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新人受付嬢が怖すぎて、お嬢様ウント取れません!  作者: 白黒熊男
壊すなら コア捨てみせよう 火と研ぎす
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28 『迷宮街、最後の日』

ラグニール城執務室には、かつてない緊張に包まれていた。集まった騎士団長ベルトルト、憲兵団長クリストフ、そしてギルド長のガルドは、領主オーガストを前に、現状を冷徹に伝えた。


「魔法士団は部隊を二つに分け、一方をダンジョン正門の結界補強に。そしてもう一方は、このラグニールの北区を最終拠点とした防衛をさせるべく準備を整えてあります」


オーガストはただ頷くしかできない。ガルドが静かに手を挙げた。


「全軍、最前線に配置した方が良いのでは?正門の結界がもっている今がチャンスですぞ」


ベルトルトが「わかっているだろう」という目で睨んだ。


「——前線が崩れては、ラグニールは蹂躙されるしかない。備えは必要だろう?」

「そこですよ」


ガルドが膝を打った。


「相手は人ではない。ましてや交渉の通じる相手でもない。これは『殲滅戦』なのです。どちらかが滅ぶまで戦うしかないのに、守ってなんとします?」


黙って聞いていたオーガストの顔が険しくなった。ガルドから視線を逸らし、憲兵団長の方を見た。


「住民の避難はどうなっている?」

「はっ、一般市民から順序立て、随時地下へ収容しております」

「——北区の方は、どうなっているかね?」


オーガストが恐る恐る聞く。


「ご安心ください。皆さま、『我先に』と避難を完了してくださいました」

露骨な皮肉に、オーガストは眉をひそめる。ベルトルトが言葉尻を取って意見を述べた。


「いざとなれば全戦力を北区へ集結させ、籠城する準備も進めます。あそこは強固な石造りの建物が密集していますゆえ、家屋を壊してバリケードにすれば、近隣からの援軍がくるまでは十二分に持つでしょう」

「……損壊は最小限だぞ、ベルトルト。あそこには先代から続く銀細工の街灯があるのだ。バリケードにするなど、言語道断だぞ」

「はっ」

「——だったらなおの事、全軍を前に出せよなぁ…」


ガルドがぼそりと聞こえるように呟くと、オーガストは声を荒げた。


「黙れ! ギルドの野蛮な戦い方など聞いておらん!…そもそもだ、貴様のところの受付嬢どもはどうした? さっさと地下へ避難させたまえ!」


ガルドは頭をかき、申し訳なさそうに表情を崩した。


「——いやぁ、それがですな。私も再三命令したのですが、彼女たちなかなかに気骨がありまして。現場を離れるくらいなら、舌を噛むと言って聞かんのですよ」


他の団長連中から小さな笑いがこぼれる。オーガストは頭を抱え、ガルドを睨みつけた。事態を知った親族たちから、散々横槍が入った事が伺える。しかしそんな事お構いなしに、ガルドは言葉を続けた。


「偵察に出たハンターの話では、魔物は異常な狂暴性を示しており、これは『魔力に反応して狂暴化する』現象とも類似していますが、その点がどうにも気になります」

「何を言うかと思えば…魔物は魔物だろう?」


オーガストは苛立たし気に言い放った。領主としてここに座っているが、一刻も早く立ち去りたい気持ちが隠せなくないほど、心は震えている。


「——私の勘ですが、魔物の行動には、何者かの意志が介在しているのではと考えられます。その調査も兼ねて、ギルドはダンジョンへの潜行を進言いたします」


ガルドの突拍子もない考えに、オーガストは開いた口が塞がらない。その顔面が怒りで蒼白になっていく。


「貴様は…この非常事態に、いったい何を言っているのだ?」


声が震えている。ガルドはなおも言葉を続けた。


「お怒りはごもっとも。しかし私の部下は、この事態が起きる直前に、ダンジョンを徘徊する不審な者たちから襲撃を受けています。ゆえに、あえてダンジョンへ潜入し、その者を討ち取る事こそが、唯一の打開策と進言いたします」


