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鉄の匂い、真っ赤に染まる地面、そのすべてが濃い死臭となり光矢の脳内を満たそうとしていた。動悸が激しくなる。視界が狭くなる。目をそらしてふりかえって逃げ出したくなるが、この場においてはそれがどれほどの悪手なのかくらいは分かっていた。
出来るだけ静かに、かつ迅速に呼吸を整えると、光矢は目の前に立っている男に声をかけた。
「こんな街中で、随分物騒なことしてるね」
「……あぁ?」
対する男は不機嫌そうに、光矢の言葉に応じた。手にしている拳銃は未だ煙を吐いていた。
分厚いコートを着た男だ。体格は鉄ほどではないががっしりとしており、身体を鍛えていることが伺える。年は光矢とそう変わらないだろう
「いやね、こんな場所で銃なんて撃ったらさ、すぐに警察来ちゃうじゃない?僕も見なかったことにするからさ、ここはお互い幸せになるために君も早く逃げた方がいいと思うんだよね、だから――」
「ウゼぇ」
幸い口はこんな時でもペラペラと動いてくれる。
男は黙って光矢の言葉を聞いていたが、その言葉が終わらないうちにそれにかぶせるように喋り始めた。
「急に現れといてペラペラうるせーし、しかも内容命乞いだし、ウゼぇ、ホントウゼぇ」
「目の前に拳銃持っている男がいたらまず何よりも命乞いするでしょ」
「ていうかさ、ていうかさ、何よりもウゼぇのは、何でお前そんなに余裕なんだよ?俺銃持ってるよな?お前丸腰だよな?この場で一番は俺だよな?その俺に命乞いしたいならもっと無様にやるべきだよな」
光矢は早くも交渉決裂の予感を抱えていた。と言うより最初から交渉になっていない。相手は光矢の言葉を聞く気が全くない。勝手に自身の中でフラストレーションを溜めて自分で爆発させている。果てしなく不毛なマッチポンプだ。
「この女もだ!俺が相手してやるって言ってんのによ、お高くとまりやがって、こんな茂みまで平気で着いてきといてそんなつもりじゃなかったって何だよ、どんなつもりだったのか教えろよおい!」
すでに物言えぬ身になった彼女に向って銃弾が放たれる。
一発や二発ではない、何発も何発も。
既に命が流れ出したあとの体にさらに傷が増える。それはこの上ない命への、死への冒瀆だった。
光矢の表情から飄々とした雰囲気が消えた。
「やめなよ」
静かな、それでもその声は場によく響いた。
男は目を見開いて光矢のほうへ目をやった。
「あぁ?」
「やめなって言ったんだ。それとも君みたいな蛮人には言葉は通じないかな?」
「てめぇ、何言ってんだよ」
「あ、そっかごめんね、蛮人なんて難しい言葉わかんないか。君みたいに知性のかけらもなくて品性が下劣で女の子を平気で傷つける下衆のことだよ」
怒りのあまり体が震えだしたのか、カチカチと歯の合わさる音を鳴らし、男は拳銃を両手で握り締めて、光矢へと向けた。
「決めた、決めた決めたぞおい、頭撃ち抜いて楽に死なせてやるつもりだったが。頭と心臓以外の全身撃ち抜いてやる。苦しめ、俺を苛立たせるなら苦しんで死ねよぉ!」
「ごめんだね、ホントは逃げるふりして気絶させてやろうと思ったけど気が変わった――」
光矢は鋭い目つきで男を睨みつける。そこに普段の「軽さ」は微塵も感じられない。
「自分のやったこと、後悔させてやる!」




