第212章:失われたままの一歩
翌朝。
王都の空は晴れていた。
数週間ぶりに降り続いた雨も止み、窓から朝日が差し込んでいる。
◆
レイは病室の窓際に立っていた。
眼下には王都の街並み。
人々の声。
馬車。
魔導列車。
何もかもが初めて見る景色なのに――
自分はここで戦っていたらしい。
◆
「……実感ないな」
ぽつりと呟く。
四週間眠っていた。
転生後の記憶はない。
仲間との思い出もない。
戦いの記憶もない。
◆
だが。
傷跡だけは残っている。
腹に残る大きな傷。
右腕に残る薄い光のヒビ。
そして――
自分を見つめる仲間たちの目。
◆
コンコン。
病室の扉が開く。
「起きてたか」
ミナだった。
◆
レイは振り返る。
「おはよう」
「おはよう」
少し気まずい。
相手は自分をよく知っている。
でも自分は覚えていない。
◆
ミナもそれを分かっているのか、無理に距離を縮めようとはしなかった。
「身体は?」
「だいぶ動く」
「なら良かった」
◆
少し沈黙。
そしてレイは言った。
「……決めた」
◆
ミナが顔を上げる。
「何を?」
◆
「思い出せなくても進む」
静かな声だった。
◆
「記憶が戻るまで待つのも違う気がする」
「今の俺は今の俺だし」
「覚えてないなら、これから作ればいい」
◆
ミナは数秒黙った。
そして。
ふっと笑う。
「それ」
「たぶん前のレイも言いそう」
◆
「そう?」
「うん」
◆
その時。
病室の扉が勢いよく開いた。
「レイーーーー!!」
◆
マリーナだった。
後ろにはセラとアイリス。
さらに少し遅れてユーノ。
◆
「退院許可出たよ!」
「え」
「今日から自由!」
◆
レイが目を丸くする。
「早くない?」
「四週間寝てたからね」
ユーノが冷静に言う。
「むしろ長い」
◆
セラが微笑む。
「ただし無理は禁止」
「その言葉、前にも言われた気がする」
「たぶん百回くらい」
ミナが即答した。
◆
全員が少し笑う。
◆
その後。
レイは正式に医療区画を出た。
◆
王立中央魔導院。
対観測者部隊本部。
そこには既に新たな任務資料が積まれていた。
◆
カレンが腕を組む。
「復帰初日で悪いけど仕事よ」
「ブラックすぎない?」
レイが苦笑する。
◆
「王都地下の件は終わってない」
アイリスが真面目な顔で言う。
「門も閉じてない」
「それに」
ユーノが資料を机へ置く。
◆
王国地図。
そこには新しい赤い印があった。
王都ではない。
北方でもない。
◆
「東方辺境都市」
◆
「三日前から異常観測反応が発生」
「規模は王都地下ほどじゃない」
「でも」
ユーノの表情が曇る。
「反応パターンが似てる」
◆
部屋の空気が変わる。
◆
レイは資料を見る。
知らない地名。
知らない土地。
でも。
胸の奥が少しざわつく。
◆
「行くの?」
マリーナが聞く。
◆
レイは地図を見つめる。
そして。
静かに頷いた。
「行こう」
◆
記憶はない。
過去も曖昧。
それでも。
立ち止まる理由にはならない。
◆
こうして――
レイたちは新たな異変の地、
東方辺境都市ルミナスへ向かうことになる。
しかしその地には、
王都地下で姿を消した黒衣の人物と、
さらに大きな秘密が待ち受けていた。
そしてレイ自身もまだ知らない。
失った記憶の中に、
世界の命運を左右する真実が隠されていることを――。




