表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、森で拾った狼が満月の夜にイケメンになる  作者: 夜凪 蒼
第二章 満月の結婚式編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/51

第34話「けっこんってなあに」

ルークは朝から狩りに出ている。満月の時期で昼も人になれるくせに、狩りだけは狼の足でやる主義らしい。帰りは夕方。それまでに式の支度の覚え書きでも進めようと机に向かった矢先、外から土を蹴る軽い音が近づいてきた。


 とたたたた、ざしゃっ。


 開け放しておいた戸口で、灰銀の子狼が滑り込むように止まる。ピートだ。口には野の花が1本、くたっとくわえられていた。


「いらっしゃい。それ、お土産?」


 足元に、ぽとり。少々よだれつきだけれど、ちゃんと春の匂いがした。ありがたく窓辺の杯に挿す。


「今日が『けっこんの授業』の日でいいのね?」


 ぶんぶんぶん。尻尾の返事は今日も元気だ。


 床に腰を下ろして、開講。


「結婚はね、好きな人と『ずっと一緒にいます』って、みんなの前で約束することなの」


 ピートは聞きながら、敷物の上をごろんごろん転がっている。右へ転がり、左へ転がり、仰向けで止まってこちらを見上げる。お腹が出ている。聞く姿勢としては自由すぎるけれど、耳はこちらを向いたままだから、聞いてはいるらしい。


「それで、式っていうお祝いをして、誓いの言葉を——」


「きゅうんっ」


 ピートが急に鳴いた。転がるのをやめ、床を前足でかしかし掻く。言いたいことがあるのに言えない、もどかしさを全身で訴える顔。うーうー唸ったかと思うと、灰銀の毛並みがふわりと波打った。


 小さな輪郭が光にほどけて、人の形に結び直される。敷物の上に、灰銀の髪の男の子がぺたんと座っていた。当然のように裸で。


「しつもんが、あるの!」


「質問の前に服!」


 棚の奥から、例の古いシャツを引っ張り出す。ルークのお下がりだ。頭からかぶせると、布の中で子どもがしばらく行方不明になり、ややあって襟から顔だけが出てきた。裾は膝をとうに越えて、寝間着というよりもう貫頭衣である。本人は袖を2回折り返して、すっかり得意げだけれど。


「で、質問って?」


「あのね。けっこんすると、なにが、かわるの?」


「え」


「ろーぜまりーと、るーくは、いまも、いっしょにすんでるでしょ。ごはんも、いっしょでしょ。けっこんしたら、なにが、ふえるの?」


 ……初手から本質を突かれた。


「な、何が増えるかというと、約束が増えるの」


「やくそくって、めに、みえないよ」


「見えないから、式でみんなに見てもらうのよ。証人っていって」


「みんなが、みてたら、やくそく、やぶれなくなるの?」


「破りにくくは、なるわね」


「やぶるつもり、あるの?」


「ないわよ!?」


 質問の切れ味が刃物すぎる。子どもは怖い。


 その後も尋問は続いた。ゆびわってなあに。輪っかをお互いの指にはめるのよ。——るーく、おつきさまのよるしか、ゆびがないよ? ……そう。そうなのよ。私たちもそこで止まっているのよ。


 ピートは納得のいくまで聞いては、考えるときだけ狼に戻って転がり、また人になって聞いた。早変わりの行ったり来たりに、こちらの目が回りそうになる。


「さいごの、しつもん」


 居住まいを正したピートが、大きな青い目でまっすぐ私を見た。


「どうして、けっこんするの?」


「……好き、だから?」


「すきなら、けっこんしなくても、すきでしょ?」


 詰んだ。前世の記憶を総動員しても、この問いに勝てる気がしない。


 助け舟は、夕方に来た。


 戸口の影が長く伸びるころ、銀色の大きな狼が獲物を提げて帰ってくる。土間に獲物を置いた狼の輪郭が、夕日の中でほどけた。琥珀の目が銀灰色に変わって、人の姿が立ち上がる。手早く服を着て食卓につくまでの一連に、こちらはもう慣れた——はずなのに、夕焼けを背負った銀髪は何度見ても心臓に悪い。


 夕食はピートも一緒だった。鹿肉のスープの湯気の向こうで、ピートが今日一番の難問を再演する。


「るーく。どうして、ろーぜまりーと、けっこんするの?」


 来た。私が完敗した問いだ。さあどう答える、と匙を握って見守る。


 ルークは匙を置いた。考える間も、照れる間もなく、まっすぐピートの目を見て言う。


「一生、隣にいると約束することだ」


「けっこんが?」


「そうだ。俺は、それがしたい」


 真顔だった。当たり前の事実を確かめる声で、夕飯の席で、この男はそれを言うのだ。


 質問したのはピートなのに、被弾したのは横の私だった。スープの味が急に分からなくなる。湯気のせいか心臓のせいか、頬まで一気に温度が上がった。


「……るーくは、つよいね」


 ピートがしみじみ言った。何の強さの話かは分からないが、たぶん合っている。


 それからピートは、スープの皿をしばらく見つめて黙っていた。やがて、顔を上げる。


「ぼくも、しきに、でる」


「もちろんよ。群れのみんなと一緒に——」


「ちがうの」


 小さな手が、ぐっと握られた。


「ひとのすがたで、でる。ちゃんとたって、おいわい、するの」


 言葉に詰まった。式は満月の夜。ピートの人の姿は、まだ半日しかもたない。朝に人になってしまえば、夜までは届かない。


「ピート、あのね、無理は」


「きたえる」


 即答だった。誰かさんの即答癖が、ちゃっかり弟分にうつっている。


「まいにち、れんしゅうする。ながく、ひとで、いられるように。……だめ?」


 だめなわけがない。隣を見ると、ルークが頷くより先に手を伸ばして、ピートの髪をくしゃりと撫でた。


「なら、倒れる前にやめろ。続ける奴が、いちばん遠くへ行く」


「うんっ」


 返事の威勢はよかったが、当の本人は宣言から間もなく、こてんと舟を漕ぎ始めた。あ、と思う間もなく輪郭が光って、シャツがしぼむ。襟ぐりから、灰銀の子狼がもそりと顔を出した。時間切れ、というより使い切れだ。人と狼を何度も行き来した分、早く尽きたのかもしれない。


 敷物の上で丸くなった毛玉に、毛布をかけてやる。群れへ送るのは、明日の朝でいいだろう。


「式まで、ひと月もないわ。間に合うかな」


「あいつは諦めない。俺の弟分だ」


 断言して、ルークは暖炉の前に座った。それきり黙って、火を見ている。と思ったら、親指の腹で自分の犬歯にそっと触れた。何かを確かめるような、測るような手つきで。


「ルーク?」


「……なんでもない」


 なんでもなくはない顔だった。けれど、今夜は追及しないでおく。指輪の答えはまだ出ていないまま、この男の中で何かが静かに動き始めている。


 窓の外では、欠けていく途中の月が、寝息を立てる毛玉と火の前の背中を白く照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