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「それは本当なのか?」
藪木の確認に対して剛は重々しくうなずいた。
少しは予想していたことでもあるが、藪木も事態の異常さを受け止めきれず戸惑っていた。剛は熱燗を一息に飲み干してから再び口を開いた。
「各地に連絡はとってみたけど、それらしい捜索願は出されてない、少なくとも一週間以上たってるのに誰も届けを出さないなんて、おかしいよねぇ」
剛は警官だ。もともと藪木は、サツキがただ誘拐されただけの少女ならば、裏が取れ次第彼に預ける予定だった。
記憶喪失の真相は不明だが、家族が見つかるのならば家に帰るべきだと思ったからだ。
そして今日がその日になるはずだった。本来ならば。
「つまり、どういうことだ!」
「鉄、今大事な話なんだから黙ってろ」
営業時間外に突然押し掛けられた上に完全に邪魔者扱いを受けた鉄は、普通に傷ついて営業準備に戻った。
「……身寄りのない子をさらったってことなのか?」
「可能性としてはそれが高いけど、でもあの年で完全に世間とつながりのない、誰も探さない人間って言うのも難しいと思うなぁ」
「じゃあ、あいつは、サツキは何なんだよ」
「それがわからないから困ってるんだろう?」
そののんびりとした口調にイライラが募るが、言っている通りなのは理解できるのか、藪木は悔しそうに舌打ちした。
「療!」
「なんだよ、黙ってろって――」
コト、と机の上に置かれたのは、一本の鳥串だった。不思議そうに顔をあげると、鉄がいつもどおりの豪快な笑みを浮かべていた。
「落ち着け!何が何だかわからないときはな、とりあえず腹を膨らますんだ!昨日の残りだけど、うちのは冷めてもうまいぞ!」
「……あぁ、お前の言う通りだ。なかなかクールってもんが分かってきたじゃねえか」
落着きを取り戻した藪木は、勧められるままに焼き鳥を口に含んだ。冷めた状態のものは初めて食べたが、なるほど自分で言うだけはある。
「いいねぇ、友情ってのは」
「そんなことより、まさかそんな報告のためだけに着いてきたわけじゃねえだろ」
「そうだね、むしろこっちが本命の報告だ」
今までののんびりとした表情がすっと消えた。その表情を見て、藪木と鉄の心中に言いようのないいやな予感が膨らんでゆく。
そしてそれはみごとに的中した。
「『感染者』が、街に入ってきた」
「……本当か?」
「こんなことで嘘がつけるくらい暇なら万々歳なんだけどねぇ」
藪木は鉄のほうへ顔を向けた。一気に表情が真面目なものになった鉄は、続きを聞くように藪木に促した。
「なんでわかったんだ?」
「この街の作り上、誰にも見つからないように入ってくるのは不可能だってわかるだろう?」
二人はうなずいた。西江戸は日本の町としては作りが特殊で、城壁、とまではいかないものの、街全体が壁で囲まれている。街全体を観光施設のように見せるためだそうだ。中に住んでいる身としては邪魔なだけに感じるが、外の人間たちには壁の中が気になってしまうのか、結構な収益効果を生んでいるらしい。
「昨日、その見張りをしていた警備員が二人殺されたよ。」
「おいおい!」
「人殺しか、そいつはずいぶんクールじゃねえな」
二人の中で警戒レベルが一気にマックスまで上がる。そんな誰にでも見つかる場所で人を殺して入ってくるというのは、よっぽどつかまらない自信があるのか、単におかしいだけなのか。
「犯人は分かってるのか」
「どうやらやっこさん隠す気ないみたいだ。監視カメラにばっちり映ってたよ」
そう言って剛が懐から取り出したのは、映像を引き延ばした写真だった。映っているのは分厚いコートに身を包んだ、それ以外は何の変哲もなさそうな、普通の男だった。年は藪木たちとそう変わらないだろう。
「目下捜索中だよぉ、二人にも――」
「任せろ!おやっさん!」
協力してほしい、と言い終わる前に鉄がエプロンを脱ぎ捨てて叫んだ。準備していたものを片付けつつ、気合いは十分だ。剛はその頼もしい後姿をやさしい目で見ていた。
大して隣に座る藪木は難しそうな顔をしていた。
「どうしたんだい、療君」
「……何で『感染者』だとわかったのかってな」
「ああ、そうか言ってなかったね、それは警備員の死因が特殊だったからさ」
「特殊、どんな?」
「銃殺さぁ」
藪木は首をひねった。確かに日常生活においては特殊な死因かもしれないが、まだそれは人間であれば実行できる方法だ。『感染者』よりも、極道やマフィアを疑うべきではないだろうか。
剛は藪木の顔を見て言いたいことを察した。
「君の疑問はもっともだねぇ、言い方が悪かった。死因というよりは、『状況』を見れば分かってもらえると思うよ」
「状況?……親父さん、もったいぶってないで分かってることをはっきり言ってくれ」
「そうせかしなさんなや、次のガイシャが出る前にどうにかしたいのは僕だって同じだが、急いでもすぐどうこうなるもんじゃない」
その言葉が終るとほぼ同時に、藪木のケータイに着信が入った。藪木がポケットから出したそれの画面には「速川光矢」の文字が浮かんでいた。藪木はすぐさま出る。
「おう、光矢か、ちょうどよかった。今お前に話さないといけないことが――なに?」
藪木の声音が変わった。その突然の変化にただならぬものを感じた剛と鉄は、何もしゃべらず、電話の終わりを待った。
「……あぁ、分かったすぐに向かう。あぁ、親父さんも今一緒にいるから、そうだ、それが理由だ。じゃあな」
電話を切った藪木は二人に視線を向けた。苛立ち、悲しみ、焦り、さまざまな感情を瞳の中で混ぜ合わせながら、藪木は口を開いた。
「親父さん、やっぱ急ぐべきだったみたいだぜ」