ガルドの申し出に、全員が彼の正気を疑った。オーガストは口をぱくぱくさせ、怒りを爆発させた。


「きさま…、本気でそんなことを…!!」

「——ここから先は、私よりも彼に聞いた方がいいかもしれませんな」


ガルドが手を叩くと、王国の重騎士に捕縛され憔悴しきったエドワードが連行されてきた。


「こ、これはいったい…?」


事態の飲み込めないオーガストは、彼とガルドの顔を交互に見合わせる。ガルドはエドワードへ語り掛けた。


「——さて、エドワード卿。急を要する事態である事は、貴方もご理解のはずだ。私の質問に、手短に答えてもらいますよ」

「私はなにも知らない!無実だ、オーガスト卿!」


オーガストへ助けを請うが、当の本人は当惑してその場から動けないでいる。ガルドはエドワードの髪を鷲掴み、普段の温厚さとは違う冷徹な声を発した。


「イライジャ・フェルナンドを始めとしたお前さんの同志は、すでに王国騎士団の手に落ちたよ。よりにもよって遺物の売買に加担したわけだから、最悪、死刑だろうね」


エドワードは信じられないと言うように目を見開いた。


「——勿論、ギルドの役目を忘れ、それを斡旋したなお前さんも同罪だ」


エドワードの体が崩れ落ちそうになるが、ガルドはそれを許さない。鷲掴みにする腕に力を込め、怒気をはらませた声でエドワードに迫る。


「——アンタの側近、ヴォルケってのは何者だ?」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


???は、かつてエドワードがギルド長を務めていた、ギルドの職員だった。

足を引きずり、片腕をなくしていた彼女を、以前のギルド長が引き取って清掃員として雇っていた。そのみすぼらしい形をエドワードは嫌悪し、視界に入れぬよう努めた。

そのころ、エドワードはギルドが独占する遺物に興味を持ち、それを活用した文化大革命に熱意を燃やしていた。イライジャのような商人や、プライドだけで貧困に苦しむ貴族たちを焚き付け、その甲斐あって見事ギルド長に就任した。

しかしそこで彼の進撃はピタリと止まる。理由は未だわからない。

ただ彼の言う事なす事に、ギルドのハンターたちが異を唱え、誰もエドワードの言葉を聞かなかった。

やり場のない怒りを彼は、???にぶつけていた。


「——私が弱かったのだ。だが、アレを憎んでいたわけじゃない!信じてくれ!」


取りつくように弁解するが誰も、何も言わない。自分を見つめる批難の目から逃げるように、エドワードは続けた。

ある日、エドワードの話を聞きたいというハンターが現れた。男たちは彼の話に耳を傾け、そのアイディアを手放しに褒め讃えた。彼らも古いハンターたちの風習に嫌気がさしており、エドワードの言葉が真実になれば大いに助かると絶賛した。

そこからしばらくは良かった。

ギルドの記録から遺物についてエドワードが調べ、極秘裏の依頼としてハンターたちが回収する。回収された遺物はイライジャたちによって、貴族のエドワードですら驚くほどの高値で取引された。報酬はエドワードとハンターたちで山分けし、彼らは着実に富を築いていった。


「——最近、ハンターの行方不明が増えています」


ある職員からそういった相談を受けた時、エドワードははじめ、さして大事に思っていなかった。

ハンターなどいくらでも代わりが効く。あふれる浮浪者をハンターに仕立てれば、街の清掃も叶って一石二鳥だと常日頃考えていた。

しかしギルド職員だけでなく、親族からも相談されはじめたため、事態の解決に乗り出した彼を待っていたのは、驚きの事実だった。

エドワードと手を組んだハンターたち。彼らは遺物の回収には一切手を汚さず、他のハンターたちをそそのかして、彼らに回収させていたのだ。しかも遺物の回収に成功したハンターたちを、秘密裏に始末する徹底ぶりだ。

