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第18話:引導と圧倒的勝者の権利


グランベル王国が誇る三千の遠征軍が、一滴の血も流すことなく全面降伏したという衝撃の報せは、瞬く間に王都へと駆け巡った。

「馬鹿な……! 三千の兵が……全滅だと……!?」

王宮の執務室で、ジョセフ王太子はガタガタと全身を激しく震わせ、手にした酒瓶を取り落とした。床に砕け散るガラスの音すら、彼の耳には届かない。

「全滅ではございません、殿下……。帝国軍の威容と、エレノア様による『完全な兵糧攻め』の前に、戦う前に全員が武器を捨てて降伏いたしました。兵士たちは現在、シルフィード領のインフラ工事に従事し、温かい食事と日当を得て喜んでいるとのことです……!」

「な……なんだと……! 余の兵が、敵の領地で楽しそうに働いているだと……!?」

ジョセフの顔から血の気が完全に引き、急速に青ざめていく。

自らの全財産と軍力を注ぎ込んだ最後の賭けは、エレノアという圧倒的な経営戦略家の前で、完膚なきまでに打ち砕かれたのだ。

さらに追い打ちをかけるように、重々しい足音が執務室に響き渡った。

「ジョセフ王太子殿下! 大変にございます!」

血相を変えて飛び込んできたのは、王国の文官長だった。その手には、漆黒と黄金の刺繍が施された、尋常ならざる重厚な書簡が握られている。

「レヴィア帝国より……正式な『最終通告書ウティマタム』が届きました!」

「な、なに……!? 帝国からの……!?」

震える手で書簡を受け取り、開いたジョセフの瞳が、恐怖で極限まで見開かれた。

そこに書かれていたのは、あまりにも容赦のない、決定的な通告であった。

『グランベル王国によるシルフィード領への不当な武力侵攻、ならびに帝国と同盟関係にあるエレノア殿への宣戦布告行為に対し、我がレヴィア帝国は重大な懸念を表明する。本日をもって、王国とのすべての貿易条約を即時破棄。さらに、今回の事態に対する莫大な『違約金』および『安全保障損害賠償』として、グランベル王国全土の国庫財産の差し押さえ、ならびに王室直轄領の割譲を要求する』

「損害賠償……!? 直轄領の割譲……!? 馬鹿な、そんなものを払えば、我が王国は完全に破産するぞ!」

ジョセフは頭を抱えて悲鳴を上げた。

だが、本当の絶望はこれからだった。書簡の末尾には、流麗で冷徹な文字で、もう一行の追記が添えられていたのだ。

『なお、本賠償請求権ならびに今後の王国に対する一切の交渉権は、すべて我が帝国の全権大使であり、シルフィード領主であるエレノア・フォン・グランベル殿へ全任する』

「え……エレノアに……!?」

ジョセフの膝がガクガクと震え、彼はその場に崩れ落ちた。

自分たちが「無能な悪役令嬢」と見下して追放したはずの女が、今や王国の生き血を吸い上げる巨大な債権者オーナーとなり、自らの生死を握る圧倒的な支配者として君臨した瞬間だった。

「そんな……嘘だ……! 余は王太子だぞ! 王国を統べる者なのだ! なぜあの女一人に、ここまで追いつめられねばならんのだぁぁあ!」

執務室に、ジョセフの惨めな叫びが虚しく響き渡る。

かつてエレノアを「追放」という形で切り捨てた自負も、新ヒロインのマリアと甘い生活を夢見たプライドも、すべては身の程知らずの愚行が生んだ幻影に過ぎなかった。

積み上げてきた愚政のツケ、無能さゆえの自爆。

破滅へのカウントダウンがゼロを刻み、哀れな王国と愚かな王太子には、もはや逃げる術すら残されていなかったのである。

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