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新人受付嬢が怖すぎて、お嬢様ウント取れません!  作者: 白黒熊男
がんばろう エンディングまで やめんじゃない
33/34

32 『夕陽のトレイン』

 「あーもー…ありえません!」


 その日、何回目かになるかわからない台詞が、プリムの口から飛び出した。

 セントラル駅にある比較的高級なこの食堂は、中流階級の住民が優雅に食事を営む場所である。本来、プリム達が飲食をする場所はギルド内のサロンか、北区と決まっているのだが、そこではどこに誰の目があるとも限らない。

 ハンターに教えてもらったこの場所は、彼女たちにとって秘密の酒盛り場であるはずなのだが、ウェイターに睨まれるのもお構いなしにプリムは騒ぎ立てていた。それに付き合うベアトリスもどこ吹く風であり、この店一番のワインをポンポンと開けていく。このため店側も、彼女たちに強く言えなかった。


 「——ミラさんが、結婚だなんて…私、どうすれば…!」

 「先ほどから聞いていれば、馬鹿馬鹿しい。あの女の結婚と貴方と、どういう関係があるというのかしら」


 愚痴の口直しにワインを飲んでいるベアトリスの頬は、すでに赤くで目も据わりかけている。対してプリムは、すっかり冷めきったハチミツ入りミルクを前にこの有様だった。


 「関係は、ありません…でも、あの人が急に結婚だなんて、しかも相手は貴族なんですよ?」

 「喜ばしい事じゃありませんか。あの野良犬をもらいたがる物好きなんて、奇跡以外の何ものでもありませんわ。ちゃんと祝福してあげないと」

 「でも、そこに愛はあるんですか?!」

 「愛ですって?」


 ベアトリスは思わず噴き出した。すでに酔いが回っているのも影響し、周囲が心配になるほど高い笑い声をあげている。プリムの頬が赤く膨らみだした。


 「何を言い出すかと思えば、『愛』ですって? 脳みそまでハチミツ漬けなんですのね、貴女。すっかりあの女のお弟子さんですのね」

 「自分だってワイン漬けのドロドロ頭のくせに」

 「まったく、少しは肝が据わってきたのかと思えば、まだそんなことをおっしゃるだなんて。いいですか、プリムローズ」


 ベアトリスはグラスをぐっと飲み干すと、赤くなった顔をプリムの鼻先に近づけて一気に捲し立てた。


 「ギルドに与えられた役目は二つ、『王の盾』と『稀血の洗礼』。わたくしたちが、あんな泥臭い男たちの相手をさせられているのは、それが仕事だからではありませんわ。すべては、弱りきった貴族の血に、ハンターという『野生の活力』を混ぜるため。貴方もご存じでしょう?」


 ふんと鼻を鳴らしたベアトリスは、空になったボトルをウェイターへ差し出し、追加を求めた。プリムも負けじとミルクを飲み干し、おかわりを注文する。


 「その傲慢さが、今回のような事件の引き金になったのでしょう。役目を盾にして、わたくしたちはハンターを軽んじてきました。だからこそ、彼らの心をもっと慮って…」

 「それとこれとは話が別ですわ」


 ベアトリスはきっぱりと言い放った。


 「仕事と使命を混同されては困ります。お仕事は、貴方の仰るようになさい。ですが、ランカスターの名を背負っている以上、貴方には家門に相応しい殿方を見つける責任があるのです。望むと望まざるとに関わらず。あの女はそれを受け入れた。祝福こそすれ、それを妨害する事がどんなに恥知らずな事か、わかりませんか?」

