22 『マスク・オブ・レディース』
朝日に照らされる、早朝のギルド。
ホールは静まり返り、衣擦れ一つ起きない、凍り付くような静寂に支配されていた。
壇上に立つエドワードは、ゆっくりと、しかし通る声で語り始めた。
「……まずは昨日の騒動について、君たちに心から謝罪する」
階上に立つエドワードは沈痛な面持ちで、不安に暮れる少女たちへ語りかけた。
「ネリーネ嬢が憲兵隊に連行されたこと。共に職務に励んできた君たちにとって、我が身を切られるような衝撃だったろう。かくいう私も、胸が張り裂けそうだ」
ゆっくりと、少女たち一人ひとりの目を見る。そのなかで一人、まっすぐに自身を見据えるプリムと目が合う。エドワードは気にする風もなく、言葉を続けた。
「責任感の強い女性だった。……だが、それゆえに、旧態依然とした前体制の悪習を捨てきることができなかったようだ。私も何度となく忠告したのだが、それが逆に彼女を追い詰めてしまったのだろう。あろうことか、ギルドの公金に手を出すとは・・・」
ホールにざわめきが起こる。口を押さえ、小さく悲鳴を上げる者さえいた。プリムは、拳が白くなるほど握りしめ、悔しさに奥歯を噛み締めていた。
少女たちの動揺を慈しむように見守りつつ、エドワードは一段と声を張り上げる。
「私も信じたくはなかった! だが、放置すればこのギルドが、そして君たちの将来が、崩壊してしまう。私は、決断せざるを得なかった。……彼女を更生させるには、法の下にさらす以外ないと判断したのだ」
拳を手すりへ打ち付け、無念そうに歯噛みする。その白々しい芝居を、プリムは異様なものとして見ていた。この場においてこれだけ流暢に喋る目の前の男、その邪悪さに背筋が寒くなる。
プリムは自身の覚悟が揺らぎそうになるのを、必死に思いとどめた。
「ーーしかしだ!」
エドワードの表情に笑みが浮かぶ。肉親のように優しく、その声は朗々として聞くものを安心させた。
「恐れる必要はない。君たちは今まで通り、誠実な心で業務に勤しんでくれるだけでいい。君たちの美しさと誇りを守り抜く事。そしてらこのギルドへ真の秩序と平和をもたらす事。それが私の使命であり、君たちへの愛の証だ」
ホールは再び静寂に包まれる。それを無言の『承諾』ととらえエドワードは、その場を去ろうとした、その時だった。
「一つ、よろしいですか?」
彼は、自身の歩みを止めた者を肩越しに見た。ホール中の視線が集まる中、プリムは毅然とエドワードを見あげていた。
「ーー秩序と平和とおっしゃいましたが、それはどなたが定義されるのですか?」
少女たちの視線が、エドワードへ向けられる。
「誰かと思えば、プリムローズ嬢か。確か、君は以前にもギルドに混乱を招いた前科があったね。確か、暴力事件だったか」
エドワードは微笑みを浮かべて、階下のベアトリスへ視線を送る。少女はずっと前を見据え、まばたきもしない。
「その節はご迷惑をおかけしました。それで、質問の答えをお聞かせ願えますでしょうか?」
プリムは負けじと食い下がる。じっと見つめてくるプリムに対して、エドワードの言葉はあくまでも慈愛に満ちていた。
「勿論、この、私だ。君のように感情ではなく、合理性と対話によだて定義していくよ」
衛兵たちの中から嘲笑が起こる。しかしプリムは動じない。
「そうですか。では、その合理性に矛盾が生じ、対話による定義付けが不可能となった場合は、どうなりますか?」
「ーーどういう意味かね?」
エドワードの表情から慈愛の光が消える。彼の冷酷な性根が、その瞳に宿りつつあった。
プリムは肩掛けカバンから、二組の紙の束を取り出して、エドワードへ突きつけた。
「ひとつは私が用意したものです。ギルド長が就任されてから、このギルドで行方不明となっている方々のリストになります。そしてもう一つは、ネリーネさまがお調べになった、貴方と一部の商人との、金銭のやりとりを記録したものです。私のカバンに入ってました」
