第200章:帰還、そして静かな不安
北方の空は、帰路に入ってからもずっと灰色だった。
雪が降りそうで降らない。
重たい雲。
冷たい風。
その中を、遠征隊は静かに進んでいた。
◆
「……ほんとに歩けるの?」
マリーナが心配そうにレイを見る。
「無理ならまた背負うけど」
ミナが横から言う。
レイは苦笑した。
「それ、地味に恥ずかしいからやめろ」
「生きてるだけマシでしょ」
「それはそう」
短いやり取り。
だが、その空気だけで少し安心できた。
◆
とはいえ。
レイの顔色はまだ悪い。
身体の奥が、妙に冷えている。
魔力切れとは違う。
もっと深い部分。
“存在”そのものが軋んでいる感覚。
◆
セラが横を歩きながら、小声で言う。
「……無理しないで」
「してない」
「嘘」
即答だった。
レイは少し黙る。
「……そんな分かりやすい?」
「かなり」
◆
リュシエルも後ろから口を開く。
「あなたの状態は極めて不安定です」
「干渉能力の使用は控えてください」
「了解」
返事は軽い。
だが全員、分かっていた。
もう以前と同じではない。
◆
二日後。
北方拠点都市。
雪と石造りの街。
防壁に囲まれた北方の中継拠点。
遠征隊が門をくぐった瞬間――
「戻ったぞ!」
兵士たちがざわつく。
「北の森から生還したのか!?」
「しかも中心部まで行ったって……」
視線が集まる。
特にレイへ。
◆
拠点内部。
緊急医療室。
「じっとして」
セラがレイをベッドへ押し戻す。
「いや元気なんだけど」
「倒れた人は全員そう言う」
「ぐうの音も出ない」
◆
ミナが近くの椅子へ座る。
「結局さ」
「レイのアレ、何なの?」
部屋の空気が少し止まる。
セラとリュシエルが視線を合わせる。
レイ自身も少し黙った。
「……分からん」
結局、それしかない。
「でも」
レイは天井を見る。
「向こう側に近づいてる感覚はある」
◆
「それ危なくない!?」
マリーナが即反応。
「めちゃくちゃ危ない」
レイも普通に認める。
ミナが呆れる。
「自覚あるんだ」
「ある」
◆
リュシエルが資料を机へ置く。
「北方の白化現象は停止しました」
「ですが」
次の紙を出す。
「別地点で新たな歪みを確認」
「うわぁ……」
マリーナが頭を抱える。
「休ませる気ないじゃん」
◆
地図が広げられる。
赤い印。
王国西部。
海沿いの都市。
「今度は海?」
ミナが眉を上げる。
「反応パターンが違います」
セラが真剣な顔で言う。
「北方は“侵食型”」
「でもこれは――」
リュシエルが続ける。
「“転移型”です」
◆
レイの目が細くなる。
「……向こうから来るんじゃなく」
「こっちがズレるタイプか」
「その可能性があります」
空気が重くなる。
◆
そのとき。
コンコン、と扉が叩かれる。
「失礼する」
入ってきたのは、北方拠点の司令官だった。
壮年の男性。
険しい顔。
「学院の諸君」
視線が、レイへ向く。
「特に君だ」
「……俺?」
「中央から要請が来ている」
「要請?」
司令官は静かに言った。
「王都へ来てもらう」
◆
沈黙。
ミナが口を開く。
「え、急に?」
「状況が変わった」
司令官は低い声で続ける。
「“観測者”について、王国も動き始めた」
◆
レイはゆっくり目を閉じる。
学院だけじゃない。
北方だけでもない。
世界が、もう動き始めている。
◆
窓の外。
灰色の空。
その向こう。
誰かが、こちらを見ている気がした。




