第210章:知らない天井
雨音。
静かな夜。
医療室の薄暗い明かり。
◆
ピク。
もう一度。
レイの指先が動く。
そして――
ゆっくり。
瞼が開いた。
◆
「……っ」
ぼやける視界。
白い天井。
薬品の匂い。
知らない場所。
(……病院?)
違和感。
頭が重い。
身体が妙にだるい。
◆
ゆっくり上半身を起こそうとして。
「っつ……」
腹の奥が痛む。
思わず顔をしかめる。
(なんでこんな痛いんだ……)
◆
その音で。
近くの椅子が揺れた。
「……ん」
ミナが顔を上げる。
眠そうな目。
そして――
固まる。
◆
「……レイ?」
数秒。
沈黙。
◆
「え」
「え?」
ミナが立ち上がる。
「起きた!?」
「ちょ、待っ、ほんとに!?」
◆
レイは眉をひそめる。
(……誰だ?)
獣耳。
知らない服。
知らない顔。
◆
「……あの」
警戒気味に言う。
「誰ですか?」
◆
空気が止まった。
◆
「……は?」
ミナの表情が固まる。
「何言ってんの」
「いや……」
レイは少し困った顔。
「本当に分からない」
◆
ドクン。
ミナの心臓が嫌な音を立てる。
「……冗談?」
「いや」
本気の顔。
◆
「えっと……ここどこ?」
「なんで耳……?」
「コスプレ?」
◆
ミナの顔色が変わる。
「……レイ?」
少し震えた声。
「覚えてないの?」
「何を?」
◆
レイは戸惑う。
頭の中を探る。
覚えている。
自分の名前。
学校。
日常。
事故。
――そして。
(……死んだ?)
そこまではある。
だが。
その後が。
全部ない。
◆
「……転生?」
小さく呟く。
目の前を見る。
知らない世界。
知らない人。
◆
「嘘だろ……」
顔が青くなる。
◆
ミナが後ずさる。
「ちょっと待って」
「待って」
◆
慌てて部屋を飛び出す。
「セラ!!」
「アイリス!!」
「起きた!!」
「でもなんか変!!」
◆
数分後。
部屋に全員集合。
セラ。
マリーナ。
アイリス。
ユーノまでいる。
◆
レイは完全に困惑していた。
「えっと……」
「皆さん誰ですか」
◆
沈黙。
◆
マリーナが半泣き。
「えぇぇぇぇ!?」
「記憶喪失!?」
◆
ユーノが真顔で分析。
「違う」
「正確には――」
レイを見る。
「転生後の記憶だけ消えてる」
◆
レイが顔をしかめる。
「転生後……?」
「待って」
「本当に異世界なの?」
◆
ミナが静かにベッド横へ来る。
少し怒ったような顔。
でも目は赤い。
「……ほんとに忘れたの?」
◆
レイは困った顔で頷く。
「ごめん」
「本当に初対面にしか見えない」
◆
沈黙。
ミナが俯く。
小さく息を吐く。
そして。
「……そっか」
少しだけ笑う。
無理やり。
「なら」
椅子を引いて座る。
「最初から教える」
◆
「君の名前はレイ」
「そして――」
少し間を置く。
小さく笑う。
「すっごい無茶するやつ」
◆
レイは困惑したまま。
でも。
なぜか。
この人たちを見ていると。
胸の奥が少しだけ温かかった。
理由は分からない。
なのに。
どこか――
忘れてはいけない何かを失った気がした。




