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第2話:最悪の初期条件と「宝の山」

王都からガタガタと途切れなく揺れる馬車に揺られること、丸三日。

サスペンションなど存在しない木製の車輪が容赦なく腰へ衝撃を叩きつけ、道中の風景が華やかな貴族街から徐々に貧しい農村、そして人影すら絶えた荒野へと移り変わっていく。王城での華々しい(?)追放劇から72時間後、私――エレノア・フォン・グランベルが降り立ったのは、王国の北端に位置する最果ての地、「シルフィード領」であった。

「……これは、想像以上に凄まじい『超絶赤字物件』ね」

馬車の扉を開けて一歩外を踏み出した瞬間、私の口から洩れたのは悲鳴でも絶望でもなく、コンサルタントとしての冷静な現状分析デューデリジェンスの言葉だった。

目の前に広がっていたのは、見渡す限りの干上がった褐色の大地だ。土壌はひび割れ、風が吹くたびに砂塵が舞い上がる。視界の端に見える村の民家は屋根が落ちかけ、柱は傾き、今にも倒壊しそうだ。道端に座り込む領民たちの目は光を失い、伸びきった髪と汚れた服のまま、まるで生ける屍のようにぼんやりと空を仰いでいる。

頭の中に記憶していたシルフィード領の基本データを検索する。人口はわずか300人余り。主たる産業は零細な自給自足を下回る限界農業。主要な歳入は「王国からのわずかな災害補助金」だが、それも中間搾取と王太子の気まぐれによって最近打ち切られたはずだ。純度の高い債務超過、固定費のみが嵩む完全なる破綻状態である。

「エレノア様……っ! 申し訳ございません、申し訳ございません……! 私がもっとお役に立てていれば、このような地獄のような場所に追放されることなど……っ」

私の横で、一枚のボロ布のような毛布を抱えた侍女のリザが、ポロポロと大粒の涙をこぼしながら崩れ落ちた。グランベル公爵家から唯一、私の身を案じて自願してついてきてくれた忠実で心優しい少女だ。王都の絢爛豪華な暮らしから一転、電気も水道も無ければまともな食料すら見当たらない荒野に放り出され、恐怖するのも無理はない。

しかし、私は泣きじゃくるリザの肩を優しく叩くと、口元にふっと不敵な笑みを浮かべた。

「何を言っているの、リザ。泣くなんてとんでもないわ。ここを見て頂戴……ここは地獄なんかじゃない。宝の山よ」

「は、はい……? た、宝の……山、ですか……?」

リザが涙目に大きな疑問符を浮かべて私を見上げる。私はしゃがみ込み、乾燥してひび割れた土を指先ですくい上げた。そして、足元に足の踏み場もないほど群生している、見向きもされていない青々とした「雑草」を一茎摘み取る。

「土地が痩せ衰えているのではないわ。単に、適切な知識と資材の配置リソース・アロケーションがなされていなかっただけ。見なさい、この強い日差しと独特の風通し。そして、この一見ただの雑草に見える群生植物――前世で見た薬用ハーブや、油分を多く含んだ特殊な草木と同種だわ」

私は指先で葉を押し潰し、立ち上る清涼感のある香りを確かめた。間違いない。学術的には放置されているが、加工のプロセスさえ踏めば、高価な香料や石鹸、あるいは高級ブランデーの原料へと化ける強力な一次産品コモディティだ。

「ビジネスで最もコストがかかるのは何だと思う? それは『競合他社とのシェア争い』と『上からの理不尽な介入』よ。でも、ここを見て? 競合相手はゼロの完全なブルーオーシャン。口出ししてくる無能なボス(王太子)もいない。税率設定権も規制緩和の権限も、すべてこの私の手の中にあるのよ?」

前世で倒産寸前の地方企業や、経営破綻したテーマパークを何社もターンアラウンド(事業再生)させてきた血が、激しく沸き立つのを感じる。既存の利権構造が頑固にへばりついた王都ではできなかったダイナミックな事業構造改革が、ここでは思いのままに実行できるのだ。

「さあ、リザ。絶望している暇なんてないわよ! 経営改善の第一歩は、徹底的な現地マーケティングとリソースの棚卸しからよ。まずは領主館の片付けと、村長を集めてのヒアリングセッションを開始するわ!」

私の宣言に、リザは呆然としながらも、その瞳にわずかな希望の光を宿し始めていた。どん底の初期条件から始まる、私だけの「領地経営コンサルティング」が今、幕を開けたのだった。

【シルフィード領・初期アセット棚卸しメモ】

人口: 約300名(労働意欲低下・栄養状態不良だが潜在労働力あり)

地理・気候: 日照時間長、乾燥気候、風力資源豊富

天然資源: 特殊ハーブ群生(香油・石鹸原料)、清冽な地下水脈(推定)

強み: 規制ゼロ、領主による絶対的決定権、王都からの関心ゼロ(放置状態)

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