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新人受付嬢が怖すぎて、お嬢様ウント取れません!  作者: 白黒熊男
壊すなら コア捨てみせよう 火と研ぎす
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23 『受付嬢が砕けない』

「急げ!」


殿を務めるガッゾの怒声が回廊に響く。その前にはカイルを背負いながら走るロロと、リプレの姿。全員が傷つき、満身創痍といった状態だ。彼らの背後からは、血に飢えた魔物の咆哮が、すぐ目前まで迫っていた。


「リプレ、先に行け!」

「!! わかった!」


ガッゾの叫びで先行したリプレは、階層を隔てる扉へたどり着くと、その意を汲んで閉鎖の準備に取り掛かる。

ロロがそのそばに滑り込むように倒れ伏してきた。担がれたカイルの懐から、布にくるまれた金属製の箱が、乾いた音を立てて転がり落ちる。


「ガッゾ!」


リプレの声に反応し、ガッゾが扉へ滑りこむのと、閉鎖されるのはまさに紙一重の差だった。扉が閉まった瞬間、凄まじい咆哮は遮断され、鼓膜が痛むほどの静寂が降りた。聞こえるのは、焼けた肺が絞り出すような、三人の荒い呼吸音だけだ。

ガッゾはカイルのもとへ駆けつけると、その安否を確認した。腹部に大きな血の染みが出来ているが、かろうじて呼吸はしている。魔物の攻撃により貫通した腹へ、無理やり布を詰め込んで止血している状態だった。

ガッゾはカイルの傍に落ちている箱を手に取り、カイルの白濁しかけた瞳の前へ突き出した。

「…見ろ、カイル!マジもんのヒートコアだ!お前、やったんだぞ!」

カイルの唇が、僅かにわななく。顔面はすでに土気色を通り越し、唇は寒天のように白く乾いている。流した血の量が、生存の境界線を越えようとしていた。

その視線が、無機質な箱に焦点を結んだ瞬間、ガッゾはさらに言葉を叩きつけた。


「——いいか、死ぬんじゃねぇぞ!お嬢さんに男みせるまで、絶対に死ぬんじゃねぇ!」


その言葉に応えるように、カイルの胸が大きく上下した。


「——リプレ、治癒魔法を!」


リプレが頷く。彼女自身も傷つき、長い逃亡で疲労困憊だったが、震える膝を鼓舞してカイルへ近づいた。


「ロロ、カイルの肩を抑えていろ。カイル…今から止血帯を取るぞ。いいな?」


ガッゾの呼びかけに、カイルは力なく微笑む。ロロが、カイルの肩を掴んで地面に貼り付けるように抑えるのを見計らい、ガッゾとリプレは顔を見合わせた。

掛け声と同時に各々の役割を瞬時に果たす。ガッゾがどす黒く染まった止血布を一気に引き抜いた。


「——ぐ、うぅ…!!」


激痛による、声にもならない悲鳴を上げてカイルの体が弓なりに弾けるのを、ロロが必死に抑える。リプレは血だまりとなった傷口に手を浸し、治癒魔法を唱えた。

カイルのくぐもった悲鳴と、三人の荒い呼吸だけが回廊に響く。いま、魔物の襲撃を受けてはひとたまりもない。ロロは不安げに、固く閉じられた扉を見る。目前にして獲物を取り上げられた魔物たちの怨嗟が、厚い扉の向こうから聞こえてくるようだった。

しばらくすると、リプレが背後にどっと倒れた。


「——お、終わっただか?」


ロロが恐る恐るカイルを抑える手から力を抜く。リプレは目を瞬かせながら、荒い呼吸をしばらく続けた。長時間の逃走に加えて、魔法を使ったことで彼女自身も軽い酸欠状態を起こしつつあった。焦点の合わない目が徐々に意識を取り戻す。