だが、事ここに至っても、エドワードは事態を重く見てはいなかった。むしろ、彼らの合理的なやり方に感心し、死亡したハンターたちのアリバイ工作に加担して、彼らの目論見をより完璧なものにした。

それが良かったのか、良くなかったのかはわからない。ただ一つ言える事は、エドワードはあまりにもものを知らなさ過ぎた。

ハンターたちは自分たちの取り分を増やすよう彼に迫ってきたのだ。勿論、拒否した。それどころか自分を脅すなら、ライセンスをはく奪すると、逆に彼らを脅した。

これがハンターたちの逆鱗に触れてしまう。

ある日、イライジャから同盟の解消を仄めかされたエドワードは、その訳を迫った。イライジャは真実を語らなかったが、他に良い取引相手を見つけたとだけ彼に伝えた。そして案の定、その相手とは例のハンター達だった。彼らはエドワードを介さず、直接イライジャに接触することで、すべての儲けを自分たちのものとしたのだ。

エドワードは怒り狂った。ライセンスをはく奪すると彼らに迫ったが、その言葉の効力はすでに無かった。貴族院とも交流のあるイライジャによって、エドワードに対して審査会が開かれることが決まりつつあったのだ。

打ちのめされたエドワードは、ただ解任の日を指折り数えるだけの日々に、精神が徐々に摩耗していった。そしてその発散先は、やはり???へ向けられた。

「なぜ、貴様はのうのうと生きている!この役立たずが!」

しばらくは収まっていた彼女への暴力は再開され、その頻度は以前の比ではなかった。常に彼女を傍に置き、自身の苛立ちを発散した。

そうすることでしか、正常な日常を送れないほどに、彼は追い詰められていた。


「見直しましたよ、エドワード卿」


イライジャからそう声をかけられエドワードは、最初何のことだかわからなかった。彼は上機嫌でエドワードの手を取り、これからも良好な関係をと嘯いた。

そうしてギルドの地下に案内された先で、エドワードは『答え』に出会った。

彼が指し示したのは、エドワードを脅していたハンターだった。


「見てください。彼ら、あんなに威勢が良かったのに、今ではこんなに静かだ。これはいい商品になりますよ」


かつての脅迫者は、重い遺物を背負わされ、言葉を発する知能すら奪われた「ただの人形」として歯車を回し続けていた。


(……ああ、そうか。人間も『資源』だったのか)


うるさい連中も、無能な平民も、こうして『部品』に組み込んでしまえば、自分の知性は汚されず、地位も安泰だ。

エドワードの顔から、憔悴が消えた。彼の傍で、???が微笑んでいた。


「……これは、お前がやったのか?」


頷く???を、エドワードは歓喜して強く、強く抱きしめていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「思えば、アレは常に私に従順だった。だからこそ、アレにも遺物の力を与えてやったのだ」


語り終えたエドワードの顔には、聖者にも似た穏やかな笑みが浮かんでいた。

だが執務室は、墓場のような静寂に満ちていた。屈強な団長たちも、領主オーガストすらも、目の前の男にかける言葉を見つけられないでいた。

ただ一人、ガルドはエドワードをその場に放り、足早に出口へ向かった。

背後で、ようやく我に返ったオーガストが「ま、待て! どこへ行く!」と叫ぶ声が響く。


「申し訳ありません。やはりギルドは、これより独自に行動し、事態に対処させていただきます」

「バカ者!ま、町はどうなるのだ!」


オーガストを、二人の団長が宥めた。


「まあまあ、いいじゃなですか」

「ギルドの連中など、所詮、寄せ集め集団、いるだけ邪魔になります。街の防衛は、我々にお任せを」

そう言って目配せする二人に、ガルドは頷いて部屋を後にした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


