第69章:山を通って
ザイロスの居場所を突き止めたレイたちは、すぐに支度を整えて学園を出発した。メンバーはレイ、セラ、ミナ、リィナ、そして魔王ヴァルゼリオ。街道を外れ、森を突っ切って向かったほうが早いと判断したレイの案に全員が従い、五人は昼前には深い森林地帯へと足を踏み入れていた。
木々は高く生い茂り、上空からの日光をほとんど遮る。湿った空気と、時折聞こえる獣の唸り声。普通の冒険者ならば気を張る環境だが、レイたちは比較的落ち着いていた。
「ねぇレイ、本当にこの先なの?」
セラが周囲を警戒しながら問いかける。
「ああ。魔力感知を重ねた気配察知で間違いない。あいつはこの先の山脈の麓にいる」
「ザイロスって地味にアウトドア派よね……魔王城じゃなくて山かよ」ミナがぼやく。
「拠点を変えてるのかもしれないな」とヴァルゼリオは飄々とした調子で言った。
リィナは周囲をキョロキョロしながら、少し不安げにレイの後をついていく。
彼女の角は今もレイの魔法によって隠されているが、森の中では油断ができない。
少し歩いた頃、ミナが耳をピクリと動かした。元より獣人の彼女は感覚が鋭い。
「……レイ、前方。三十メートルくらいのところに魔物がいる」
「種類は?」
「たぶん……上位のオーガ。複数」
レイは即座に仲間へ目配せし、魔力で作った簡易結界を展開。木々の陰から、不気味な咆哮とともに三体のオーガが現れた。筋骨隆々とした体に、鈍器を思わせる棍棒を構えている。
セラが短く息を吸う。「どうする?」
「試しに――新魔法のテスト台になってもらおうか」
レイはそう呟くと、片手を前へかざす。魔力の流れは静かで、周囲の魔物すら気づかないほど繊細。
次の瞬間、目に見えない圧力が一点に凝縮され、小さな黒い球が宙に現れた。
「……ブラックホール?」ヴァルゼリオが目を見張る。
「いや、正式名称はまだ決めてないが……闇と風と空間を混ぜて圧縮した魔法体だ」
黒球は一瞬ゆらぎ、次にオーガの身体を中心に引き寄せた。
呻き声を上げる間もなく、魔物たちは肉体の形を保てぬまま吸い込まれ、霧のようにかき消えた。
その異様さに、一同が一瞬だけ静まり返る。
「……なぁレイ、それ威力やばくない?」ミナが眉をひそめる。
「調整すれば手足だけ消せるようになる。そのうち実用レベルだ」
「いやいやいや。どこをどう考えても実用的にしちゃダメなやつよ、それ」
セラは少し疲れた笑顔でため息をつきながらも、レイの肩を軽く叩いた。
「でも便利だね。戦闘は楽になりそう」
「倒すだけならな」とヴァルゼリオが笑う。「あれを見たらザイロスも青ざめるぞ」
リィナはその場に座り込みそうになっていたが、レイが優しく背を押して歩かせる。
◆
日が傾き始めたころ、一行は森の奥にある小さな湖のほとりで野営をとることにした。魔物の気配はないが、レイは透明な防御結界を三重に張ってから焚き火を起こした。料理はセラとミナが担当し、ヴァルゼリオは横になって寝転ぶ。リィナは薪を集めながら、何度も周囲を見回す。
夜の森には虫の鳴き声と焚き火の音だけが響き、静かだったが、緊張感は薄れなかった。
「レイ」
セラが声をかける。
「新しく作った魔法、ほかにもあるんでしょ?」
「ああ。転移魔法の改良版もできてる。行ったことない場所でも、人の記憶や魔力の残滓から場所指定できるやつ」
「相変わらず規格外ね」とミナが苦笑する。
レイは火を見つめながら呟く。
「ザイロスに使うなら、真正面から叩き潰すだけじゃ足りない。逃げ場も、増援も、隠れ家も潰せる術が必要だ」
ヴァルゼリオは焚き火の向こう側で笑った。
「だからお前の研究は面白い。……期待してるぜ、人間」
レイは少しだけ笑みを返し、空を見上げる。夜空に星が瞬き、風の音が木々を揺らした。
こうして、ザイロス討伐へ向けた最初の夜は静かに更けていった――。




