第70章:遺跡に迷い込んで
森での初日を終えた翌朝――日の光が差し込むより早く、レイは目を覚ました。魔力の調整と感覚の拡張を続けていたためか、疲労は残っているが集中力は研ぎ澄まされている。
「起きたか、人間」
焚き火の残り火を弄びながら、ヴァルゼリオが振り返る。
「ああ。三十分後に出る。朝飯頼んだぞ、セラ」
「はいはいっと……食べる前から命令とか、夫としてどうなんだかねぇ?」
言いながらも手早くスープを煮始めるセラ。その横でミナとリィナが携帯食料を温めている。
食事を済ませ、結界を解除したレイたちは再び西に進路を取る。森を抜ける頃には、湿った空気は澄んだ風へと変わり、視界も一気に開けた。
◆
やがて丘陵地帯に入り、そこには古く崩れかけた石造りの柱や、蔦に覆われた階段――中規模の遺跡が姿を現した。
「……あれ、地図に載ってたか?」
「いや、少なくとも王国側の資料にはなかったはずだ」
レイは眉をひそめながら遺跡に近づく。
入口らしきアーチ状の門は半壊しているが、中央にはかすかに魔力の痕跡が残っていた。レイは地面に触れ、魔力感知を行う。
「古代文明か、それか封印タイプの神殿遺構……可能性は高いな」
「入る?」とセラ。
「ああ。ザイロスの拠点じゃなくても、通り道なら利用価値がある。罠があればつぶす」
「わかった。私たちは周囲を見張るわ」とミナが了承する。
内部は薄暗く、石畳には崩落の跡が無数に見られた。天井は高く、壁には文字のような模様が刻まれているが、現在の言語では判別できない。
その奥――苔むした床の中央に、直径三メートルほどの円形魔法陣があった。魔力が切れて久しいが、明らかに空間魔法由来の構造だ。
「転移陣……ただし方向指定式じゃない。呼び出し型だな」
「ということは、昔誰かを呼んだ施設?」とリィナが首をかしげる。
「魔王軍の召喚陣と形式が似てるぞ」とヴァルゼリオ。
レイは魔法陣の縁に手を置き、分析を行った。
「……劣化してる。蘇らせる価値はないな。ただ――ザイロスが再利用に来る可能性もある」
レイは陣の核石に指を触れ、魔力回路だけを破壊した。淡い光が走り、刻まれた紋様が音もなく崩れる。
「これでよし。次は町に出よう」
◆
遺跡を抜けると、視界の先に小高い街並みが見えた。石造りの壁、煙突、そして広場の噴水。商業都市ほどの賑わいはないが、旅人や物資の流れで栄えた中継地のようだった。
「補給するならここね」とセラ。
「魔法素材も買えそう。リィナ、セラと一緒に荷物頼む」
「うん!」
レイとヴァルゼリオとミナは別行動で情報収集を開始する。町の宿屋前には依頼掲示板があり、盗賊や失踪事件の貼紙が目立った。
そんな中、一枚だけ異質な紙がある。焼け焦げた羊皮紙に、黒い紋章が押されていた。
――【目撃情報:黒衣の男/禁呪行使の疑い】
「……ザイロスか」とミナが呟く。
「時期的に符合するな。森に入る前にこの町を通った可能性がある」
「なら確定で山方面ね」とヴァルゼリオ。
合流したセラたちに話を伝え、レイは出立前に空間魔法で転移印を刻んでおく。何かあった時いつでも戻れるように。
日暮れ前、一行は再び進路を山脈方面へ向けて歩き出した。
次の目的地――ザイロスの潜伏地へと繋がる峠道は、すでに山影の冷たい風を運び始めていた。