自身の体がどうなってしまったのか、もうヴォルケ自身にもわからない。

遺物を体に組み込んで以来、人間らしい痛みも快楽すらも感じなくなっていた。それを苦とは思わない。ハンターとしても、女としても終わった体は、ただ惨めな人生を送らせるだけの入れ物と化していたからだ。

それが再びこうして五体満足で活動できるようになった今、エドワードの望みを叶えてやることこそが、彼女のただ一つ生きる理由だった。蔑まれ、暴行を受けていても、彼を憎む気持ちは生まれなかった。

誰よりも自尊心が高く、それでいて無意識に選民思想をばらまく。その一方で誰にも頼れず、泣きわめく事も許されない哀れな男。

そんな男が、自分だけに見せる弱い姿は、ヴォルケの中に眠っていた母性を大いに刺激し、このか弱き主人のためなら街を焼き、人を殺し、その果てに自分が灰になっても構わないとさえ思えた。


――だと言うのに、この女はなんだ?


女としての盛りを過ぎてもなお、見苦しくスカートなどをはいて受付嬢の真似事をしている。それはいい。だが未だに剣をふるい、遺物を取り込んだ自分へ肉薄しようとしてくる、その闘争心は一体どこから来るのか。

ミラを観察していたが、ギルドに対して愛着や恩義はあっても、命を懸ける程の忠義を持ち合わせているようには見えなかった。

にもかかわらず、何度吹き飛ばしても、何度肌を焼き焦がしても。焼ける肉の臭いを撒き散らしながら、一歩、また一歩とヴォルケへ近づいてくる。

目をぎらつかせ、薄く閉じられた口元をわずかにゆがめながら。


「!!!!!!!!!」


その瞳をケロイドにしてやろうと伸ばした手が、わずかに逸れて頬を抉る。だというのに、この女は悲鳴を上げるどころか、吹き荒れる暴風の流れに乗って、捉えきれない速度で一撃を見舞っていく。

だがいくらミラの斬撃が鋭くても、すべては無駄な事だった。取り込んだヒートコアがヴォルケ自身を破壊し、鎧が再生させる。無限の再生と破壊を繰り返し、より強固なものへと変化させていった。

いずれこの自我も取り込まれ、彼女の体は完全に遺物となるだろう。


(——だが、その前に…!)


この自我が燃えて消し炭になる前に、この女だけは自らの手で殺さなくてはならない。

怒りにも似た憎悪が、ヴォルケの攻撃をさらに苛烈なものへしていく。

そう思って、どれほどの時が過ぎただろう。ヴォルケ自身、自我が消滅しつつあるのを感じ取っていた。だと言うのに、未だにミラを仕留められない。


(——なぜ? 何故、こいつは立っていられる? 何故、向かってくる?)


ヴォルケの攻撃が一瞬緩む。その隙を逃すまいと、すでに潰れかけた喉でうなりをあげながら、ミラが重い一撃を見舞ってくる。


(なんなんだ、こいつは…?)


ヴォルケの体が後ずさる。彼女は気づいてしまった。

この女は、自分のように「誰かに縋って」立っているのではない。自分の地獄を、誰のせいにするでもなく、ただ当然のように引き受け、それを牙に変えて相手を喰らいにくる。


(……化け物。お前は、私なんかよりずっと、救いようのない化け物だ!)


そう理解した時、エドワードに抱いていた歪な母性も、ミラに対する憎しみも彼女の中から霧散し、それと同時に、ヴォルケという個は狂った熱気によって消え去った。

後に残されたのは、ただ周囲の全てを焼き尽くすためだけに脈動する遺物の化身。

視界を埋め尽くす紅蓮の炎。

その中心で全身を焼かれながらも、ミラは不敵に笑った。


「……。……。……」


潰れた喉からは、もはや言葉にならない呼気が漏れるだけ。だが、その瞳だけは、冷徹に、そして静かに、暴走する太陽の核を見据えていた。

白骨を水平に構えると同時に、熱波を切り裂く氷の刃がヴォルケの体を貫いた。


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