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新人受付嬢が怖すぎて、お嬢様ウント取れません!  作者: 白黒熊男
壊すなら コア捨てみせよう 火と研ぎす
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25 『半神半人はサイコロを振りたい』

静止した二人の間に流れる静寂は、近寄る者の身を寸断するように鋭かった。

ミラは白骨を構えながら、柄を掴む手を握りなおす。先ほどヴォルケに打ち込んだ際の衝撃、そしてミラを片腕で押し飛ばしたその膂力。不用意に近づく事への危険性を、彼女の全身が悟っていた。


「ガッゾはどうした?アイツには借りがあるから、死なれると困るんだけどな」


暗いマントからは真意など探れそうもない。ヴォルケは答えず、代わりその体から**カチカチ、カチ……**と、甲虫がはい回るような微細な音だけが響いた。


(——薄気味の悪い奴だ)


ミラは思考を巡らせる。

相手はガッゾを葬ったほどの強敵であり、その能力の全容も未だ見えない。万が一、ここでヴォルケを逃がすような事になれば、エドワードの罪を立証できなくなるだけでなく、二度と捕まえる事が出来なくなるだろう。ならば、ここはネリーネの援軍が到着するまで、ヴォルケをここに縛り付けておくことが最適に思えた。


(——馬鹿な…オレらしくもない…!)


ミラはその考えを打ち消す。

目の前にこれほどの獲物がいるというのに、ただ静観だけで済ますなどハンターとしての矜持が許さない。そして何より、以前ヴォルケにねじ伏せられた屈辱が、未だ生々しく残っている。

あの時、無理やり腕を固められた怒りの中で、確かに嗅いだのだ。僅かに混じった、甘い**『女の香り』**を。その正体不明の疑惑が、ミラの闘争心をいつまでもくすぶらせていた。


(——今度はテメェを、地べたに這いつくばらせてやる!)


打算的な迷いが霧散し、本来の自分が戻ってきた事をミラは感じ取った。

唇の端を吊り上げ、再び白骨を構える。


「——惚れた男に操を立てるのは結構だが、相手がエドワードじゃ趣味悪すぎだ!」


地面が爆ぜる。

真正面からかけてくるミラに対し、ヴォルケの左足が一歩踏み出される。マントの下で、すでに溜めの完了した手斧をミラの顎めがけて振り上げる。無駄のない必殺の動きだ。

だが、遅い。

一連の動作は、身体強化を我がものとしたミラの前では、あまりにも鈍重だった。

その腕が伸びきる頃には、ミラはヴォルケの右わき腹を裂き、流れるような返し刃でその背中を深く、断ち切っていた。脊椎ごと体を両断する一撃だ。


「——ッ!!」


しかしミラは瞬時に飛びのき、ヴォルケから距離を取った。

手に伝わってきたのは、先ほどと同じく「肉を断つ」感触とは程遠い、硬質で不気味な反動だった。 必殺の筈の一撃を見舞いながらも、内側から響く警鐘は、止むどころか激しさを増していく。


「——随分と、頑丈な鎧を着ているらしいな」


ヴォルケは動かない。

**カチカチカチ……という不快な音とともに、マントの下からシュゥゥ……**と、熱を帯びた空気を絞り出すような排気音が漏れる。

その圧力に煽られるように、背を覆っていた黒いマントが左右に分かたれ、ハラリと地面に落ちた。


「——なっ!?」


裂けた衣服の下から露わになったのは、白皙はくせきとした女性の半身と、まるでその体と同じ型で作られた彫像が合わさったような、言うなれば半身半鎧はんしんはんがいという異様な姿だった。

剥き出しになった背中の中央には、鈍く光る真鍮製の**「背骨シャフト」**が屹立し、そこから伸びた細い線が血管のように脈動している。その線が、斬り裂いたはずの断層を縫い合わせるように傷を修復していく。いや、作りかえていっている。


カチ、カチカチッ。


ヴォルケの生身の半身が、苦しげに上下し呼吸を繰り返す。その鼓動に合わせて、噛み合わされた鎧同士が不協和音を立てて擦れ合う。

ゆっくりと、半身半鎧の化け物が振り向いた。


「っ——」


ミラはその時、確かに悲鳴を上げた。

声を出さなかったのは、ひとえにハンターとして長年培われた、身体の反応によるものに過ぎない。

人の法を超えた、無機質な眼球。 驚愕に凍りつくミラを、ヴォルケの瞳が真っ向から射抜いていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「——頑丈な野郎だぜ…まったく」


剣を打ち合うこと、すでに数十合。ミラの体は限界に差し掛かっていた。

肺が酸素を欲して焼けるように熱い。喉の奥に広がる鉄の味。身体強化によるオーバーヒートと自分の汗で、視界は歪み始めていた。

白骨の一撃は、鈍重なヴォルケの体には、吸い込まれるように当たる。しかし剣が当たるたび、火花とともに「ギィ……」と軋むような音が漏れるだけで、ダメージとして蓄積されている実感がまるでない。

試しに人に当たる部分に斬撃を食らわせても、結果は同じだ。むしろ生身だった部分にまで、脊柱から糸が伸びどんどん作りかえていった。


(——オレは、いったい何の相手をしているんだ…?)


