12
光矢はつま先で地面を二度蹴った。硬質な音の二度目が開始の合図となった。
男は構えていた拳銃の先端を光也に向ける。安全装置はすでに外れている。
光矢は勉強ができるほうだが、自分の興味のないことはほとんど触れないタイプだ。そして彼は武器兵器の類には何の興味もないので見ただけで銃の種類を識別するなんてことはできない。
しかしいくらそんな彼でも分かっていることが一つある。
銃という武器は引き金を引かないと弾が出ないのだ
光矢は自らが出していいトップスピードでスタートダッシュを切った。足もとの枯れ葉は風圧と衝撃で空高く舞う。
無論瞬間移動しているわけではないので、男だって目の前の光矢を見失ったりはしない。しかし秒数を数えることが馬鹿らしくなる速度で眼前まで迫った者に対して、冷静に対処できるかどうかは別の話だ。
「っ!てめえまさか――」
我に返った男が何かを口にしようとしたがもう遅い。光矢は走った勢いを殺さないように回転するとソバットの要領で腹部に足を叩きつける、たまらず男は茂みの奥へと吹き飛んだ。
「…………はぁっ」
数秒待って、男が茂みから出てこないのを確認すると光矢は集中を解いた。とたんに急激な運動の負荷が彼を苦しめた。
「こういうのは、鉄の担当なんだけどなぁ」
何とか呼吸を落ち着けると、光矢は伏せっている女性のもとへと歩いて行って、服に血が付くのも素手で触っているのも気にせず。彼女を抱え起こした。真っ赤に染まってしまった顔をまだ汚れてない袖で拭う。幸いと言っていいのかはわからないが、その顔に傷はなく、胴体の銃創がなければ眠っているようにも見えた。
「ごめんね、助けてあげられなくて、足ばっか速くなってもこんな時に間に合わないんじゃ、だめだめだよね」
そっと彼女を地面に戻すと、光矢は懐からケータイを取り出した。とりあえず警察に連絡しないといけない。服に血が付いてることや犯人が気を失っているということは、何とでも言えるだろう。
電話はコール音もなく繋がった。相手の若い女の声に、光矢はできるだけ慌てた風に言った
「あ、もしもし警察ですか、今偶然体育地区の未開発のところ通ったら人が死んで――」
その一秒後、光矢が全力で横に転がったことに、確かな根拠は何もなかった。強いて言うなら経験だろう。本人は否定したがるかもしれないが。
結果的にその行動は正解だった。光矢の後ろにあった木に穴があいた。
「……すぐ来てくださいね」
突然の銃声に混乱する受話器の向こう側にそれだけ言うと、光矢は通話を終わらせた。その視線の先には当然のように――
「結構本気で蹴ったと思うんだけどな」
「……お前もか」
「はい?」
「お前も、五年前の関係者か」
光矢の両眼が見開かれる。四年前という単語が光矢に与える衝撃は決して小さくない。
そして、そして何より、それを口にしたということは目の前のこの男は――
「もしかして君――」
「黙れ」
ゾッとするほど静かな声だった。先ほどまでの怒りに支配されたチンピラの声ではない。それはもっと愚かな、殺意に支配された愚者の声だった。
「あー、やっぱりそうか、そうだよな、あんな速さで人間は走れねえもんな」
「君話を――」
「黙れって、言ってんだろ!」
突然の激昂、手に持ったピストルを無茶苦茶に撃ちまくる。
光矢は、それを走り回って必死にかわしながら、男に声をかけ続ける。
「待ってよ!話をさせてくれ!」
「うるっせえ!てめえらのおかげでおれの人生無茶苦茶なんだよ!」
「だから待ってって!僕もあの事件の被害者なんだ!君と同じだよ!」
「関係ねえ!被害者も加害者もどうでもいい!あの事件にかかわった奴皆殺しだ!」
「なんでそうなるのかなぁ」
会話を続けながらも光矢は焦っていた。彼は高速で移動することはできても、弾丸を見切るような動体視力が身についているわけではない。今は相手の背中に回り込み続けているがうかつに近づけない。このままじゃじり貧だ。
と、思っていると、男が立ち止まった。続いて光矢も男の正面に立つ。
「諦めてくれたかな?悪いけどピストルじゃ僕は殺せない、それより君に聞きたいことがあるん――」
「そうだな、そうだよな、お前みたいなやつ相手にこんなちんけな武器じゃいけねえよな」
光矢はどうしていいかわからなかった。できれば会話のできる状態で捕らえたい。しかしそもそも会話ができない。
突然、男は持っていたピストルを地面に投げ捨てると、コートの中に手を突っ込んで何かを探し始める。
「やっぱもっと強力なのでやらなきゃだめだよな」
「頼むから、話を聞いて――」
男が懐から出したものを見て、光矢は完全に固まった。
先ほども触れたが光矢は銃に詳しくない。まったく興味がない。ゲームもほとんどやらないため彼がそういうものを目にする機会といえば、アクション映画が好きな女の子とデートに行くときくらいで、マシンガンとアサルトライフルの違いもわからないくらいの素人なのだ。
ただ両手で持つ形状の銃器は弾をたくさん吐き出すというのはなんとなくわかる。
そして目の前の男が持っているのはそういう武器だった。
「それは、さすがにやめない?」
ひきつった笑顔での必死の交渉は、男のいやらしい笑みと絞られた引き金が答えとして返された。




