第209章:長い眠り
地下最深部。
“門”が開き始める。
漏れ出す異質な気配。
空気が重い。
呼吸すら苦しい。
◆
レイは、まだ剣を握っていた。
だが。
手が震える。
視界が滲む。
右腕の光のヒビは、肩近くまで広がっていた。
◆
「……レイ」
ミナの声が近い。
でも遠い。
◆
身体が、重い。
立っているだけで精一杯。
なのに。
まだ前へ出ようとしてしまう。
(止めないと)
(ここで……)
◆
黒衣の人物が、初めて険しい顔をした。
「もう動くな」
低い声。
「これ以上は本当に戻れなくなる」
◆
「……うるさい」
レイは苦笑する。
息が乱れている。
「止まれない性格なんだよ」
◆
剣を、もう一度握り直す。
蒼と黒の光が揺れる。
でも――
限界だった。
◆
ドクン。
身体の奥で、何かが軋む。
世界が傾く。
剣の光が、不安定に明滅する。
◆
「レイ!!」
ミナが走る。
◆
その瞬間。
レイの膝が崩れた。
剣が、音もなく消える。
◆
前へ倒れそうになった身体を。
ミナが受け止める。
「おい、レイ!」
肩を揺らす。
「返事して!」
◆
反応がない。
呼吸はある。
でも。
深すぎる。
眠るように。
いや――
意識が落ちている。
◆
アイリスの顔色が変わる。
「まずい……」
「境界側へ引っ張られてる」
◆
ユーノが焦った声を出す。
「今すぐ離脱!」
「門の反応も悪化してる!」
◆
黒衣の人物が“門”を見る。
小さく舌打ち。
「……仕方ない」
手を振る。
空間が一瞬だけ歪む。
◆
「今は退け」
静かな声。
「次に会う時までに、そいつを戻しておけ」
◆
「待ちなさい!」
カレンが叫ぶ。
だが。
黒衣の人物は霧と共に消えた。
◆
残されたのは。
不気味に脈打つ“門”。
そして。
意識を失ったレイ。
◆
――数時間後。
王都中央医療区画。
◆
「……起きない」
ミナが静かに言う。
ベッドの横。
腕を組みながら座っている。
◆
セラが状態確認を終える。
「身体の傷は回復してる」
「でも意識だけ戻らない」
◆
アイリスが窓の外を見る。
「深いところに沈んでる」
「たぶん、自分で戻れなくなってる」
◆
時間が過ぎる。
一日。
三日。
一週間。
◆
王都では混乱が続いた。
地下異変。
新組織の再編。
“門”封鎖作戦。
◆
でも。
レイだけは。
眠ったまま。
◆
二週間後。
ミナは、ほぼ毎日ここにいた。
「……遅い」
小さく呟く。
ベッド横。
少し不機嫌そうな顔。
でも、どこか不安そう。
◆
「起きたら文句言うから」
「勝手に寝すぎ」
◆
三週間後。
王都では噂まで流れ始める。
“干渉者は戻れない”
“もう目覚めない”
◆
だが。
アイリスだけは言った。
「……まだ繋がってる」
「完全には消えてない」
◆
四週間目の夜。
部屋は静かだった。
窓の外には雨。
ミナは椅子に座ったまま、うとうとしている。
◆
その時。
――ピク。
レイの指先が、わずかに動いた。




