第14話:決別と冷徹な通告
グランベル王国からの特使団が、黄金で飾られた豪奢な馬車と重装兵を引き連れ、シルフィード領の広大な表玄関へと到着した。
彼らを迎え入れたのは、シルフィード領が誇る最高級の迎賓館である。大理石の床、洗練された調度品、そしてほのかに漂うハーブの爽やかな香り。王都の王宮すら凌駕する圧倒的な美しさと洗練された空間に、使者である老貴族は一瞬気圧されたものの、すぐに虚勢を張って口髭を撫で回した。
「ふん、成り上がりめが。どれほど小小奇麗に取り繕おうと、ここは追放された悪役令嬢の領地に過ぎん」
応接室の重厚な扉が開き、私——エレノア・フォン・グランベルが姿を現した。
上質なシルエットのドレスを身に纏い、背筋をピシッと伸ばした私の立ち姿は、かつて王宮でブラック労働に追われていた頃とは比べものにならないほど、自信と圧倒的な気品に満ちあふれている。私のすぐ後ろには、黒の軍服を隙なく着こなした最高治安責任者(CSO)のアークが、冷徹な眼光を宿して静かに控えていた。
「お遠くから遥々ご苦労さまですわ、王国の使者様。我がシルフィード領に何の用かしら?」
私が対面のソファへ優雅に腰掛け、脚を組み替えると、使者はこれ見よがしに胸を張り、羊皮紙の書簡をバサリとテーブルの上に叩きつけた。
「エレノア殿! ジョセフ王太子殿下からのありがたき『親書』である! 謹んで拝聴するが良い!」
使者は書簡を広げ、朗々と読み上げ始めた。
「『罪深きエレノアよ。貴様が最果ての地で反省し、一定の成果を上げたことを聞き及んだ。ジョセフ殿下の寛大なるご慈悲により、これまでの無礼と罪を特別に許して遣わす! ついては、本日をもってシルフィード領のすべての財産、特産品の権利、ならびに税収管理権を直ちに国庫へ移管せよ!』」
使者はドヤ顔で顎を突き出し、さらに上から目線で続けた。
「さらに殿下はこうも仰せだ! 『財政の再建に全力を尽くすならば、特別に側室として王宮に戻し、再び殿下のお側に置く栄誉を与えてやる』とな! 感謝の涙を流して膝をつくがいい!」
静寂が部屋を支配した。
控えていたアークの瞳が一瞬でアイスブルーの冷気を孕み、手にした剣の柄へ手が伸びかけたが、私はそれを手で制した。
「……くっ、ふふ……あはははは!」
耐えきれず、私の口から可憐で爽やかな笑い声が漏れ出した。腹筋がよじれそうなほどの滑稽さだ。
「な、何がおかしい! 殿下のご慈悲を嘲笑うつもりか!?」
「ええ、大いに嘲笑っているのよ」
私は笑いを収めると、テーブルの上の親書を指先でつまみ上げた。そして——使者の目の前で、迷いなくビリビリと真二つに引き裂いた。
「な……ッ!? なにを破り捨てているのだ貴様ぁぁあ!!」
激昂して泡を吹く使者に対し、私は冷ややかな視線を浴びせた。
「寝言は寝てから仰いなさい。追放時にジョセフ殿下自らが署名・捺印された正式な契約書(免責証書)をお忘れ? 『シルフィード領の永久譲渡および、グランベル家との縁組み・権利の完全破棄』。法的にも、この土地はグランベル王国の管轄外よ」
「ぐっ……! か、解釈の変更だ! 国の危機なのだぞ! 元はと言えば、貴女が受け持っていた王国の財政管理を放棄して逃げ出したから、こんな事態になっているのではないか! 責任を取りたまえ!」
自らの無能さを棚に上げた使者の主張に、私は心底呆れ果てた。前世でもいた——倒産寸前の会社で、解雇した元コンサルタントにしがみつき、理不尽な暴論を振りかざす無能な経営陣と同類だ。
「責任? 経営資源の維持管理すらできず、自ら優秀な人材を解雇しておきながら、破綻しそうになったら集かりに来る……そんな無能な事業体に、一体どこの投資家が出資するかしら?」
私は立ち上がり、使者を見下ろした。
「ジョセフ殿下にお伝えしなさい。『貴方様との経営戦略は金頭から噛み合っておりません。我がシルフィード領は、崩壊寸前の泥船であるグランベル王国へのいかなる資金援助も拒否いたします』とね」
「お、無礼者め! 王国軍の武力を恐れぬというのか! 側室の座を蹴って、この最果ての地で滅びたいのか!」
喚き散らす使者に対し、アークが静かに一歩前へ出た。
ただ一歩踏み出しただけであるというのに、部屋の空気が一変し、圧倒的な武の圧力が使者たちを叩き潰した。使者と護衛の重装兵たちが、ガタガタと膝を震わせ、その場に崩れ落ちる。
「……私の前で、エレノアにこれ以上の無礼を働くなら、この場で生きて帰さぬぞ」
アークの低く冷徹な声に、使者の顔から血の気が完全に引いた。
「ひ、ひぃぃぃっ! お、覚えていろ! 後悔しても遅いぞ!!」
使者は脱いだ帽子もそのままに、尻餅をつきながら転げるように部屋から逃げ出していった。
開け放たれた扉の先、遠ざかっていく使者たちの無様な背中を見送りながら、私は冷たく微笑んだ。
「交渉決裂ね。……さあ、あちらが次にどんな愚行に出てくるか、見ものだわ」
決別を通告した私とシルフィード領。王国との決定的な対立の火蓋は、今まさに落とされたのだった。




