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新人受付嬢が怖すぎて、お嬢様ウント取れません!  作者: 白黒熊男
壊すなら コア捨てみせよう 火と研ぎす
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26 『自惚れどものワルツ』

数か月前、ミラは一軒の飲み屋で大暴れし、建物を半壊させる大事件を引き起こした。

場所が南区だったというのも良くない。常日頃から、ハンターの横暴さに不満を抱いていた一般大衆は、この事件を機にミラの解雇をギルドへ迫った。

酒癖の悪いミラの事だけに、今度と言う今度はギルドも庇う事が出来ず、彼女のライセンスをはく奪。ミラはその処罰を粛々と受けるつもりでいたが、ガルドが彼女を引き取り、今日に至った次第である。

ミラがその飲み屋へ来たのは本当にただの偶然だった。本来、西区か東区当たりを縄張りとする彼女だが、遠征から帰ってきた直後に軽く一杯ひっかけるつもりでその店に立ち寄った。

南区でも端のほうにひっそりと建ち、壮年の夫婦が営んでいたその店で、ミラは懐かしい声に呼ばれた。


「——お嬢?」


最初、誰かわからなかった。店の女将らしきその女性は、やせた体に、白髪の目立つ黒髪を後ろで束ねた、いかにも庶民の妻といった出で立ちだったからだ。しかしミラを『お嬢』と呼ぶ人間など、世界にただ一人しかいない。


「チェロ、か?」


チェロに抱きしられても、ミラはただただ戸惑う事しかできなかった。久しぶりに会った恩師の変わり果てた姿と、抱きしめる体の小ささが、かつての記憶との齟齬をなかなか埋められない。

チェロの家族は、優しそうだが線の細い旦那と、若い日のチェロに似ても似つかない、不愛想な娘。ミラは放心状態のまま店の奥へ案内され、チェロの言葉にただ相槌を打つだけだった。


「アンタが銀等級! 凄いじゃない!」


チェロの賛辞も、今はミラの心をうわ滑っていくに過ぎない。我慢が出来ず、ミラは長く凝り固まった疑問を投げかけた。


「——なんで、急にいなくなったりした?」


それまで笑顔だったチェロの顔が硬直する。ミラは真剣な面持ちで、彼女の目をまっすぐに見つめた。チェロの口から、乾いた笑いが漏れる。


「……お嬢。女はね、いつまでもハンターなんて出来るものじゃないの。 潮時っていうのは誰にでも来るものだし、今の生活も、これはこれで一つの『正解』なの。あんたも大人になれば分かるわ」


そう言って、チェロは目の前のグラスを一口飲んだ。

ミラの心に怒りと虚しさが広がっていく。

かつて憧れ、目指していた目標は、もういない。死線を共にくぐりぬけ、笑いあったはずの恩師に他人行儀な嘘を吐かれ、ミラのこれまでがボロボロと崩れ去っていく。

そんな愛弟子の心の機微にも、今のチェロは気づかない。


「あんたももういいじゃない。 女の子なんだから、そんなに肩肘張って生きなくても。幸せなんて、もっと近くに転がってるもんよ」


――また、嘘をつかれた。

そうして、ミラの心は弾けた。


「——ぶ、ぐわげぐぁあああ!!」


ミラが叫んだ。

肺の空気は出し切っているため、口から出たのは声にならない獣の叫びだった。

なぜ、いまここで『師匠』の言葉が浮かんだのかはわからない。しかしその言葉が浮かんだ次の瞬間、彼女の心を占めたのは怒りだった。


(——ふざけんな!なんで今頃、裏切者の言葉が聞こえてくるんだよ!)


