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第20話:新しい時代の経営者と最高のパートナー

破滅の道を突き進んだグランベル王国が事実上の破産を迎え、愚かな元王太子ジョセフとマリアがその自滅のツケを支払うべく去っていってから、早いもので数ヶ月の月日が流れていた。

かつて「最果ての極貧領地」と蔑まれ、雑草と荒野しか存在しなかったシルフィード領。

今やその地は、旧グランベル王国の領土はもちろんのこと、周辺の加盟国をも巻き込んだ巨大な独立経済圏「シルフィード連邦」の首都として、大陸全土にその名を轟かせていた。

整然と敷き詰められた美しい石畳の道路。 規則正しく整列する耐火煉瓦造りの近代的な集合住宅。 地中深くを網の目のように巡り、都市の衛生を完備する近代下水道システム。 そして、24時間体制の三交代制(シフト制)で稼働し、労働者たちが笑顔で高品質な製品を生み出し続ける巨大な工業区。

不衛生ゆえの感染症や伝染病は完全に撲滅され、かつて他国で当たり前とされていた「病気による労働力の喪失」は存在しない。手厚い医療手当と週休二日制、そして適正な給与の支払いは、住民たちのモチベーションを極限まで高め、驚異的な生産性と圧倒的な製品品質を実現していた。

不純物のない高品質な「神樹の石鹸」、爽やかな香りと高い消毒効果を誇る「ハーブ蒸留酒」、そして緻密な製織技術によって生み出される高級絹織物。それらの特産品は、今や大陸中の王公貴族や裕福な商人たちが競って買い求める至高のブランド品となっていた。

旧王国の混乱から逃れてきた膨大な流民や優秀な職人たちを受け入れ、適切な教育と職業訓練を施すことで、人口はすでに十万人を破竹の勢いで突破。武力による支配ではなく、豊かな生活と確かな経済的合理性によって結ばれたこの街は、世界で最も安全で、最も活気に満ちあふれた「奇跡の理想都市」へと完成されたのである。

「——ふぅ、これで今日の承認書類はすべて完了ね」

夕暮れ時。中央領主館の最上階にある広大な最高経営責任者(CEO)執務室で、私は手にした万年筆を優雅にデスクのスタンドへと戻し、深く息を吐き出した。

窓の外に広がるのは、夕日に赤く染まる美しいシルフィードの街並みだ。街灯には魔導触媒を用いた新しい街路灯が灯り始め、夕飯の準備をする温かい煙が立ち上っている。通りからは、仕事を終えて仲間と談笑しながら帰路につく労働者たちの元気な笑い声が聞こえてくる。

「お疲れ様です、エレノア様。本日分の決算承認ならびに、レヴィア帝国との第4四半期貿易協定の更新書類、確かに受領いたしました」

デスクの脇で待機していたリザが、感無量といった様子で羊皮紙の束を丁寧にファイルへと収めた。かつて最果ての地に追放された際、不安で押し潰されそうになりながら私についてきてくれた幼気な侍女は、今や巨大経済圏の総務・財務を統括する優秀な秘書官へと成長を遂げていた。

「ありがとう、リザ。旧王国領からの移民受け入れ計画と、新規工業区のインフラ整備予算の配分はどうなっているかしら?」

「完璧に進行しております! 旧王国の住民たちも、我が領地の衛生環境と手厚い労働条件に涙を流して感謝しており、離職率は相変わらず奇跡の『ゼロ』を更新中です。……それもこれも、すべてエレノア様が諦めずにこの街を作り上げてくださったおかげですわ!」

リザは胸の前で両手を握りしめ、誇らしげに胸を張った。

「私がしたことなんて、前世の知識を使って『正しいデータ』と『論理』に基づいた経営をしただけよ」

私は照れ隠しに小さく微笑み、温かいハーブティーのカップを口に含んだ。

「人間を酷使し、搾取して使い潰す経営は、短期的な利益を生んでも長期的な組織の破滅を招く。労働者という『人間』に適切に投資し、健康と権利を守り、自立を促すことこそが、巡り巡って最大の利益リターンを生み出すの。……追放された当初はただの保身から始まった事業再生ターンアラウンドだったけれど、こうして皆が幸せそうに暮らしている姿を見られるのは、悪くない心地ね」

前世でコンサルタントとして過労死するまで働き詰め、報われることのなかった私。乙女ゲームの「悪役令嬢」に転生し、理不尽に婚約破棄されて最果ての地に追放された時はどうなることかと思ったけれど……経営のロジックと情熱をもって突き進んできた結果、私は自分自身の「最高の居場所」を自らの手で創り出すことができたのだ。