「…早く…町へ連れ帰って、ちゃんと治療しないと…」


ふらふらと立ち上がるリプレをロロが支えようとするが、彼女はその手を払い、なんとか立ち上がった。


「——傷口は塞いだ。けど、それだけ…。早くギルドへ戻らないと…」


カイルの顔面は依然として土気色をしていた。僅かな呼吸だけが、彼が生きている事の証だった。

ガッゾはほんのしばらく思案したが、意を決して立ち上がった。


「リプレ、俺の肩につかまれ。ロロはカイルとコイツを」

「わかっただ!」


ロロは金属箱をカイルの懐へしまい、再び背負った。

リプレはガッゾの指示を辞退しようとしたが、歩くだけの力が残っていないのは明白であり、しかたなくガッゾへもたれかかった。


「——動けないからって、変な事しないでよね」

「俺はもっと肉付きの良い女が好きなんだ。お前みたいなやせっぽっち、ごめんだね」


その悪態に、場の空気がわずかに和む。

ガッゾにはわずかだが希望があった。現在、彼らは第二階層まで戻ってきている。ここまで登れば、他のハンターに接触する可能性は大いにあった。

周囲に気を配りながら、彼らはさらに上階を目指して歩みを進めた。

辺りは立ち込める、異様な静けさ。その異常に気付いた時、シュッと風を切る音がした。


「——ぐぅ!?」


ガッゾがバランスを崩し、その場に膝をつく。右モモに深々と矢が刺さっていた。


「ガッゾ!?」


リプレが支えようとする手を制し、ガッゾは背中の大剣を抜いて構えた。

彼の見つめる物陰から、黒い衣装に身を包んだ集団が姿を現す。その先頭に、彼らは信じられないものを見た。


「アンタは…ヴォルケ?!」


エドワード直属の護衛、薄暗いダンジョンの中において、その僅かな光さえも飲み込まんとする闇を纏って彼は立っていた。

あっという間に周囲を囲まれ、張り詰めた空気が辺りを覆う。ヴォルケの傍に立つ男が、彼に顔を近づけて指示を伺うと、声を張り上げた。


「ヒートコアをもらおうか」


圧倒的優位からくる挑発的な声色だった。ロロの体が硬直する。彼らの纏っている異様な雰囲気を察知したガッゾは、咄嗟に言葉を発した。


「——無駄足だったな。御覧の通り、こちとらこの有様よ」


ヴォルケを睨みつけたまま、幾分も剣を揺るがさない。

僅かな静寂——ヴォルケが静かに手を振り上げると、彼らを囲む集団が一様に弩を構えた。黒衣の男が最後通告として声を張り上げた。


「くだらん冗談に付き合う気はない。ここで渡すか、全員死ぬかだ」

「端から生かして返すつもりなんかないくせに言いやがる。他の連中同様、用が済めば口封じするんだろ」


わずかだが、黒衣の集団に動揺が走る。ガッゾはその機を逃さず、間髪入れずに言葉を発した。


「——やっぱりな。ギルドにどんどん新人を入れてたのも、そのためのカモフラージュだったってわけだ。言っとくが、コアは隠した。俺らを殺せば、お使いが完了できなくなる。それでもいいのか?」


黒衣の集団に今度こそ、明らかな動揺が走った。ヴォルケの傍にいた男が静かに舌打ちをし、黒衣の下で彼に指示を請う。

一方、ガッゾの真意を察した仲間たちは、悟られないよう、万が一に備えた体勢を整えていた。依然として窮地に違いはないが、どんなに些細な機も逃さないよう身構える。

静かな膠着が生まれたのは、ほんの一瞬だった。

ヴォルケはおもむろに腕を下ろしたかと思うと、ガッゾたちの方へ歩み出した。その動作があまりにも自然であったために、ガッゾも一瞬唖然とする。歩みを進めるヴォルケに再度呼びかけた。


「ヒートコアなんてヤバい代物集めさせて、いったい何を企んでいやがる!」


ヴォルケは歩みを止めない。ガッゾは奥歯をかみしめ、僅かに腰を落として腕を引く。相手に悟られないよう、刺突を目的とした一撃の溜めに入る。


(——くそ。嘗めやがって。何を企んでいるか知らねぇが…!)


ヴォルケの真意を探りあぐねながらも、しっかりと全体を捉えて間合いを見極める。


あと3歩。


――2歩。


―――1。


「——やれ!」


叫ぶと同時に、予備動作なきガッゾの突きが、ヴォルケの心臓を最短距離で射抜いた。

上半身の筋肉を爆発させ、己の命を代償に放つ乾坤一擲の一撃。その切っ先が無防備に晒された胸へ吸い込まれる。同時に、黒衣の集団がその顛末を見届けるよりも早く、リプレの呪文が完了しまばゆい光が彼らの視界を奪った。


ガンッ!!――グォォォォンッ!!


集団の合間を縫うリプレたちの耳に、予想だにしない鈍く重い音が響く。その衝撃のすさまじさが回廊を伝って、空気を震わした。しかしそれを意に介することもなく、彼女たちは、自分たちのリーダーが作った隙を逃すまいと必死に走った。


――徐々にクリアになる視界の中で、ガッゾは信じられないものを見ていた。


打ち込んだ際、手に伝わった違和感。まるで巨大な岩にでも突き立てたかのような硬さ、そして重さ。おかしいという思いは、目の前の光景を見て確信に変わった。

ガッゾの乾坤一擲の一撃は、ヴォルケの心臓を確かにとらえていた。しかしそれだけであり、切っ先は黒衣を貫いた所で止まっていた。


――カラン、カラン。


ガッゾの手から落ちた剣が、無機質な音を立てて静寂を切り裂く。


「——う、そだろ…?」


跳ね返ってきた衝撃による手のしびれさえ、ガッゾは気に掛ける余裕はなかった。


(…ありえねぇ…こいつ、人間か…?)


