7 根付(5/5)
「ともかく、憑きものは憑く者に富を与え、あるいは周囲からそれを奪うという性質を持っている。まあ、他にも嫌う相手を呪うなど、別の面があったりもするが、それについては置いておこう。で、そのトウビョウは――富をもたらすものだったのだろうか」
彼女はあらためて、そう問いかけた。
ただのやっかみと言うわりには、梓は当然のように蛇の憑きものを受け入れているようだ。奇妙に思わなくもないが――そういえば、梓のスタンスは基本的にそれはそれ、だった。だから、これもそういうことだろう。
老婆の答えはこうだった。
「何と申しますか、あれについてはもっと古く、特殊なものでしたので……どちらかというと、富に限らず、あらゆるものを貪欲に呼び寄せるのが本性なのです。そうして徐々に増えていき、やがて養えなくなればその者を食らう、といった性質は――他の憑きものとも似ているでしょうか」
梓は納得したように頷くと、こう続けた。
「なるほどな。山内かごめ――だったか、もしかしたら彼女は物を拾っていたのではなく、憑きものを拾っていたのではないだろうか?」
唐突に出てきたかごめさんの名に、私は、はっとして目を見開いた。
彼女の住まいだった、物にあふれた一軒家。どこからともなく物を拾ってくる、その悪癖。日記帳にはそれらの名が几帳面に記され、表から見た限りは、その物を粗末に扱っているような様子はなかった。
彼女はなぜ物を集めていたのか。その理由が、憑きものを拾うため、とは――どういうことだろう。
梓は私のことをちらりと横目で見ながらも、考え込むように俯き、こう続けた。
「憑きものを落とすために、わざとそれが憑いた物を拾わせる、ということはよくある。あるいは、憑きもの筋の家から古道具などを買うかして手に入れた際も、憑いてくることがあると言う。それとは逆にうっかり落としてしまった物を拾われて、憑きものを失うこともあるが――」
梓はそこで、老婆に意味深な目を向ける。
「とにかく、憑きものは物を介して主を変えるか、あるいは広がるかする。そして、憑きものは大抵、養い切れない早さで増えるものだ。しかし、御せないはずのトウビョウを御し、呼び寄せられた富だけを得ていた――とすれば、それは誰かが、養えなくなった分のトウビョウを引き受けていたからではないだろうか」
梓の話を聞いた老婆は、困惑しながらもこう言った。
「そう、ですね。身内ですので、ある程度は扱いにも慣れていたとは思いますが、それでもこちらで封じることを決めたはずのものですから、そう簡単に御せるは思えません。そのトウビョウを養うために、何らかの――犠牲を強いていた可能性はあります」
犠牲。その言葉が、私の心に重くのし掛かる。彼女の日記を読み、彼女の日常を知った気になっていた。しかし、その裏には――
私は呆然としながらも、こう尋ねた。
「でも、かごめさんが引き受けていたとして、どうしてそんなことを?」
梓は首を横に振る。
「わからない。そういう役割として、何らかの契約があったのかもしれない。助言者がいたのだろう? ひとまず切り離して、それを対処する。そういう流れを作ることで、直に災厄を被ることを防いでいた、とも考えられるな」
だから、彼女は怪異に悩まされながらも、それを拾い、対処していたのか。そして。
――壁と壁の隙間だかで亡くなっていたそうです。
ふと、ここに来る前、奇妙な男と話したことを思い出す。災厄を被ることを防いでいたのなら、かごめさんはなぜ、そんな死に方をしなくてはならなかったのだろう。
いや――封じるはずのトウビョウを持ち出した人物は、もう亡くなっていると言う。だとすれば、仮に何らかの約束があったとしても、その後にどうなったのかまでは、わからない。もしかしたら反故になって、かごめさんは協力者を失ったのかもしれなかった。
そして、彼女は亡くなった。たったひとりで――
私が愕然としていると、不意に梓がこう呟いた。
「しかし、この場合、憑いているのは家だろうか、血だろうか? 富がもたらされたのは会社か、個人か?」
私は即座に問い返す。
「どういうこと?」
梓は私を見返すと、こう続けた。
「憑きものが憑くのは家系、というのは現代でもそうなのかと思ってね。家の在り方も、昔と今では違っている。トウビョウを持ち出した者自身も、名士と呼ばれるからには裕福になったのだろうが、成功した会社は他人が引き継いだというし、それをどう考えたものかと」
私は助けを求めるように隼瀬家の人たちの方を見たが、どうやら、それは彼らにもわからないらしい。
老婆は戸惑いながらも、こう答えた。
「確かに、世の中の変化は目まぐるしいものでしたから……その変化に憑きものがどう対応したのか、となると、私たちも把握できておりません」
梓は老婆に向かって頷くと、あらためて私の方に視線を戻した。
「少なくとも骨董屋敷に残された物には、家主を失った今も、まだトウビョウが憑いているのだろう。鹿子――君の家に現れたのはそれだ。憑きものは、普通は目に見えないものだからな。どの品かは知らないが、持ち出された物に憑いていたに違いない。それが君の家に憑いて、そして鷹の根付がそれを見つけた」
壁の中を這うもの――その正体が、蛇の憑きもの。秘密箱から放たれた後、鷹の根付があかとき堂から私の家へ飛んだのは、そこにトウビョウがいることを知っていたから、ということか。
私がそのときのことを思い返しているうちにも、梓はこう続ける。
「大元の人物に憑いていたトウビョウが、どうなったかについても気にはなるが……まずはその骨董屋敷だな。身寄りのない者の遺品は、そのうち――」
梓の言葉に私は、はっとする。
「国庫に入る?」
そして、その遺品にトウビョウが憑いているとすれば――それは、国にも憑くのだろうか。
突拍子もない話で、どうにも現実的には思われないが、もしも本当に、それが憑いたとしたなら。それは国に富をもたらすかもしれないが、やがては養え切れなくなって――
老婆はその指摘に対して、困惑したように話し始める。
「そう簡単に、国が穢れた財産を受け入れるとは思いませんが……どちらにせよ、そのトウビョウはそこに棲み続けるか、あるいはどこかへ逃げて、新たな居場所を見つけるかもしれません。ですから、そうなる前に、始末をつけねばならないと思っております」
私は思わず、こう問いかけた。
「それはつまり、かごめさんの家に行くということですか?」
老婆が頷くのを見て、私はさらにこう尋ねた。
「私もついて行って、いいでしょうか」
その言葉に、梓はほんの少し顔をしかめた。しかし、何かを意見することはない。
老婆は私の目をじっと見ると、しばらくしてから口を開いた。
「わかりました。では、うちからはまず伊吹に行ってもらいましょう。分かたれたトウビョウが、どれほどの力を持っているのかわかりません。しかし、相手の力を見極めるくらいでしたら、この子にもできるでしょうから」
そして、老婆は私の目の前に、鷹の根付を差し出した。
「こちらの鷹の根付は、一宮さんに。トウビョウを滅するための根付です。少なくとも、あなたの守りにはなってくれるでしょう」
私はそれを受け取ることをためらった。これは彼女の父親の作った物で――しかし、それを託してくれるからには、彼女もそのトウビョウに対して並々ならぬ思いがあるのだろう。その思いを汲んで、私はそれに手を伸ばす。
「必ず、お返しすると約束します」
そう言って、私は鷹の根付を受け取った。




