らん」

「いま、フィルムの映像を電話のように電気信号に変えて、各家庭に置ける機械で、映画のように映す研究が進んでいるんです」

「ほ〜う?」

「これが進めば、ラジオを超える放送の革命が起きます。各家庭に流行が『絵』」として届くんです」

「そんなものでラジオが超えられる?」

「はい。ラジオは音だけですけど、テレビは映像と音を同時に届けます。台詞や音楽の付いた映画が、ラジオドラマのような連続物として毎週、家で観られるようになるんです。演劇や、色々な芸能も届けられる。ニュースや広告を伝える媒体としても、ラジオよりも人気になるでしょう」

「なるほど、悪くないぞ。他には?」編集長はメモを取り始めた。

「そうですね…経済のことにしましょうか。これからは『チェーン店』が増えていくと思います」

「チェーン店?」

「人気のある商店や喫茶店が、全国に鎖を広げるようにして、何百、何千と支店を出す時代が来ます」

「小売は地域での信用が物を言うからなあ。何百と店を出すには、相当の費用や労力が掛かると思うが」

「今はそうですが、商品の仕入れ、店の運営方法、店員の育成など、統一した形を作って効率よく運営すれば、どこの地域でも競争に勝ちやすくなります。雑誌も含めてメディアが発展して、全国に広告が広まりやすくなることも、小売の資本化を進めるでしょう」

「なるほど…話は面白い。何本か書いてもらって、良かったら連載にしよう。題名はそうだな…『昭和の将来』…『昭和を予見する』…」

「『昭和の未来予想図』はいかがでしょう?」

「なかなかじゃないか。やってみせてくれ」


 一方その頃。

 拓哉と舞は連日、街をぶらついていた。

 拓哉は両手をコートのポケットに突っ込みながら、本屋の軒先で足を止めた。平台には菊池寛や谷崎潤一郎、江戸川乱歩の本が並んでいる。何気なく雑誌を手に取り、ふと固まった。

「芥川まだ生きてんのか……」

「なんで、いつ死ぬの?」と舞。

「いつ死ぬかまでは知らないけど、なんでかは……なぁ、こういうのもし覚えてても言わないようにしようかな。色々知ってんの怖すぎね俺達」

「そもそも、うちらが知ってる歴史と同じように動くのかな?アタシさ、3人みたく頭良くないし、歴史わかんないから、大事件にだけ巻き込まれないように助けてね(笑)」

「大事件か、そうだよな……」

 当たり前だが、この時代には、まだ死んでいない人間が大量にいる。

 自殺する作家も、病気で死ぬ人間も、戦争で死ぬ人間も。

 生きてきた世界では「歴史」だった人たちが、普通に息をしている。

 妙な感覚だった。


 その頃、連は、劇場の楽屋で、一人ギターを抱えていた。

 ヘレンや劇場主たちの求めで、ソロでステージに立ったり、拓哉・みどり・舞ではなく、この時代のプロのミュージシャン達に伴奏を付けてもらったりする機会も出てきていたのだ。

 演奏する劇場の規模も大きくなり、求められる演奏時間も長くなってきていた。

 最前列には、毎回来る不良少年たちもいる。

 共演者や女優たちも、『リンダリンダ』を鼻歌で歌ってくれたりして、連は完全に浮かれていた。


 浮かれた気持ちでヘレン宅へ戻ると、みどりが大量の紙束を抱えて帰ってきた。

「見て!!」

 珍しく、かなりテンションが高い。

「え、どしたの?」連が聞く。

「原稿依頼。3社」

「3社!?」

 みどりは机に紙を広げた。

「『未来予想』の記事、全部食いついた。連載になるかもしれない」

 拓哉が呆れたように煙草を咥える。

「すげー、また前世みたいな仕事すんの?十分スターになりかけてんのにさあ」

「はぁ、馬鹿なの?」みどりはかなり、イライラして言った。

「2026年は雑誌は斜陽だった。でもこの時代、雑誌が一番強いメディアなんだから。今こそ私が必要とされてるの」

「はいはい」

「あんたたちが適当に生きすぎなのよ」

「はいはい。適当で悪かったな」

「せっかく何でも出来るのに。本屋で立ち読みする以外にもやること考えたら」

「立ち読みじゃなく、文化研究と言ってほしいね」

「研究ねえ、ただのニートの散歩じゃないの」

「口悪っ……」

 舞が煎餅を食べる手を止めて口を挟む。

「あんたたちって、アタシも入ってんの?」

「当たり前でしょ」

「ひっどー。アタシもちゃんと料理研究してんだけど」

 舞はむっとした顔をした後、少し真面目な顔になる。

「拓哉もムカつくんだけど。『前世』って言い方。すごい気に障るんだけど」

 3人とも押し黙る。

「みんな、元の世界に帰るつもり無いわけ?」

 舞はぽつりと言った。

「泣くよ、家族」


 「帰る」。

 みどりはその発想を、意識的に遠ざけるようにしていた。

 元の時代に戻る手がかりもないのに、その発想に憑りつかれたら、この時代に負けるよね。

 この先も「二度目の人生」としてここで生きていくしかないかもしれないのに、負けてどうする。

 連の音楽は確かに衝撃を与えた。でも、この時代にも優秀な人たちはたくさんいるし、必死に人生を賭けて生きている。

 未来知識だけでいつまでも無双できるほど、甘くない。

 人脈、メディア、商売。

 色んなものと付き合って、自分を売り込むくらいの覚悟が無ければ、時代に飲み込まれるじゃない。

 窓の外を見ながら、みどりはそう考えていた。

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