コン、コン。

静かなノックの音が執務室に響き、重厚な木製の扉が開いた。

「失礼するよ、エレノア」

入ってきたのは、黒とゴールドを基調とした洗練された帝国の貴服を纏った青年——アーク・レヴィアであった。

かつてシルフィード領の最高治安責任者(CSO)として私を支え、その裏では大陸最強を誇るレヴィア帝国の第3皇子として圧倒的な抑止力となってくれた男。最高峰の剣士としての凛とした佇まいと、深く澄んだ紺色の瞳は、いつ見ても吸い込まれそうなほど美しく、力強い。

「アーク様……帝国の全権大使としてのお仕事は、もうよろしかったのですか?」

「ああ、本国との定期調整は先ほど完了したよ。……それに、君の前では『アーク』と呼んでほしいと言ったはずだが?」

アークは苦笑しながら、身軽な動作で私のデスクの傍らへと歩み寄ってきた。リザは空気を読んだように深々と一礼すると、書類を抱えて静かに執務室を退室していった。

二人きりになった部屋に、ハーブティーの爽やかな香りと、夕闇が溶け込む静寂が広がる。

「今日も素晴らしい手腕だったね、エレノア。旧王国の戦後処理と復興支援、そして帝国の経済特区構想……君の頭脳は、いくら見ていても退屈しない」

「買い被りすぎだわ、アーク。私はただ、無駄な摩擦コストを削って、効率的に利益が出る仕組みを作っているだけよ。……それに、君の率いる帝国軍の存在と、冷徹な外交手腕がなければ、ここまで完璧な勝利チェックメイトは掴めなかったわ」

私は素直な感謝を込めて、アークの瞳を見つめ返した。

そう、私一人だけの知識では、ここまで来られなかった。 私が描く理想のビジョンを理解し、現場の治安と安全保障を完璧に固めてくれたアークという「最高のパートナー」がいたからこそ、私の経営戦略は真の威力を発揮できたのだ。

アークは私の言葉にふっと目元を緩めると、デスクの上に置かれていた私の手に、自らの温かい手を重ね合わせた。

「……エレノア。私はね、君と出会えて本当に良かったと思っているんだ」

低く、包み込むような優しい声。彼の手の温もりが、肌を通じて胸の奥へとじんわりと伝わってくる。

「身分を隠して大陸を巡察していた頃の私は、権力闘争と虚飾に満ちた貴族社会に底知れぬ嫌気を感じていた。……だが、最果ての地で出会った君は違っていた。誰よりも気高く、誰よりも現実的で、そして誰よりも民の幸福を真剣に考えていた」

アークの深く澄んだ紺色の瞳が、熱い情熱を帯びて私をまっすぐに見つめる。

「君が常識を破壊し、新しい価値観でこの街を創り上げていく姿を見るたび、私の心は強く惹きつけられていった。……ただの協力者や安全保障の担当者としてではなく、私は一人の男として、君の隣に立ち続けたい」

「アー……ク……」

不意を突かれた強い告白に、私の胸がドキンと激しく跳ね上がった。

前世でも仕事一筋で、恋愛など「費用対効果コスパの悪い娯楽」と切り捨ててきた私だ。悪役令嬢として転生した後も、男なんて信じられない無能な存在(ジョセフのような男)ばかりだと思っていた。

けれど、アークは違った。 私の能力を正当に評価し、対等なビジネスパートナーとして尊敬してくれ、危急の時にはその身を挺して私を守ってくれた。

自分の顔が急速に熱くなっていくのが分かる。前世のコンサルタントとしての明晰な頭脳も、今ばかりはまったく役に立たない。

「……私の隣に立つということは、これから先も膨大な業務と、目まぐるしい事業拡大に付き合ってもらうことになるわよ? 労働環境としては、かなりのハードワークになるけれど……後悔しないかしら?」

私が照れ隠しに強がりを口にすると、アークはクスクスと楽しそうに喉を鳴らして笑った。

「望むところさ。君という『最高経営責任者』の元で働くなら、どんなハードワークも最高の至福だ。……それに、君の休日の管理と安全管理は、私の独占権にさせてもらうがね」

そう言うと、アークは重ねた手の上から私の指先をそっと引き寄せ、その甲に優しく、愛おしむような誓いのキスを落とした。

「エレノア・フォン・グランベル。……いや、我がシルフィード連邦の輝かしい最高経営責任者。私と生涯のパートナーとして、共に歩んでくれますか?」

「……ええ、喜んで。契約成立ディール・アグリッドよ、アーク」

私が微笑んで答えると、アークは嬉しそうに目を細め、私を優しく抱きしめた。彼の胸の温もりと、心地よい体温が私を包み込む。もう、過労死に怯える必要も、理不尽な追放に泣く必要もない。

