第85章:異世界の文化祭
ザイロスとの死闘が終わってから、もう数か月。
学院には以前のような穏やかな日常が戻り、季節は秋。今日は年に一度の文化祭だ。
朝から校舎は人の声で賑わっていた。屋台の準備に走り回る生徒、看板を抱えて右往左往する後輩、衣装に着替えて化粧直しをする女子たち。
戦場では冷静さを失わないレイも、この喧騒には少し気圧される。
「おーい、レイ! そっちの布、ちゃんと結んでくれ!」
声をかけてきたのはドランだ。彼はクラス企画で出す「世界カフェ」の店長役を任されていて、張り切りすぎて朝から怒鳴り散らしている。
「はいはい……落ち着けよ。結界張るより疲れるぞ、これ」
「当たり前だ! 文化祭は戦場なんだ!」
苦笑しながら布を結んでいると、背後から控えめに声がする。
「レイ、ちょっと似合いすぎてない?」
振り返れば、メイド服に身を包んだセラが照れくさそうに立っていた。
銀髪にフリルが映えすぎて、周囲の男子が思わず二度見している。
「……えっと、それ、反則じゃないか?」
「な、なにが反則よ! 衣装係が勝手に選んだんだから!」
頬を赤くして抗議するセラ。その姿にレイもつい笑ってしまう。
そこへマリナとエリオも登場。二人は劇の衣装を着ていて、騎士と姫のような組み合わせだ。
「レイ、準備はどう? うちの劇も出番が午後だから、それまでに見に来てよね」
「お、おう……」
仲間たちと笑い合いながら過ごすこの時間が、どれほど尊いものかをレイは噛みしめる。
かつては敵や闇の影に追われるばかりだった日々。だが今は、学園の一員として「普通の青春」を楽しめている。
昼頃には出店も始まり、校庭は祭り一色となった。香ばしい焼きそばの匂い、甘い綿あめを抱える子どもたち、そしてステージから流れる音楽。
「レイ、食べ歩きしよ!」とセラが手を引き、彼は少し戸惑いながらも歩き出す。
買い食い禁止なんてルールも、この日だけは緩んでいる。
焼き鳥を食べていると、ドランが割り込んできた。
「おいレイ! 客引き手伝え! メイド服のセラと一緒なら倍の効果だ!」
「……勝手に使うな」
それでも人々は集まり、店は大繁盛。レイは半ば諦めながらも笑うしかなかった。
午後には演劇部の発表があり、マリナが舞台で堂々と台詞を放つ。
エリオはぎこちないながらも姫を守る騎士を演じ、その姿に歓声が飛ぶ。
「……なんだ、意外と様になってるな」
「フッ、私を誰だと思っている」エリオは舞台上でウィンクし、観客席から悲鳴があがった。
夕暮れ時。校庭にランタンが灯され、フィナーレのダンスパーティが始まる。
音楽に合わせて踊る生徒たちの輪を、レイは少し離れた場所から眺めていた。
「レイ、どうして踊らないの?」セラが問いかける。
「いや、俺は……そういうのは不慣れでな」
「じゃあ、練習すればいいじゃない」
そう言って、彼女は自然に手を差し出す。
その瞬間、戦場では決して感じられない鼓動が胸を打った。
仲間と共に笑い合い、誰かと手を取り合って踊る――そんな当たり前の光景を、ようやく自分も手に入れられたのだと実感する。
ランタンの光が揺れる中、レイとセラはぎこちなくも一歩を踏み出した。
仲間たちが見守り、笑顔が広がる。
ザイロスが去った後に訪れた、この平穏な時間。
それはきっと、どんな魔法よりも温かく、強い力を持っていた。