 「う…!」


 プリムは金魚のように口をパクパクとさせたが、何も言い返すことが出来ない。


 「あの~…」


 その様子を遠巻きから伺っていたウェイターが、迷惑そうに声をかけてきた。手に乗せた盆の上に、彼女たちの注文の品が載っている。


 「? エールなんて注文してませんが」

 「それアタシの~」


 プリムたちの背後の席に座っていたリプレが、ひらひらと手を挙げた。エールを受け取ると、いそいそとプリム達の卓へ籍を移してくる。


 「り、リプレさん!?いったいいつから?」


 リプレは「う~ん…」と口に手を当てて考える仕草をすると、


 「プリムちゃんがアタシたちを愛してるって言ってくれたとこ?」


 とにこやかに微笑み、艶やかにエールを飲んだ。ベアトリスはリプレを見つめ、「誰ですか?」と尋ねたので、プリムがカイルと同じパーティのハンターだと説明する。


 「ちょうどいいですわ! あの女と同じハンターとして、貴方の感想を聞かせてくださらない?」


 ベアトリスは話の経緯をリプレに説明した。嫉妬と憎悪に脚色された説明に、ベアトリスは楽しそうに耳を傾け、話を聞き終えるときっぱりと言った。


 「すっごく羨ましい!」

 「なっ!?」


 あまりにも俗物的な物言いにプリムは言葉を失う。逆にベアトリスは自慢げに笑い、グラスを一気に空けた。


 「——そんな。もっと、ハンターとしての矜持とか、そういうものはないんですか?」

 「きょうじ? よくわかんないけど、ないない!そんなもの」

 「プライドとか、誇りはないんですかってことです!」

 「え~?ないで~す」


 リプレがダブルピースで返し、その態度に腹を立てたプリムは、ぷいとそっぽを向いてしまった。ベアトリスはその鼻先にグラスを近づけ、勝ち誇ったように言う。


 「だから言ったでしょう?ハンターというのは、野良犬と一緒。より餌を与えてくれる主人へ靡くものなのよ」


 ベアトリスがボトルをリプレのジョッキへ差し出す。


 「くぅ~ん、ワンワン!」


 リプレはそれを嬉しそうに受け入れ、ガブガブと飲み干した。その飲みっぷりに気を良くしたベアトリスが、新しいボトルを注文する。それを見て、プリムは未だ納得のいっていない様子だった。


 「…じゃあ、なんでリプレさんは、ハンターなんて危険な仕事を?」

 「う~ん…」


 ジョッキの縁を指でなぞりながら、リプレは考える仕草をする。頬だけでなく、はだけられた胸元も少し赤みをさしている。


 「アタシ、エッチは好きだから娼婦のままでも良かったんだけどねぇ。男に乱暴されても泣き寝入りするしかないって、そのことを客だったガッゾに愚痴ったら、ハンターに誘われたの」


 それだけ言って、リプレは残ったジョッキの中身を口に運んだ。プリムは目をぱちくりとさせて次の言葉を待ったが、一向に返ってくる気配がない。


 「——あの、それだけですか?」

 「それだけって酷くな~い?せっかく人が真面目に答えてあげたのにぃ」


 そう言って、プリムの肩をポコポコと叩いた。


 「——でも、二人の話聞いてたら、アタシもちゃんと考えなきゃって思っちゃった」

 「あらそうですか?今のままでも、十分楽しそうですが」

 「アハハ、そうなんだけどね。でも、あの人みたいに、王子様が現れる保証なんてないし。現れなかったら…野垂れ死にするしかないもんね」


 その瞬間だけ、リプレの声から完全に温度が消えた。「死」という言葉の冷徹な響きに、プリムも、ベアトリスさえも毒気を抜かれたように言葉を失う。

 気まずい沈黙を察したリプレは、「アハハ」と明るく笑ってジョッキを飲み干した。その笑顔は先ほどと同じく、心から楽しそうで明るいものだったが、プリム達の心をかえって震え上がらせた。

 また、これはその後の話であるが、支払いはすべてプリムが行う事になった。


 「相談料でしょ?それにわたくし、いま大変お金に困ってますの」

 「アタシィ、今回のご褒美、まだプリムちゃんからもらってないもん」


 2人はまったく悪びれる様子もなく、そう言ってのけてさっさと出て行ってしまった。

残されたプリムとて、決して裕福なわけではない。仕方なくあるだけの金を渡し、後日支払いに来ると言ってなんとか解放された。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 数日後、終業間近のプリムのデスクへ、ミラが訪ねてきた。