表情には出さない。しかし戦士としての誇りも、仲間を守ろうとする意志も、目の前の圧倒的な『異常』の前に、霧散霧消していくのが歴戦の戦士たるガッゾにもわかる。

ヴォルケはガッゾに視線を落したまま、手を振り上げた。すでに視界を取り戻しつつあった黒衣の集団が、それを合図にリプレたちの後を追って走り出す。

残されたガッゾには、すでに彼らを追うだけの気概は残っていない。ヴォルケの暗い瞳を見つめ返しながら彼が思うのは、リプレたちの無事でも、残してきた家族への憂いでもなかった。


「——すげぇな、アンタ。いったい、何者だよ」


ただ一人の戦士として、己の一撃を止めたヴォルケへの興味だけが彼の胸に去来した。ヴォルケは何も言わず、死神の鎌の如き腕が静かに振り上げられた。

 

リプレの耳から、先ほどの残響が離れない。

ガッゾが自身を犠牲にして自分たちを逃がそうとしている事は、長年の付き合いから彼女にもわかった。だからこそ、彼の号令が聞こえるまでのわずかな間、その別れを済ませたつもりだった。

しかしガッゾの号令が聞こえたと同時に走り出した時、彼女の耳に聞こえてきたのは、彼の愛刀が敵を薙ぎ払うものではなく、金属が大岩を叩いたような、およそ肉体に剣が突き刺さる音とは思えない、鈍く重い衝撃音だった。

それが何を意味するのか。いくら思考を巡らせても、彼女の冷静な頭脳が導き出すのは、たった一つの絶望しかない。


「……ロロ、……待って……」


リプレは立ち止まって息をついたため、ロロが驚いて振り返った。彼自身、長時間の逃避行とカイルを背負っている事で、顔は汗や鼻水でぐちゃぐちゃだった。


「……無駄よ。もう、……分かってるんでしょう?」


リプレの声は、今にも消え入りそうなほど細かった。

手に持つ愛用の杖が、いまは煩わしい。そんなものを持つ無意味さを、彼女の心が理解しつつあった。青白い顔で睨んだ先には、無限とも思える回廊が伸びる。そして背後からは、組織立って追いすがってくる複数の足音。

リプレの頭脳は、残酷なほど冷静に現状を弾き出していた。


(第二階層。……出口まではまだ遠い。……私たちは傷つき、魔力も底を突いた。……そして、相手は無傷の暗殺部隊……)


勝利の確率は、零。生存の可能性も、限りなく零に近い。


「何やってるだ!…急がねぇと、奴らがくるだよ!」


ロロは片腕を伸ばし、リプレの腕を取った。

彼女は力なく笑い、壁に背を預けてずるずると座り込んだ。その瞳から「生への執念」は完全に消え去っていた。


「……もう、無理よ。……これ以上は」

「――な、何言ってるだか!ガッゾがせっかく囮になったってのに!」


ロロが叫ぶが、リプレは首を振る。彼女の視線は、自分たちが走ってきた暗い通路の先を見つめていた。そこから、冷酷な死の気配が、確実に近づいてきている。


「ガッゾは……たぶん、もう……。」

「そんなことねぇ!ほら、走るだよ!」


ロロの懸命の説得が空しく響く。賢明な彼女だからこそ、ヴォルケが放った「異常」の本質を理解していた。ガッゾの追走がない事と、そんな存在に追いかけられているという事実に、彼女の心は限界を迎えていた。


「逃げても……無駄よ。……どうせ、……ここで……」


リプレが膝を抱え、小さく震え始める。

暗闇の中から、カチリ、カチリと弩を装填する冷徹な音が響く。絶望が、物理的な重さを持って彼女たちを押し潰そうとしていた。


「手間を取らせてくれたな」


獲物を追い詰めた残酷な喜びが、男の口から発せられる。ロロはカイルを背負いながら、健気にリプレの前に立ちはだかった


「——お、お前ら恥ずかしくねぇだか!人様の手柄横取りして!それでも男だか!」


決死の叫び。しかし黒衣の男たちから聞こえるのは、嘲笑と侮蔑の言葉だけだった。


「……ハハ。男? 誇り?そんな言葉で腹が膨れるのか?」


男は無造作に弩の引き金を引いた。


シュンッ――!

「あぐっ!?」


鋭い衝撃と共に、ロロの太ももに矢が深々と突き刺さった。 あまりの激痛に視界が火花を散らす。それでもロロは膝をつくまいと、震える足で地面を踏み締め、自分たちを嘲笑う集団を真っ向から見据えた。

しかし冷酷にも、無感動にもう一矢が放たれ、残った足をも容赦なく貫く。


「が、あぁっ……!」


支えを失ったロロの体が、崩れるように地面へ突っ伏した。


「ロロ!」


リプレが悲鳴を上げ、その体に覆いかぶさる。互いにかばい合い、震えるだけの二人を見下し、男は吐き捨てるように言い放った。


「……見苦しい奴らだ。反吐が出るぜ」


男は手を上げ、一気に下ろした。

黒衣の集団による、容赦のない斉射。死の雨が、ロロとリプレへ殺到する。


――その瞬間。

ドゴォォォォォンッ!!


雷の如き爆音を伴って、影がその間に割って入った。

放たれた矢をその群青色の背で受け止め、仁王立ちするギルドの受付嬢。陽炎の如く揺れる赤い髪をなびかせ、影は不敵に笑った。


「……へへ、……間に合った……な……」


――直後、ミラはばたりと倒れた。


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