私は自らの手で自由と富を勝ち取り、そして世界で最も頼もしく、愛おしい「最高のパートナー」を手に入れたのだ。

数日後。

シルフィード連邦の完成と、エレノアならびにアークの正式な婚約を祝う「創立記念大式典」が、新設された中央大広場で盛大に催されていた。

雲一つない抜けるような青空の下、広場を埋め尽くしたのは十万人を超える住民や各地からの招待客たちだ。色とりどりの紙吹雪が舞い散り、ブラスバンドの誇らしげなファンファーレが街中に響き渡る。

「エレノア様ー! アーク様ー! おめでとうございますっ!」 「シルフィード万歳! 万歳!」 「最高の領主様だ! 俺たちの街万歳!」

広場を埋め尽くした民衆から、耳を割んばかりの歓声と万雷の拍手が沸き起こる。

かつて泥にまみれ、死んだ目をして生きさせていた流民たち。今や彼らの肌はツヤツヤと輝き、上質な服を身に纏い、満面の笑顔で私たちに手を振っている。

式典のバルコニーに立ち、その光景を見下ろしながら、私は隣に立つアークの手を強く握りしめた。

「すごい歓声ね……」

「君が彼らに与えたのは、単なる食べ物や住居ではない。『尊厳』と『未来』だ。彼らが君を称えるのは当然のことだよ、エレノア」

アークが優しく微笑み、握り返してくる手の力が心地よい。

その時、式典の警護を担当していたリザが、呆れ顔を浮かべながら一枚の最新報告書を持って私の元へと歩み寄ってきた。

「エレノア様、旧王国の鉱山におわす『あの方々』からの最新の作業報告が届いております」

「あら、ジョセフとマリアから? 珍しいわね」

報告書に目を落とすと、そこには酷い殴り書きで支離滅裂な文章が綴られていた。

『毎日泥にまみれてツルハシを振るうなんて嫌だ! 爪が割れる! ドレスを着せろ!』 『頼むエレノア、悪かった! 私が愚かだった! 側室でも何でもいいから、頼むから温かいスープとふかふかのベッドのある場所へ戻してくれ!』

七割の重税を課して民を苦しめ、無計画な浪費と自爆によって自滅した元王太子と男爵令嬢。

彼らは現在、シルフィード領の最深部にある鉱山において、厳重な監理のもとで真面目にツルハシを振るっている。当然、彼らに与えられているのは「働いた分だけの質素な食事と最低限の睡眠時間」のみだ。かつて民から奪い取った贅沢の限りは、そこには一切存在しない。

「……ふふ、相変わらず進歩のない人たちね」

私は呆れたように溜息をつき、報告書をリザへと送り返した。

「『労働の喜びと、自らの手で対価を得ることの尊さを、最低でもあと五十年ほどじっくり学んでください』と伝えてちょうだい。ノルマを達成しない限り、特別手当(温かいスープ)の支給は許可しませんわ」

「かしこまりました! 現場の監督官にそのように厳命いたします!」

リザはニヤリと悪魔のような微笑を浮かべ、颯爽と去っていった。

因果応報、自業自得。 自分たちが犯した愚行の責任(負債)は、自らの労働によって最後まで支払ってもらうのが、経営者としての私の冷徹で正当な「清算ルール」だ。

「……フッ、相変わらず容赦がないね」

隣でやり取りを見ていたアークが、愉しそうに目を細める。

「甘い顔をしてルールを曲げたら、組織のガバナンスが崩壊するもの。……さあ、アーク。私たちの新しい事業が、これから本格的に始まるわよ」

私はバルコニーの前へと一歩踏み出し、青空のもとで歓声を上げる数万人もの民衆に向けて、優雅に、そして誇らしげに手を掲げた。

「シルフィード連邦の市民たちよ! 私たちの改革は、ここで終わりではないわ! これから私たちは、大陸全体の流通と経済の仕組みを塗り替え、すべての人間が正当に報われる新しい時代イノベーションを創り出します!」

わあああぁぁぁっ! と、地鳴りのような歓声が再び都市を揺らした。

かつて「悪役令嬢」として捨てられた最果ての地で、前世の知識と絶対のロジック、そして最高のパートナーと共に掴み取った完全なる勝利。

圧倒的な経済力と絶対的な幸福に満ちたこの街で、私たちの物語は、これからも永遠に輝かしく続いていくのだ。

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