5 秘密箱(2/5)
「柚子さんは、その――もしかして、梓とは親戚、とか?」
店を自由に利用しているようだから身内なのかと思ったのだが、柚子は首を横に振る。
「ううん。そうだな……何だろう。幼なじみ、でもないよねえ。私があず姉と初めて会ったとき、私は小学生だったけど、あず姉は高校生だったし。まあ、昔なじみということで」
「君が店に迷い込んで来たんだろう。探検をしている、とか言って。そうして、いつの間にか居着いたんだ」
「そうそう。ここ、学校でも有名なおばけ屋敷だったんだよね」
おばけ屋敷。その言葉に、私は思わず店内を見回した。
そういえば、椿皿を返しに行ったとき、梓は情報屋への対価としていわくつきの品を渡している、というようなことを言っていた。だとすればやはり、この店ではそういう物も扱っているのだろう。近所でおばけ屋敷と噂される程度には、何かしら不思議なことが起こるのかもしれない。
柚子は続けてこう話した。
「その頃は、おばあちゃんがお店やってて――あ。おばあちゃんって、あず姉のおばあちゃんね」
「ここはもともと祖母の店だ。私はそれを引き継いだに過ぎない」
私はその言葉を意外に思った。
あまりにもなじみ過ぎているせいで、私は彼女が何十年もこの店の主であるかのように錯覚していたようだ。しかし、さすがにそんなことはないだろう。時間の重みを感じるようなこの店の空気も、誰かから受け継いだものだとすれば合点がいく。
何にせよ、この店にはそれだけの歴史があるらしい。父のことがあったばかりだったので、私は思わずこう言った。
「初めて会ったときには、回顧にも感傷にも逸話にも興味はない……とか何とか言ってたけど。おばあさんの遺産としてこの店を受け継いだなら、ここにある物には、それなりに思い入れがあるんじゃない?」
「勝手に殺すな。祖母はまだ健在だ。今頃、家でビデオゲームに夢中になっている」
梓の言葉に、私はばつの悪い思いで顔をしかめた。それはそれとして気になる単語を耳にしたので、私は思わず聞き返す。
「それは失礼。それで、どうして……ビデオゲーム?」
「彼女はすべての文化を愛している。アンティークの分野からは勇退し、今は新しい文化に夢中だ。それだけだ。そんなことより――」
そう言いながら、梓はあらためて私の方へと向き直った。
「今日は、どんな用件だ?」
私は鞄から例の箱を取り出すと、そのまま梓に差し出した。
白っぽい木で作られた立方体の箱だ。両手に収まるほどの大きさで、いくつかのパーツが組み合わされているようだが、装飾的なものではない。一部分だけ動かせることはわかったが、それ以上は調べていないので、やはりどうやって開けるのかはわからなかった。
無言でそれを受け取った梓に、私は指差しながら説明する。
「ここの部分を――スライドさせて、そのときここにぽっかりと空間があったような気がしたんだけど。そこに目があって。もう一度見たときにはなくなってた」
暗い隙間から見えたのは、黄色い虹彩と黒々とした瞳孔の丸い目。あらためて考えると、あれは――
「人の目じゃなかった気がする」
梓はふむと呟くと、私がそうしたのと同じように箱の一部を動かした。しかし、そこにはやはり目などない。
梓はそのことを確かめると、動かした部分はそのままに別の面を見下ろした。他に動く部分がないかを探しているのだろう。くるくると箱を回しながらも、彼女はいつものように、その物について話し始める。
「細工箱だな。ようするに、仕掛けが隠されていて、一定の操作をしないと開けられない箱だ。日本では、明治の頃に考案された箱根の秘密箱が有名だろう。まあ、この箱はそれとは違うようだが……箱根の物は指物職人が考案したもので、土産としても売られているから、寄せ木細工の模様も凝っている」
梓が箱の一部に力を加えると、それまで動かなかった部分がわずかに動いた。そうして、少しずつ仕掛けを解いていくようだ。
「箱根の秘密箱より以前にも、この手の箱はあったようだが――この仕掛けは独自の物かな。工程がやけに多いな……」
しばらくは何かしら語りつつ箱の仕掛けを動かしていた梓だが、徐々に口数が少なくなり、ついには無言になってしまった。かなりの時間が経った後、梓は不意にその名を呼ぶ。
「………………柚子」
呼ばれた本人は、いつの間にか自分の作業場所へと戻っていたようだ。撮影のための準備をしていたのか、それとも、もう済んだのか。店内のどこからか持って来たらしいガラスの器を手にしたまま、彼女は梓の呼びかけに振り向いた。
「ん? 何?」
怪訝な顔をしている柚子の元まで歩み寄ると、梓は無言でその箱を差し出した。柚子は素直にそれを受け取ると、こう問いかける。
「これを開ければいいの?」
柚子は梓の返事を待つこともなく、ふうんと呟くと、さっそく箱の一部を動かし始めた。かと思えば、彼女は迷うことなく、次々と組合わさった木のパーツを動かしていく。
呆気にとられていたのも束の間。柚子が、はい、という声と共に、梓に手渡したその箱は、立方体を構成していた面の板がひとつ、完全に外れていた。その先には、残りの面に囲われた四角い空間が確かに口を開けている。
「もう開いたのか。本当に器用だな。お前は」
梓はあっさりとそう言うと、さっそく箱の中を確認した。彼女の肩越しに、私もそれを覗き込む。
中には鳥を彫刻した小さな細工物が入っていた。小さな穴が空いていて、色褪せた紐が通されている。これは――