 彼女の姿を認めたハンターたちが、代わる代わる言葉をかけるが、ミラは軽く挨拶するだけで、以前のような罵り合いが生まれる気配はなかった。

 プリムもまた、あの晩のベアトリスたちの助言を反芻し、あえて医務室へ行くのを控えていた。ミラに負担をかけたくないという思いと、今の彼女にどんな顔をして接すればいいのか分からなくなっていたのが本音だった。


 「ちょっと付き合ってほしいんだけど…時間あるかい?」


 どこか他人の顔色を伺うような、弱々しいミラの言葉。プリムは迷わず頷き、すぐに執務室へ向かった。ネリーネは何も言わず了承し、無言でプリムを送り出してくれた。

かつての力強い足取りは影を潜め、どこか危ういミラの背中。その後を追うように歩き、辿り着いたのはセントラル駅だった。


 「!? カイル!」

 「ぷ、プリム?!」


 駅の柱に寄りかかっていたカイルと、ミラの背中から現れた小さなプリムは互いに目を見張った。気まずさが火花を散らす中、ミラが力なく笑う。


 「——ああ…まあ、なんだ。オレの顔に免じて、黙ってついてきてくれるか?」


 いまのミラにそう請われては、断れるはずもなかった。

 列車に乗り込んだ二人は互いに視線を合わせないよう、窓の外を眺めていた。あの日以来、プリムはカイルの姿を見かけるたびに目を伏せ、カイルもまたプリムのデスクを避けるようになっていた。そんな二人を見ても、ミラは敢えて何も言わなかった。

 南区で列車を降りたミラは、そこから少し歩いたところにある酒場食堂の前で立ち止まった。

 開店にはまだ早いのか、『準備中』の札がかかっている。それよりも目を引いたのは、軒先にでかでかと掲げられた『ハンターお断り』の看板だった。プリムは、ちらりとミラの顔色を伺う。視界の端で、カイルもまた、同じようにミラを見ていた。

 ミラは「あちゃー…」と呟いたきり、そこから動かなくなった。


(——ミラさん…)


 普段の彼女なら、看板なんて無視して土足で踏み込み、無理やり酒を注文するはずだ。そんな想像をしては、プリムはすぐに首を振った。今のミラには、そんな強引さなどどこにも残っていない。

 やがて、扉を開けてプリムと同じ年くらいの少女が出てきた。誰かと話をしながら出てきた少女は、ミラの姿を認めた瞬間、表情を凍りつかせた。


 「や、どうも」


 ミラは努めて自然に挨拶したが、少女はまるで最初から誰も視界に入っていないかのように、激しい音を立てて店先の掃除を始めた。石畳を叩くほうきの音が、明確な拒絶となって響く。


 「…あのさ、おふくろさん、いるかな?」


 少女はなにも答えない。ミラもまた、次の言葉を飲み込んだまま固まってしまった。

その居たたまれない沈黙に、プリムは思わず叫び出しそうになる。隣ではカイルが拳を固く握りしめ、震えるミラの背中を悔しそうに見つめていた。

 どれほど長い時間が過ぎたろう。ミラがか細い声で再び呼びかけると、少女は臆することなく自分より遥かに巨大な相手を睨みつけた。


 「母はいません。どうぞ、お引き取りを」


 残酷な嘘だった。彼女が出てくる際、店の中から聞こえてきたのは確かに女性の声だった。今度こそプリムが一歩踏み出そうとした時、中から一人の女性が顔を出した。


 「どうしたの?」


 外の異常を察したのだろう。中から人が出てくる気配があった。


 「あ…」


 それはどちらの言葉だったのか。ミラもチェロも、互いの顔を認めて固まってしまった。


 「——えっと…」


 なかなか言葉を発せずにいるミラを見かねたように、チェロが先に表情を崩した。彼女は細めた目を潤ませると、ミラの頼りない体を、温かな両手で包み込んだ。ミラの体がビクリと震える。