ホールノざわめきが一層大きくなった。少女たちはプリムと、無表情に彼女を見つめるエドワードを交互に見る。
「ギルドの秩序を約束してくださると言うのなら、これらについて合理的な説明をお願いします」
2人の視線が交差する。エドワードはそうしてしばらくプリムを見つめていたが、嘲るように鼻で笑った。
「ーー何を言うかと思えば。答えは決まっている。そのリストに載っているハンターたちは、ネリーネ嬢と同じだ。私の忠告を聞かず、いたずらにギルドを混乱に陥れる存在だ。ゆえに、心苦しいが廃棄させてもらった」
「……廃棄、ですって……?」
プリムの肩が震える。エドワードは冷ややかに、憐れむような目を向けた。
「あんな連中、ライセンスを取り上げて野に放ちでもすれば、たちまち野盗に成り下がるに決まっている。クエスト中の事故ということにすれば、憲兵の手を煩わせることもない。ああ、あとその帳簿だが、この際、私の私的財産を侵害したことについては目を瞑るとして。彼らには、私の事業に投資してもらっているのだよ。そのために依頼料も安くしている」
エドワードの言葉は、どこまでも悪意がなく理路整然としていた。
だからこそ、プリムには許せなかった。
「ーーカイルさんが、この人たちがいったい何をしたっていうんですか!?」
悲痛な叫びがホールに木霊する。感情的になるまいと、抑えていた心があふれ出した。
「この人たちは、ただ毎日を一生懸命に、生きていただけです。私たちより、よっぽどギルドを愛していた・・・。それが、どうして『廃棄』なんて言えるんですか!」
重苦しい、沈痛な空気がホールに満ちる。プリムだけではない。そこにいた受付嬢の中にも、帰らぬ者のことを気にかけつつも、恐ろしさから目を逸らしてしまった者がいた。
しかしそんな静寂を引き裂くように、エドワードの乾いた拍手がホールに響く。
「なるほど。そのリストの中に、意中の相手でもいて、理不尽に奪われた恨みを、私にぶつけているというわけだ。実に独善的だ。泣かせるじゃないか」
「ーーなっ?」
「だが一つ言わせてもらうぞ。先ほどから、私がハンターを人間扱いしていないかのような物言いだが、君たちはどうなのかね?」
突如投げかけられた問いかけに、プリムの思考が固まる。周りの受付嬢たちも同様だ。それを見たエドワードの顔に、残酷な笑みが浮かぶ。
「『稀地の洗礼』などと称して、彼らを種馬のように値踏みしていたのは誰だ?見栄えの良いものを甘やかし、無能と断じた者を嘲笑う。知らないとはいわせんぞ?」
その言葉に、プリムは思わず顔を伏せた。
ーーこの嬢ちゃん達が、ハンターを茶菓子にして盛り上がってんのが、気に食わなかっただけさーー
みらのり言葉が、今更ながら胸に深く突き刺さる。カイルと出会い、ハンターも一人の人間と気付くまで、プリムも他の受付嬢も一緒だった。ハンターの人生を自分の趣向一つで左右できる、面白い駒だとしか思っていなかった。
「そんな矮小な自尊心に比べれば、私のもたらす秩序のほうが、よほど健全だと思うがね」
勝ち誇るエドワードの言葉が、プリムの心にとどめを刺す。自分には、この悪魔を断罪する資格などないのだと、思い知らされる。
「反論はないようだね。ならば、この件はここで終わりだ。全員、速やかに職務に戻れ。そして、プリムローズくん、その汚れた書類は、君が適切に処分しておくように」
プリムは崩れ落ちそうになる膝を、震える手で押さえることしかできなかった。
(ーーミラさん、ネリーネさま・・・カイル。ごめんなさい)
愛する者たちの顔が、暗闇に消えていく。この暗闇を抱えたまま生きていくのだと、プリムは自身に刻み込もうとした。
その時だ。
「オーホホホホ!」
凛とした、場違いなほど傲慢な高笑いが静寂をきり裂く。
「ーーまったく。何も変わらないのね、プリムローズ。あの野良犬から何も教わっていないの?」
プリム、そしてエドワード、ホール中の視線が一人の令嬢に集まる。その視線を受けて、ベアトリスの高笑いは一層高くなったように感じられた。
