7 根付(4/5)
老婆はそれに応えるように、どこからともなく鷹の根付を取り出すと、そっと座卓の上に置いた。
根付を前にして、梓はあらためてこう続ける。
「これの出所について、そちらには心当たりがあると聞いている。元はこの家で保護されていた物、ということでいいだろうか」
梓はそう念を押したが、老婆はそれに対して、ゆるゆると首を横に振った。
「いいえ。そうではありません。これは、とある者の後始末のために、うちで作った物なのです」
「この家で、作られた?」
梓は意外そうな顔をしている。
老婆は根付を再び手に取ると、その皺だらけの指で鷹の意匠を優しく撫でた。そして、感慨深げにこう呟く。
「はい。とても、懐かしい物です……」
「懐かしい」
私が思わずそう言うと、老婆は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「私の父は、こういったものを作るのが得意でした。これは、父が作った物なのです」
「そうでしたか。良い品です」
と、すかさず声をかけたのは梓だ。
「ありがとうございます」
老婆はそう言って、深々と頭を下げる。しかし、老婆が次に顔を上げたとき、その表情は曇っていた。
「ただ、これが封じられていたということは」
それだけ口にして、老婆は黙り込んでしまう。伊吹の母親が、気遣うように老婆の肩へそっと手を当てた。
深いため息をついてから、老婆は再び口を開く。
「昔、うちが捕らえた生きものに、いっとう変わったトウビョウがおりました」
――とうびょう?
「蛇の憑きものだ」
私の疑問を察して、梓がそう言った。しかし、蛇はともかくとして、憑きものとは――
わからないことはひとまず置いておいて、私は老婆の話に集中する。
「どうにも我らでは御せぬとして、封じるはずだったのですが――それに、魅入られた者がおりまして」
魅入られた。その言葉に、私は思わず顔をしかめてしまう。
そのトウビョウとやらがどんな蛇なのかは知らないが、伊吹の犬があれなのだから、当然、普通の生きものではないだろう。それに魅入られる、というの、私にはよくわからない感覚だ。しかし、ここにいる人たちは動物好きのようだし、そういうこともあるのかもしれないが。
老婆はこう続ける。
「その者は、トウビョウを伴って、行方が知れなくなってしまったのです。あの時期は国全体が混乱しておりましたから、追うこともできず」
「混乱――戦中か?」
そう尋ねたのは梓だ。戦中。おそらく太平洋戦争のことだろう。
老婆はゆっくりと頷いた。
「この鷹は、そのトウビョウを始末するために放ったのですが、まさかこのような形で封じられていたとは。本来であれば、あれは我々が処理しなければならないものでした。一度でもこの家に招き入れたものが他に害を為すとわかれば、草の根分けてでも探し出し、自ら手を下すのが我らの掟。しかし」
そこで老婆は再び、深いため息をつく。
「あの頃は時代が変わるときでもございましたし、結局、この鷹を放つのみで放逐することになりました。それどころではなかった、ということもありますが」
老婆はそう言い終えると、苦々しげな表情で口を閉じた。
何を思っているのだろうか。鷹の根付を持ったまま、彼女はそれをじっと見つめている。
梓は考え込むようにふむと唸ると、こう尋ねた。
「それで、その――トウビョウを持って消えた者の名は? その後どうなったか、ということは、さすがにこちらではわからないか」
その問いには、伊吹の父親が答えた。
「いえ。こちらでお調べ致しました。どうも、戦後に会社を興し成功していたようで。その地域では、名士として名を知られていました」
そう言って、彼はその会社の名を口にする。
しかし、私はその名を耳にしたことはなかった。成功した会社といっても、ローカルなものらしい。ただ、いろいろと手広くやっているらしく、その地方で中心となっている企業ではあるようだ。
伊吹の父親はこう続ける。
「ただ、その者自身は、今はもう亡くなっていましたが。会社も血縁ではない者が継いだようで」
では、そのトウビョウとやらは――どうなったのだろう。鷹の根付はそれを退治するために放たれた。しかし、それは何者かによって封じられていたらしい。だとすれば――
「その憑きものは、富を増やす性質のそれか?」
梓は唐突にそう尋ねた。
「富を増やす?」
私が思わず口を挟んだので、梓は憮然とした顔でこちらに目を向けた。軽く肩を竦めてから、彼女は私にこう問いかける。
「そうだな……鹿子は憑きものは知っているか」
私は咄嗟に曖昧な反応をした。おそらく、彼女が理解しているほどには、それについて私は何も知らないだろう。
とはいえ、それでは話が進まないので、私はひとまずこう返した。
「狐憑き、とか? 昔はそんな風に言われていた、とは知ってるけど。精神系の病について理解がなくて、そう考えられていたとか」
梓は困ったような表情を浮かべた。
「そうなるか……それとは少し違うんだが――まあ、憑きもの、と言ってしまうと範囲が広いな。私が言ったのは、いわゆる憑きもの筋が使役する霊のことだ。これに憑かれている家系は栄えるが、婚姻を結ぶなどすると憑かれるとして、忌み嫌われていた」
何となく聞いたことがあるような話だった。ただ、これだけでは何とも判断しがたい。大人しく話の続きを聞くことにする。
私がひとまず相槌を打つと、梓はこう続けた。
「それで、その憑きものを使役しているとされる家には、ひとつの特徴が見られると指摘されている。それが、いわゆる成り上がり――急に富を得て裕福になったような家が多い、ということだ。突然羽振りがよくなったのは、何かよからぬことを――あやしげなまじないなどに手をつけたに違いない、といったところだろうな」
「待って。それって、どうなの? 本当に憑きものが原因?」
私はそう突っかかったが、梓は平然としている。
「どうなのと言われてもな。憑きもの筋の民俗信仰については、多くは江戸時代――つまり身分がある程度安定した時代に起こったと言われている。そういう状況で突出した者がいれば、周囲には奇異に思えたのだろう。財を成した者に悪どい者がいなかったとは言い切れないが、その者の努力だったり、あるいはただ単に――それこそツイていたりと、さまざまだろうな。しかし、部外者にそんなことはわからない。そう理解するのがわかりやすかった、ということだろう。だからまあ、ほとんどがただのやっかみだ――と、少し話が逸れてしまった」
梓はそこで姿勢を正すと、老婆の方へ視線を向けた。