再びミラを叩きつけようとしたヴォルケだったが、振りかぶった腕は空を切るように軽かった。その手に掴まれているのは薄い布切れのみで、ミラの姿が消えている。

途端、ヴォルケの背中に衝撃が走った。スカートを脱ぎ捨て、下着姿のミラが白骨をその背中に深々と突き立てていた。


「地獄の受付嬢様、なめんじゃねえぞ、クソが!」


怒りに触発された圧倒的生存本能が、熱病のようにミラの四肢を駆け巡る。


「——こちとらテメェらが想像もつかねぇような修羅場くぐってきてんだ!この程度でやれると思ったら大間違いなんだよ!」


ヴォルケの手がミラを捉えようと無様に泳ぐ。ミラは白骨を抜こうとするが、まるでヴォルケの体と一体になってしまったかのように抜けない。

ならばと、逆に白骨に万力の力を込めて傷口を抉り広げていった。人間が流す血とは思えない、どす黒く腐ったような臭いの液体が、傷口から溢れ出す。飛び散る液体に怯みもせず、ミラは力をさらに込めた。腕の筋肉が悲鳴を上げ、皮膚の下で血管が怒張する。


「へへへ、いっちょ前に痛がってら。オレの方が万倍もイテェんだからな!」


内部から切り裂かれる激痛に、さしものヴォルケの口からも、声にならない悲鳴が漏れる。剣に食らいついていた圧力が一瞬緩んだのを察知し、ミラはヴォルケの背を躊躇なく踏みつけ、その反動で背後へ大きく飛んだ。

ミラは体勢を立て直すと、まるで弓を引くように白骨を握る腕を大きく引いた。


(——やってみるか。アレを)


ヴォルケは憎しみのこもった目でミラを睨みつけるが、いまだ身動きが取れないでいる。抉られた傷は深く、無数の蟲がはいずり回るような音を立てながら、修復されていく。

生半可な攻撃では、ヴォルケに致命傷を与えるどころか、作りかえてさらに強力にしていく。倒すのであれば、その鎧の部分ごと機能を停止させるしかない。


「——コールドエコー…」


そう呟くと、ミラの視界から色が消え、すべてが白銀の静寂に塗り潰されていく。 ヴォルケからは、ミラから直接蒸気が上がっているように見えたが、実際はその逆。彼女の纏う冷気によって、周囲の空気が凍らされているのだ。

体内を循環する魔力の流れをほんの数ミクロン、自身の外側まで拡張する。それだけでミラと世界の間に境界が生まれ、彼女自身が疑似的な世界を構築する。

肺に溜まっていた熱い空気をすべて吐き出すと、代わりに吸い込んだのは、自身の魔力によって凍りついた鋭い「冷気」だった。

ドクン、と最後の一拍を打って、心臓がその役目を放棄した。代わりに、血管を駆け巡るのは血液ではなく、絶対零度の「残響エコー」。

一歩、踏み出す。 踏み出した瞬間にあったはずの空気の壁が、ミラの周囲から霧散した。抵抗のない世界。重力さえも置き去りにするような加速。


「——!?」


ヴォルケが反射的に振るった鋼の腕が、空を斬る。否。そこには最初から誰もいなかった。ミラの姿は、光の悪戯が残した「陽炎」に過ぎない。ヴォルケの疑似的に強化された反射速度をもってしても、ミラを捕まえるどころか、その姿を捉える事は不可能だった。


「——生きながら砕けな」


ヴォルケの背後で、氷のようなミラの声がささやく。

途端、ヴォルケの体を未だ感じたことのない熱が襲う。視線を自身の体に向けると、真一文字に切り裂かれていた。傷口が、ビキビキと音を立ててヴォルケの体を凍らせていく。


「!?!?!??!?」


人のものとも、金属がこすれる音とも取れない、強烈な悲鳴を上げながら、半人半鎧の魔人は、どうと倒れた。


「……っ、かはっ……!」


止めていた世界の境界を解き、体外に広げていた魔力を強引に体内へ引きずり戻す。 その瞬間、ミラの肉体を襲ったのは、暴力的なまでの**「融解」の苦しみ**だった。

静止させていた心臓が、溜まっていた熱を燃料に爆発的な一拍を刻む。凍りついていた血流が、高圧の奔流となって血管を突き破らんばかりに駆け巡った。 指先、爪の先、網膜の裏側――。冷え切った細胞に強引に熱が通るたび、数千本の針で同時に刺し貫かれるような激痛が全身をのたうち回る。

