第199章:境界の底
暗闇。
だが前とは違う。
ただの“何もない空間”ではない。
底がある。
深さがある。
そして――
沈んでいる感覚。
◆
レイは、ゆっくりと目を開けた。
「……ここは」
声が響く。
空間が応答するように、わずかに揺れる。
足元を見る。
黒い水面のようなもの。
その上に立っている。
だが沈まない。
「またこの感じか」
呟く。
だが、前より深い。
明らかに。
◆
遠くに、光が見える。
白い点。
そして――
黒い点もある。
複数。
「……増えてるな」
あれが“観測者”。
理解できてしまう。
◆
一歩、歩く。
波紋が広がる。
その中に、映像が浮かぶ。
ミナ。
自分を背負っている。
「……ちゃんと運んでくれてるか」
小さく笑う。
だがその映像が歪む。
ノイズが走る。
◆
『……観測……安定……』
声。
前に聞いたもの。
振り向く。
最初に会った“影”がいる。
少しだけ、輪郭がはっきりしている。
「また来たのか」
『……ここは近い……』
短い返答。
◆
「近い、ね」
レイは周囲を見る。
確かに。
ここはもう“向こう側に寄りすぎている”。
「で?」
「また勧誘?」
少し皮肉っぽく言う。
影は揺れる。
『……違う』
『……警告……』
レイの目が細くなる。
「珍しいな」
◆
『……干渉過多……』
『……崩壊進行……』
レイは自分の手を見る。
輪郭が、微妙に揺れている。
現実で言われた“ズレ”。
それと一致する。
「……やっぱりな」
『……このままでは……消える』
静かな宣告。
◆
レイは少しだけ考える。
そして――
肩をすくめる。
「それでもいいって言ったら?」
影が止まる。
わずかに揺れる。
『……理解不能……』
「だろうな」
小さく笑う。
◆
「でもさ」
レイは顔を上げる。
「まだ終わってないんだよ」
ミナたちの姿が、波紋に映る。
セラ。
マリーナ。
リオン。
リュシエル。
「まだやることある」
◆
そのとき。
空間が大きく揺れる。
ドクン。
黒い波が広がる。
別の気配。
もっと濃い。
もっと重い。
「……来たな」
◆
空間が裂ける。
そこから現れるのは――
より巨大な“観測者”。
形は曖昧。
だが圧が違う。
明確な“格上”。
◆
『……発見……干渉核……』
レイを見ている。
完全に。
標的として。
「はぁ……」
レイがため息をつく。
「やっぱそうなるか」
◆
最初の影が言う。
『……退避……推奨……』
「できるならしてる」
だが身体は動く。
いや――
ここでは動ける。
◆
巨大な観測者が手を伸ばす。
空間そのものが歪む。
レイの身体が引き裂かれそうになる。
「っ……!」
痛み。
現実以上の感覚。
◆
(……まだだ)
レイは歯を食いしばる。
手を上げる。
◆
「ここは――」
声が響く。
「まだ、俺の側だ」
◆
空間が揺れる。
わずかに。
ほんの少しだけ。
だが――
抵抗できる。
◆
巨大な観測者が止まる。
一瞬。
レイを“認識し直す”。
『……異常……』
◆
レイは笑う。
苦しそうに。
それでも。
「知ってるか?」
小さく言う。
「しぶといんだよ、俺」
◆
だがその瞬間。
身体の輪郭が崩れる。
「っ……」
限界が近い。
◆
最初の影が言う。
『……選択……最後……』
レイを見る。
『……残るか……戻るか……』
◆
沈黙。
ほんの一瞬。
レイは――
目を閉じる。
◆
ミナの声。
「戻ってきなよ」
あの言葉。
◆
「……決まってる」
目を開く。
「戻る」
◆
その瞬間。
空間が弾ける。
光。
音。
全てが崩れる。
◆
現実。
◆
ミナの背中。
夕焼け。
その中で。
レイの指が、はっきりと動く。
「……っ」
ミナが気づく。
「レイ!?」
◆
ゆっくりと。
レイの目が、開く。
まだぼやけている。
だが――
確実に戻ってきた。
◆
その瞳の奥。
一瞬だけ。
“深い何か”が揺れた。