人間どころか、生き物を相手にしている気がしない。そんな弱気が頭をもたげそうになり、打ち込む手に力が籠る。

常に全力に近い一撃を見舞うミラに対し、片腕だけでその攻撃をいなし不動に構えるヴォルケ。未だ有効打を与えられていない、その精神的負荷がミラを追い詰めていく。

ミラがハンターとして、未だ現役であればあり得ない無謀な戦いだった。現場を離れていた数か月と、「ここでこいつを仕留めなければならない」という、ハンターにあるまじき執着が、ミラの目を盲目にさせていた。

ミラも気づかぬうちに、自然と攻撃は雑な単調なものになっていく。そしてそれを見逃すほど、ヴォルケは容易い獲物ではなかった。

自身の左半身、生身の下方に隙を見せ獲物を誘い込んだ。


(!? 倒せねぇのなら、足の一本もらっていく!)


案の定、その隙を見逃さなかったミラは、吸い込まれるようにヴォルケの左半身へ飛び込んでいく。そしてそれを待っていたかのように、まるで深海魚が獲物を丸のみするかのように、ヴォルケの上半身が覆いかぶさってきた。


「や、ば――!?」


さすがに身体強化による高速移動を行使していたとはいえ、踏み込みかけた足を引っ込める事はできない。

ミラは無理やり全身をひねり、迫りくる魔手から逃れようとした。身体強化による無理な体制移動によって、自身の体が悲鳴を上げる。

かろうじて躱したと思われたミラの体が、ガクンと制止する。

ミラは完全回避には至らず、ヴォルケの鋼鉄の腕がわずかにスカートの端を握りしめていた。それを確認したミラの顔が青ざめる。

ここに来る前、囚人服姿だったミラに、ネリーネが準備したのが愛刀の白骨と、ギルドの受付制服だった。勿論、ミラは激怒しネリーネへ自身の防具を取りに行くよう叫んだ。しかしネリーネは眼鏡の縁をあげつつ、冷静に説明した。


「貴方のゴミ溜めのような部屋に行きましたが、碌な装備がありませんでした。急を要する事態だったため、やむなくギルドの制服を持ち出した所存ですわ。ご安心めされませ。受付嬢の身の安全を考慮し、ギルドの制服には防刃、防炎、防冷は勿論、何重にも対魔、対呪の加護が施されていますわ。例えドラゴンの牙であろうと、この生地に穴をあける事は適いません」


ただ座るだけの仕事にそこまで過剰な防御を施す事に呆れながら、その時は過保護すぎる親心に内心感謝していた。だがしかし、ここに至ってミラは深く後悔し、そしてそれは現実のものになった。

ヴォルケが力任せにスカートを引き、その勢いにミラの体が若干浮き上がったかと思うと、そのまま視界が宙を舞った。


ドッゴォォオオオン!!


180㎝を超えるミラの胴体が軽々と宙を舞い、地面に叩きつけられた。

全身が砕け散ったかのような衝撃がミラを襲い、彼女の肺から全ての空気が絞り出された。 視界が真っ黒に染まり、白骨を握る指先から感覚が消えていく。

ヴォルケが無造作にスカートを持ち上げても、ミラの体はだらりと脱力して動かない。


(……ああ、もう。頑丈すぎて、逃げられないとか…笑えないぜ、ネリーネ……)


視界の隅で、ヴォルケが自分を引き寄せようとする。けれど、そんな現実さえどうでもいいほど、意識は深く、暗い場所へ。


ふと、熱い砂の匂いと、吸い殻の混じった風の香りがした。

――あの人が、立っている。

どこか浮世離れした笑い声で、完成された絵を笑いながら踏みつける。

優しくて、強くて、けど何ものにも縛られない。

自らを繋ぎ止める鎖さえ、退屈そうに投げ捨ててしまう。


――もう降参、お嬢?

自由になりたいって割に、死ぬのは怖いんだ?


肺が、ひくりと動く。


「……っ、ハ、ハハ……」


絶望の淵で、ミラの唇が震え、歪な笑みを形作る。

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