意識の輪郭が、痛みと凍結の狭間で白く弾けそうになる。 脳が「死」という安らぎを選択しようとするのを、残った気力だけで拒絶した。今ここで意識を手放せば、二度と「ミラ」という形に戻ることはできない。ただの、解けた肉の塊になるだけだ。

白く凍りついていたミラの肌が、内側からの猛烈な血流によって赤黒く変色し、全身の毛穴から真っ赤な血霧が噴き出した。


「あ、は……っ、あ…………」


膝が折れ、地面に手をつく。 視界は真っ赤に染まり、耳の奥では警報のような耳鳴りが鳴り止まない。

島流しという極限の地で編み出された、文字通り命を削り、魂を凍らせて手に入れた『一撃』。その代償は、平地での使用において予想を遥かに上回る負荷をミラへ強いた。


「っはぁ!…っはぁ!…っはぁ!…」


大の字になり、呼吸を整える。呼吸できている事の喜びに浸りながら、ミラはにやりと笑って見せた。


(見たか、チェロ!思い知ったか、ヴォルケ…!オレは、お前らなんかに負けない!)


天に拳を突き上げ、勝どきでも上げたい気持ちであったが、指先一つ動かすのが億劫だった。


(——いま、魔物に襲われたら、オレ終わるんじゃね?)


そう思いながら、不思議と恐怖も悲観も感じていない。相変わらず体中に痛みを感じてはいるが、気持ちだけが異常に興奮していた。


(カイルの奴、ちゃんと助かってんだろうな。ネリーネの野郎が援軍寄越すとか言ってたけど、どうせ間に合わないだろうなぁ…)


そんなことを考えてると、徐々に瞼が重くなってきた。長時間の戦闘と極限状態からの脱却により、ミラの体は一種の解放感によって急速な眠気に見舞われていた。


(…エドワードの野郎、ボコボコにするま、で…死ねな、ぃ…)


意識が寸断される、その直前。


――カラン


硬いものが転がる音を聞いた気がした。

沈みゆく意識を無理やり引き上げるように、音のした方を見る。

ヴォルケの死体の傍に、小さな四角い物体が転がっていた。


(……あんなもの、あったか?)


疑念が晴れるに従い、急速に冷え切っていたミラの生存本能が再覚醒する。

ヴォルケの残骸から凄まじい蒸気が噴き上がり、大気を焼く熱波がミラの頬を打った。

ヴォルケの胸に宿ったヒートコアが、太陽の如き輝きと熱を放つ。

赤熱化した金属が生き物のように蠢き、宿主の肉体を食い破りながら、禍々しい『炎の魔人』へと再構築されていく。まるで白熱した無数の蛇が、ヴォルケの体を食いやぶっているかのようだ。


「——おま…そこまでするかよ…」


ミラは体を起こし、口の中の血を吐き捨てた。

ヴォルケはもはや、先ほどまでの半人半鎧の異様な化け物ではない。全身を赤熱化させ、揺らめく空気を纏うその姿は、神話に登場する炎の魔人そのものと言えた。


「!!!!!!!!!」


新たな再誕に喜び打ち震えるが如く、ヴォルケが雄叫びを上げる。目も開けられないような熱波が襲う中、ミラは不思議と笑みを浮かべていた。


「——いいぜ。レヴェランスは確かに受け取った」


震える腕で白骨を握り直し、刃先を炎の渦へと向ける。炎の揺らぎの中で、ヴォルケの顔がわずかに歪んだように見えた。


(笑ってやがる――そんなに嬉しいのかよ)


しかし、それはミラも同様だった。

もはやそこには、職責も、過去の未練も、師匠の影もない。 あるのは、命を燃やし尽くす快感と、目の前の宿敵をねじ伏せたいという純粋な渇望だけだ。

夜の闇を焼き尽くす赤熱の光の中で、二人の「終わりのダンス」が再び幕を開ける。

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