第36章:最強の素顔を隠して
砕け散った測定器を前に、レイは額に手を当てた。
──しまった。完全に忘れていた。
自分が「世界最強の魔術師」と呼ばれた存在であることを。
その力を隠し、普通の学園生として過ごしていたはずなのに、うっかり測定器を壊してしまうなんて。
(こんなのが広まったら、確実に王族や貴族に呼ばれる。下手すれば教会や魔術師協会にまで目をつけられる……面倒ごとしかない)
冷や汗を浮かべつつ周囲の様子を窺う。
怒られるだろうか、それとも恐れられるだろうか──そう身構えていたが。
「お、おい……すげぇぞ!」
「測定器を壊すなんて、初めて見た!」
「いや、俺もだ! 伝説みたいな話だと思ってたが、本当にあるんだな!」
冒険者たちは目を輝かせ、子供のようにはしゃぎ始めた。恐怖や警戒など欠片もなく、ただ純粋に「珍しいものを見た」と喜んでいる。
レイは唖然として目を瞬かせた。
「……え、そんな感じなの?」
受付の測定員すら苦笑を浮かべ、壊れた測定器を片付けながら言った。
「まあ、滅多にないことだ。大事件のはずなんだが……ここにいる連中、単純だからな。すっかり祭り気分になっちまってる」
セラは安堵の吐息をもらし、ミナは「なんか楽しい雰囲気になったね」と無邪気に笑う。
どうやら、今回に限っては厄介事にはならなそうだった。
(……助かったな。これで変に噂が広まらなければいいけど)
ひとまず冒険者カードの発行は無事に終わった。ランク表記は空欄のままだったが、協会側も「測定不能」として扱うらしい。
◇
その足で三人は再び武器屋──鍛冶師グラムの工房へ向かった。
「おぉ、帰ってきたか!」
炉の火を背にした老人は、煤けた顔をほころばせた。
「見ろ、出来上がったぞ!」
並べられていたのは、それぞれのために作られた装備。
レイには、黒銀に輝く片手剣。軽量でありながら魔力を効率よく流せるよう加工され、刃には古代文字のような紋様が走っている。
セラには、杖というより一振りの聖樹の枝を磨き上げたような神秘的な杖。持つだけで空気が澄む。
ミナには、鍛え上げられた魔鋼製のガントレット。拳に力を込めると微かに青い光が宿る。
レイは剣を握り、軽く振った。しなやかな感触と魔力の通りの良さに思わず目を見開く。
「……すごい、これ」
その表情を見て、グラムは誇らしげに胸を張った。
「わしの最高傑作だ。お前らの旅の力になるといい」
セラとミナもそれぞれの装備を試し、満足そうに頷く。
レイは胸に熱いものを覚え、深く頭を下げた。
「ありがとう。本当に……感謝する」
こうして新たな武具を手に入れた三人は、その性能を試すために依頼を受けようと決めた。
「明日、冒険者協会に行ってみよう。ちょうどいい依頼があるはずだ」
◇
翌朝。
協会の扉を開けると、中は前日以上に活気にあふれていた。
「おう、お前ら! 昨日の“測定器破壊”の新人か!」
「今日から依頼受けるんだろ? 頑張れよ!」
冒険者たちが笑顔で声をかけてくる。
レイは思わずたじろいだが、悪い気はしない。セラもミナも笑顔で挨拶を返した。
そこへ受付嬢が近づき、少し緊張した面持ちで告げる。
「レイさん、セラさん、ミナさん。ギルドマスターがお呼びです」
◇
案内されたのは協会の奥にある執務室。
部屋の中央で待っていたのは、分厚い鎧をまとい、熊のように大柄な男だった。
「お前らが新顔の三人か。俺がこの街のギルドマスター、ドルガンだ」
ドルガンは腕を組み、鋭い目を向けてくる。
「単刀直入に言う。お前らに依頼を頼みたい」
テーブルの上に広げられた地図には、街の北方に広がる森が描かれていた。
「最近、この森全体が異様な闇の気配に包まれた。調査した結果、森の奥深くに“闇魔法の石”が生まれていることがわかった。あれが瘴気をまき散らしているらしい」
セラが眉を寄せる。
「闇魔法の石……?」
「普通の魔術師じゃ近づくことすらできん。だが、あれを破壊しなければ、森は完全に死ぬ。周辺の村も被害を受けるだろう」
ドルガンはレイたちをじっと見た。
「昨日の件もあって、協会はお前らに期待している。報酬は最高等級を用意する。やってくれるか?」
レイは地図に視線を落とし、心の中で呟いた。
(闇の気配……ザイロスのものじゃないかもしれないが、無関係ではなさそうだな。新しい武器の試し切りにはちょうどいい)
顔を上げ、静かに頷いた。
「引き受けます」
セラとミナも力強く同意する。
「よし! ならば準備が整い次第、森へ向かえ。くれぐれも無茶はするなよ」
◇
こうして三人は、闇に覆われた森へと足を踏み入れることを決めた。
新しい武器を手に、冒険者としての最初の本格的な任務が始まろうとしていた。




