第19話:破産宣告と因果
レヴィア帝国からの最終通告書が突きつけられ、パニックに陥ったグランベル王宮。
王都の治安は完全に崩壊し、重税と物資不足に苦しんできた市民たちによる大規模な暴動が王城を包囲していた。兵士たちも給料の未払いに嫌気がさして次々と逃亡し、かつて栄華を極めた城内は死に絶えたように静まり返っている。
そんな中、王宮の巨大な謁見の間。
豪華な玉座に力なく深々と身を沈めていたジョセフ王太子と、彼の傍らでブルブルと身を震わせているマリアの元へ、ゆっくりと重厚な足音が近づいてきた。
「ごきげんよう、ジョセフ殿下。……いいえ、もう『殿下』とお呼びする必要もありませんかしら?」
静寂を切り裂いて現れたのは、私——エレノア・フォン・グランベルだった。
完璧なシルクのドレスを優雅になびかせ、凛とした佇まいで進み出る私の姿は、まさにこの国の真の支配者に相応しい気品を放っていた。私の隣には、黒金に輝く帝国騎士の正装を纏ったアークが、圧倒的な威厳をもって護衛として寄り添っている。
「エ……エレノア……!? なぜ貴様がここに……!」
ジョセフが驚愕で目を剥き、声を裏返らせた。
「なぜ? 決まっているでしょう。債権者として、破産した事業体の『最終清算(清算手続)』に立ち会いに来たのよ」
私は冷ややかな笑みを浮かべ、アークから手渡された厚い羊皮紙の束——王国全土の資産目録と膨大な負債請求書をテーブルの上にバサリと叩きつけた。
「な、なんだこれは……!?」
「グランベル王国の最終財務諸表よ。貴方様がこの一年間で行った無謀な増税、無計画な軍事遠征、そして私的な浪費によって生じた負債の総額……。我がシルフィード領およびレヴィア帝国への損害賠償を含め、国家予算の百万人分に相当する金額に達しているわ」
「ひっ……ひゃ、百万人分……!?」
ジョセフの顔から血の気が完全に失われ、泥のように白くなった。
「王国の資産、王室直轄領、さらにはこの王城に至るまで、すべての担保物件の差し押さえが完了いたしました。本日をもって、グランベル王家は『破産』したことを宣告いたします」
「ふ、ふざけるな! 余は王太子だぞ! 一国の主だ! たかが追放された女一人に、国家の存亡を決められてたまるかぁぁ!」
錯乱したジョセフが玉座から立ち上がり、私に向かって殴りかかろうと飛び出した。
だが、彼が私に触れることすら叶わない。
カチン、と澄んだ金属音が響いた瞬間、アークの長剣が鞘から滑り出し、ジョセフの首元へ寸分違わず突きつけられていた。一滴の血がジョセフの喉元から伝い落ちる。
「……私の前に立ち、私の大切な人に非礼を働くか。愚かな元王子よ、己の分を弁えよ」
アークのアイスブルーの瞳から放たれる圧倒的な殺気と覇気に打ちのめされ、ジョセフは「ひぃっ!?」と悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
「う、うそ……そんなの嘘ですわぁぁ!」
それまで身を潜めていたマリアが、なりふり構わず叫び出した。
「私は王太子妃になるはずだったのよ! 豪華なドレスも、美味しいお菓子も、みんな私のものだったはずなのに! エレノア、貴女が意地悪をして私から全部奪い取ったのよ! この泥棒!」
ギャーギャーと叫び散らすマリアに対し、私は心底哀れむような視線を向けた。
「奪った? 勘違いしないでちょうだい、マリア男爵令嬢。私は何も奪ってなどいないわ。ただ、貴方たちが自らの無能さと欲望で食いつぶした自滅の果てに、当たり前の『ツケ』を払わせに来ただけよ」
私は冷酷に言い放つ。
「ジョセフ元王太子、ならびにマリア男爵令嬢。貴方方には国庫を破綻させ、民を苦しめた罪により、王族・貴族の身分を永久に剥奪します。そして——我がシルフィード領の最果てにある鉱山にて、死ぬまで『無給労働』で国家の負債を返済していただきますわ」
「無給労働……!? 鉱山だと……!?」
「いやだぁぁ! そんな汚いところで働くなんて絶対に嫌ですわぁぁ!」
泣き叫び、暴れる二人に対し、控えていた帝国の兵士たちが容赦なく拘束の手を伸ばす。
かつて私を「悪役令嬢」と呼び、理不尽に追放した二人。自分たちが何をしてきたのか、その本当の意味を理解した時には、すでに遅すぎたのだ。
「自業自得という言葉を、その身をもってたっぷりと学んでくるといいわ」
私の冷徹な声が響く中、引きずられていく二人の惨めな悲鳴が、廃墟と化した王宮の天井へと虚しく吸い込まれていくのだった。