「ーー何がそんなにおかしい?ベアトリス」
「エドワード様の仰る通り通りですわ。わたくしたちは性悪で傲慢。気に入らない殿方を影で笑う、最低な生き物です」
ベアトリスの挑発的な視線がエドワードを射抜いた。エドワードの表情が不機嫌に歪んでいく。
「……ですが、エドワード様。それがわたくしたち(お嬢様)ですわ! 文句がおありかしら?」
あまりにも傲慢な物言いな、その場にいる全員が固まってしまった。論理的とはほど遠い、自己中心的な言葉だった。
「さっきから、なにを言っている?」
「傲慢で愚かなわたくしたちですが、ドブネズミのような性根を『秩序』なんて言葉で飾り立てる貴方より、よほど高貴だと思いませんこと?それともドブネズミには、貴族の嗜みは理解できなかったかしら」
そう言い捨てると、ベアトリスは自分を見つめる少女たちをかき分け、プリムの前に立った。
ーーパンッ
呆けていたプリムの頬に、熱い痛みが走る。
「いつまで呆けているつもり、プリムローズ!貴方の男が殺されたのよ?理屈なんか放っておいて、あの男の鼻っ柱を圧し折りに行かないでどうするの!」
ベアトリスは、プリムの鼻を指で軽く弾くと、ふんと笑ってみせた。
「ーーあ、あは」
なんて自分勝手な言葉だろうと、プリムは思った。
思えばベアトリスを殴ったあの日、自分のなかには正当な理由があった。しかしそれにより、ギルドをこのうよな有様にする片棒を担ぐ羽目になり、彼女は自分自身を理性で縛ることで、罪を償おうとした
だがーー怒りで破壊されたのなら、その怒りを持って再び破壊することもできるのではないか?
プリムの心に、熱い炎が息を吹き返す。以前のマグマのような、ドロドロとした怒りではない。
なんの理屈もないが、これは正当な怒りだと、心が叫んだ。
「……素晴らしい提案ですわ、ベアトリス。ですが、わたくし一人では心許ありませんの。お手伝いしてくださる?」
プリムの提案に、ベアトリスは悪戯っぽく微笑む。
「ええ、喜んで。で、あれば皆さん、ご一緒にいかが?」
2人は広間の受付嬢たちを見渡した。ーーいや、今この時の時ばかりは、彼女たちの『仮面』は剥がれ落ち、高慢で世間知らずの貴族令嬢の顔が、晴れやかに輝いていた。
見上げた先で、エドワード刃青白具怒りに震えている。
「そういうわけで、今からそちらに伺いますわ!」
「首を洗って待っとけ、てやつですわ!」
ホールに少女たちの華やかな笑いが響く。エドワードは一瞬、狼狽し、すぐに階下の衛兵たちへ叫んだ。
「なにをしている!反逆だ!全員、拘束しろ!」
狼狽えていた衛兵たちが、慌てて少女たちに掴みかかろうとする。
「」
衛兵が動くより一瞬、プリムが指を鳴らすほうが早かった。放たれたのは、貴族令嬢御用達、魔導具を介さない、簡易的な防犯魔法である。吹き飛ばされた相手は、しばらく目を覚まさない。
エドワードも衛兵たちも、驚愕の表情を浮かべる。
「・・・あら、無作法ですわね」
流れるような動作で衛兵の腕を絡め取り、ベアトリスの口の端が吊り上がる。
「」
途端に、衛兵の身体に電流が走り、突っ伏したかと思えば、そのまま動かなくなってしまった。痴漢撃退用の防犯魔法である。威力を間違えると、相手の心臓を止めかねない危険な魔法だ。
衛兵の体がだらりと地面に落ち、ベアトリスはプリムへ余裕の表情を見せた。
「お見事」
たちまち2人の屈強な男が地面に伏し、衛兵たちの顔に動揺が走る。階上へ目を向けて、彼らはさらに驚愕した。
大言壮語を吐いていたギルド長は、とっくに姿を消し階上はもぬけの殻となっていた。
「まったく、どこまでも情けない男ですわ」
ベアトリスが吐き捨てるように言いながら、残った衛兵たちへ一歩歩み寄る。
「……ふふっ。外にはハンターさんたちもいらっしゃいますけど、皆様、どうなさいます?」
プリムが楽しげに問いかける。
その背後にはまるで舞踏会で順番を待つように、獲物に目を輝かせた少女たちの無邪気で残酷な笑顔が控えていた。