 「体は、もう大丈夫なのかい?」


 慈しむようなその言葉に、ミラはただ、子供のように深く頷いた。チェロは「入りなよ」と中へ誘ったが、ミラは静かにそれを辞退した。


 「——アンタに、ちゃんと謝りたかっただけだから。ホント、それだけだから」


 かつての弟子の変わりようを察したのか、チェロは黙って何度もうなずいた。


 「アタシも、アンタに礼を言いたかったんだよ。ありがとうね、この街を救ってくれて」


 驚いて顔を上げたミラに、チェロは静かに微笑んだ。


 「風の噂だけどね。けど、アンタならやるだろうって、信じていたよ」


 瞼に熱いものが込み上げるのを隠すように、ミラは深く頭を下げた。


 「ごめんよ…!アンタの大事にしていたもの、壊しちまって!師匠のこと、なんにも知らねぇのに、オレ…!」

 「やめとくれよ、ミラ。謝らなきゃいけないのはアタシの方さね」


 チェロの小さな体がミラを抱きしめる。震える声で紡がれたのは、積年の後悔だった。


 「——どんどん輝きを増す弟子の姿に耐えられなくなって、アンタの前から逃げ出した。…最低の師匠で、本当にごめんよ」


 二人のすすり泣く声が、夕暮れの街角に溶けていく。

 プリムは、初めて見るミラの「震える背中」を凝視していた。プリムの中で何かが音を立てて溶けだしていくようであり、しかしそれは決して不快な感覚ではなかった。


 「師匠…オレ、今度結婚すんだよ」


 チェロが驚きに顔をあげると、涙を流しながらも、どこか晴れ晴れとした顔のミラと目が合った。


 「そう…おめでとう!」


 チェロは何度も、何度も祝いの言葉を投げかけた。プリムもまた、自分のことのように噛み締めた。カイルも隣で、鼻を真っ赤にしながら空を仰いでいる。


 「——よかった。この街を離れる前に、アンタにちゃんと謝れて」

 「ああ、ありがとうね。会いに来てくれて。今度は、旦那を連れてきな。とびっきりのご馳走してあげるからさ!」


 そう言ってチェロは、忌まわしい『ハンターお断り』の看板をひっつかむと、力任せに放り投げた。

 ガラン、と乾いた音を立てて転がる板切れ。過去への後悔と決別を促すようでもあり、同時に新たな時が紡がれる合図でもあった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 チェロと別れた、帰り道。

 三人の間にあった刺々しい沈黙は、もうどこにもなかった。かといって、以前のような軽口が飛び交うわけでもない。ただ、ラグニールの夜風だけが、穏やかに三人の背中を押していた。


 「……ミラさん」


 カイルが立ち止まり、消え入りそうな声で言葉を継いだ。


 「俺……ミラさんのこと、俺たちとは違う世界の『存在』だと思ってました。だから、傷つくはずがないって……自分が不甲斐ないのに、全部ミラさんのせいにして。本当に、すみませんでした」

 「わ、私も!」


 隣でプリムも深く、深く頭を下げる。ミラは足を止め、ゆっくりと振り返った。

 街灯の下、包帯の巻かれた右手を無造作にポケットへ突っ込み、困ったように眉を下げて笑う。


 「よせよ。オレだって驚いてるんだ。自分が、こんなちっぽけな奴だったなんて…」


 ミラは二人の前まで戻ると、カイルとプリムの肩に、それぞれポンと手を置いた。


 「だから、オレなんかのせいでお前らがいがみ合ってると、こっちまで悲しくなっちまうよ」


 ミラの掌から体温と、力強さが伝わってくる。


 「カイル。あんたは、誰よりも現場の泥臭さを知ってる。その悔しさを忘れなきゃ、オレなんかより、もっといいハンターになれるさ。……プリム。あんたのその真っ直ぐさは、必ず誰かのためになる。自分を疑うんじゃないよ」


 ミラは一度だけ二人を強く抱き寄せると、すぐにパッと手を離し、軽やかな足取りで歩き出した。


 「明日からは、あんたたちがこの街を回していくんだ。……オレなんかとっとと忘れて、自分の人生を楽しみな」


 「ミラさん……!」


 プリムが震える声で呼びかけるが、ミラは振り返らない。ただ片手をひらひらと上げ、闇に溶けていく背中が一度だけ陽炎のように揺れた。

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