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第17話:帝国の影と戦意喪失

エレノアが仕掛けた徹底的な「経済封鎖」によって補給路を完全に断たれ、兵糧攻めの前に身も心もボロボロになったグランベル王国軍三千。

進軍開始からわずか数日、空腹で腹を鳴らし、重い足取りでフラフラと歩く兵士たちは、もはやまともに武器を構えることすらできない惨状に陥っていた。将軍の怒号も虚しく響くだけで、脱走者は後を絶たず、軍の士気は完全に崩壊していた。

「ひ、ヒィ……水……食べ物を……」 「もう駄目だ、立ち上がれない……」

命からがらシルフィード領の国境境界線へと辿り着いた王国軍。しかし、彼らの目の前に広がっていたのは、求めていた優雅な田園風景でも、簡単に略奪できる無防備な農村でもなかった。

立ち込める朝靄の向こう側から、地鳴りのような重厚な足音が響き渡る。

「な、なんだ……!? あの地鳴りは……!?」

将軍が血走った目で双眼鏡を覗き込んだ瞬間、その顔から血の気が完全に引き、ガタガタと全身を激しく震わせ始めた。

そこにあったのは、見渡す限りの広野を埋め尽くす漆黒と黄金の軍列。黒金に輝く圧倒的な重装甲を纏い、洗練された陣形を組む巨大な軍団——大陸最強の誇り高き「レヴィア帝国最強騎士団」の正規陣列であった。

「な……なぜだ……!? なぜ隣国のレヴィア帝国の正規軍が、こんな場所に展開しているのだ……!?」

狼狼狽する王国軍の将軍と兵士たち。兵糧攻めで虫の息となった三千の軍勢の前に立ち塞がったのは、完璧な万全の状態で待ち構える帝国軍の一万を超える精鋭だった。

静まり返る戦場の中、帝国軍の最前線から一頭の黒馬が悠然と歩み出てきた。

馬上に跨がるのは、最高治安責任者(CSO)としてシルフィード領を守ってきた青年——アークである。彼は普段の穏やかな笑みを消し去り、一国の覇者たる冷徹で圧倒的な威厳を全身から放っていた。

アークは胸元からずっしりと重みのある紫紺のケースを取り出すと、高々と掲げた。そこに刻まれているのは、眩い光を放つレヴィア帝国の「皇室紋章」である。

「これより先は、我がレヴィア帝国の最重要経済パートナー・エレノア殿の直轄領である。……一歩でも我が友の領地へと踏み込めば、我がレヴィア帝国に対する明確な『宣戦布告』と見なし、帝国の全戦力を挙げて貴様らを灰燼に帰す」

アークの低く凛とした声が、魔導具によって戦場全体へと響き渡る。

「ひ、ひいいいっ!? れ、レヴィア帝国の皇室紋章……!? 皇子殿下だと……!?」

将軍はあまりの衝撃に馬から転げ落ちそうになった。

自分たちが「追放された無力な悪役令嬢」と見くびり、武力で踏みにじろうとしたシルフィード領は、ただ富んでいるだけではなかった。大陸最強の軍事国家であるレヴィア帝国と強固な経済同盟を結び、その皇子本人が直々に守護に就いているという紛れもない現実。

「か、勝てるわけがない……! 兵糧もなく、相手は帝国の最強騎士団だぞ……!」 「嫌だ! 死にたくない!」

ガラガラ……カチャン!

最前線の兵士の一人が、恐怖のあまり長槍を取り落とした。それを皮切りに、連鎖反応のように全軍へ武器を捨てる音が響き渡っていく。

「参った! 降伏する! 命だけは助けてくれぇぇっ!」 「武器を捨てる! 頼む、食べ物をくれ!」

戦うどころか、兵糧攻めで既に限界を迎えていた王国軍三千は、アーク率いる帝国軍の圧倒的な威容の前に、ただの一度も刃を交えることなく、その場に崩れ落ちるように全員が降伏したのだった。

その光景を、国境沿いの高台に設置された指揮テントから見下ろしていた私は、優雅に紅茶のカップを傾けた。

「完璧な幕引きね、アーク様」

無血開城を果たし、戻ってきたアークへ向けて微笑む。

「君の『経済封鎖』で勝負は既に決していたよ、エレノア。私はただ、最後の一押しをしたに過ぎない」

アークは馬から降りると、私の前で優雅に胸に手を当てて見せた。

「一滴の血も流さず、我が軍の兵を傷つけることもなく三千の敵軍を無力化してみせた。君の戦略は、まさに戦わずして勝つ『最高の経営』だよ」

「ふふ、無駄な戦闘コストや補修費用を出すのは嫌ですもの。……さて、捕虜になった三千の兵士たちには、お腹いっぱい温かいスープを食べさせた後、我が領地のインフラ工事の『有償労働力』として働いてもらいましょうか」

「はは、どこまでもたくましいな、我が領主様は」

アークの心地よい笑い声が青空に響き渡る。

圧倒的な経済の刃と、完璧な外交・軍事の抑止力。二人の知略によって、グランベル王国の愚かな武力侵攻は、何一つ成果を上げることなく完全な破滅と無条件降伏という形で打ち砕かれたのだった。

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