第198章:境界を越える者
砕けた白の核。
その奥から滲み出る、黒。
ゆっくりと広がるそれは、形を持たない。
だが――
確実に“存在”している。
空気が重くなる。
いや違う。
空間そのものが沈んでいる。
「……これ、さっきのと違う」
ミナが低く言う。
笑っていない。
本能が警告している。
セラも震える声で言う。
「観測波……比較にならない……」
リュシエルが一歩下がる。
「これは……本体側の干渉です」
◆
黒が揺れる。
そして。
“視線”が向く。
全員の身体が、一瞬で重くなる。
「っ……!」
マリーナが膝をつく。
リオンですら動きが鈍る。
ミナが歯を食いしばる。
「これ……無理でしょ……」
◆
レイだけが、立っていた。
だが――
足が震えている。
(……重い)
存在が押される。
意識が沈む。
あの空間。
あの声。
あの選択。
頭をよぎる。
『……我々に近づくか』
あの言葉。
レイは目を閉じる。
そして。
小さく呟く。
「……やっぱ嫌いだな」
◆
目を開く。
その瞬間。
何かが“噛み合った”。
ドクン。
心臓の音。
世界が静まる。
色が消える。
境界が見える。
線が見える。
繋がりが見える。
すべてが、“構造”として理解できる。
◆
「……そういうことか」
レイの声が変わる。
静かで。
深い。
ミナが気づく。
「レイ……?」
振り向いたその目。
淡く光っている。
だが優しさは残っている。
ギリギリで、保っている。
◆
黒い存在が動く。
ゆっくりと、だが圧倒的に。
その一歩で、地面が歪む。
だが。
レイは動かない。
ただ、手を上げる。
◆
「……止まれ」
それだけ。
命令でも、魔法でもない。
定義。
ピタッ。
黒の動きが止まる。
◆
「え……」
マリーナが声を失う。
セラも震える。
「完全固定……?」
「そんなこと……」
◆
レイはゆっくり歩き出す。
一歩。
一歩。
黒へ向かって。
◆
黒が揺れる。
抵抗。
干渉。
だが。
レイの周囲では、それが意味を持たない。
◆
「お前」
目の前まで来る。
「向こう側の一部だろ」
黒が、わずかに形を変える。
反応。
◆
「でもさ」
レイは小さく笑う。
「ここはこっちの世界なんだよ」
手を伸ばす。
黒に触れる。
本来ならあり得ない行為。
だが――
触れられる。
◆
その瞬間。
レイの中に、膨大な情報が流れ込む。
観測。
構造。
別の世界。
理解できない何か。
「っ……!」
頭が割れそうになる。
だが。
止まらない。
◆
「……全部はいらない」
レイが低く言う。
手を握る。
「ここに必要な分だけでいい」
◆
パキッ。
音がした。
黒が、歪む。
さらに強く。
バキッ。
ヒビが入る。
◆
ミナが叫ぶ。
「レイ、やばいってそれ!」
だが止まらない。
◆
レイの身体に、亀裂が入る。
光のヒビ。
「……っ」
痛み。
限界。
それでも。
◆
「終わりだ」
手を、握り切る。
◆
バンッ!!!
黒が、砕けた。
◆
静寂。
白の森が、ゆっくりと色を取り戻していく。
空気が軽くなる。
圧が消える。
◆
「……勝った」
ミナが呟く。
だが次の瞬間。
レイの身体が崩れる。
「っ……!」
ドサッ。
「レイ!!」
◆
ミナが駆け寄る。
呼吸はある。
だが――
身体の一部が、わずかに“歪んでいる”。
セラが青ざめる。
「これ……」
「存在が……ズレてる……?」
リュシエルが低く言う。
「代償です」
◆
空。
ほんの一瞬だけ。
複数の“光点”が揺れた。
そして消える。
◆
森は、静けさを取り戻す。
だが。
確実に残ったものがある。
レイの力。
そして――
その代償。




