第13話:強欲な打診
グランベル王国の財政が破綻寸前に追い詰められ、王都に重苦しい暴動の気配が漂っていた頃。
王太子ジョセフの耳に、信じがたい噂が飛び込んできた。流民や商人たちの口を通じて、王国北端の「ある地域」の異常な繁栄ぶりが王都にまで漏れ聞こえてきたのだ。
「何……? 最果ての極貧領地だったシルフィード領が、今や国一番の富を生み出しているだと……!?」
執務室で報告を受けたジョセフは、手にしていた羊皮紙を取り落とし、素っ頓狂な声を上げた。
報告に訪れた密偵が、額の汗を拭いながら身震いとともに語る。
「はい、殿下……! 噂どころではございません。現地は独自の特産品である『神樹の石鹸』や高級ハーブ酒の輸出で爆発的な利益を上げており、下水道が完備された近代的な都市へと変貌しております。隣国のレヴィア帝国とも大規模な貿易を行っており、流みんや優秀な職人が雪崩を打って押し寄せ、莫大な税収が落ちているとのこと……!」
「ば、馬鹿な……! あの土地は雑草しか生えない極貧の荒野だったはずだぞ! なぜそんな莫大な金が湧き出てくるのだ!?」
ジョセフは狼狽し、部屋の中をうろうろと行き来した。
シルフィード領は、一年前に自分がエレノアを追放した「処分先」である。まともな作物すら育たない死んだ土地で、彼女が悲鳴を上げながら惨めに飢え凍える姿を想像していたというのに、現実には王都を遥かに凌ぐ「奇跡の経済都市」へと成長を遂げているという。
(なぜだ……? なぜあの女の行く先では、いつも金が湧き出るように増えるのだ!?)
激しい嫉妬と困惑がジョセフの胸を焼いた。しかし次の瞬間、彼の頭の中に、都合の良すぎる自己中心的な閃きが駆け巡った。
(……待てよ? シルフィード領は、元はと言えば我がグランベル王国の領土だ。そして余がエレノアに与えてやった土地ではないか! ならば、そこで生まれた富も、集まった金も、すべて王室のものであるはずだ!)
ジョセフの歪んだ顔に、暗い歓喜と強欲な笑みが浮かび上がった。自らの無能と暴政によって国庫を空にしたことなど棚に上げ、他人の成功を丸ごと奪い取ろうという浅はかな思惑である。
「そうだ……! あの女は我が王国の財産を使って勝手に商売をし、私腹を肥やしていたのだ! ならば、それを回収するのは当然の権利ではないか!」
勝ち誇ったように叫ぶジョセフの元へ、ドレスの裾を揺らしながらマリアが甘えるような足取りでやってきた。
「ジョセフ様ぁ、なんだか楽しそうですわね? もしかして、私の新しいドレスや宝石を買うお金が手に入りそうですの?」
「ああ、もちろんだともマリア! ドレスどころか、城一つ新築できるほどの金が手に入るぞ!」
ジョセフはマリアの肩を抱き寄せ、ニヤリと口角を上げた。
「エレノアの奴め、罪滅ぼしのつもりか知らんが、良い『蓄え』を作ってくれたものだ。……おい、今すぐシルフィード領へ向かう特使を調達しろ! 最高級の使者と命令書を用意するのだ!」
「はっ! 使者にはどのような命をお伝えすればよろしいでしょうか?」
控えていた文官が問うと、ジョセフはドヤ顔で胸を張り、上から目線の通告を口にした。
「エレノアにこう伝えろ! 『これまでの無礼と罪を特別に許してやる。余の深い慈悲に感謝し、今すぐシルフィード領のすべての財産と特産品の権利を国庫に納めよ』とな!」
さらに、ジョセフは満足気に顎を撫でながら付け加えた。
「それから……そうだな。あの女も一人で寂しく反省したことだろう。財産をすべて差し出し、我が国の財政を元通りに再建してみせるなら、特別に『側室』として王宮に戻してやってもいいとな!」
「そ、側室ですか……!?」
文官が絶句する。
追放した元婚約者を「許してやる」という高飛車な態度で呼び戻し、その財産を没収した上で、再び無給のブラック労働に組み込もうという正気を疑う打診。
マリアは一瞬だけ不満そうに眉をひそめたが、「側室なら私より下の身分ですわね? ならば良いですわ!」と高笑いを上げた。
自分たちの提示している条件がどれほど理不尽で、どれほど滑稽な暴論であるか。そして、現在のシルフィード領が本国など容易に潰せるほどの「力」を秘めていることに、愚かな王太子たちは最後まで気づいていなかったのである。
「急げ! エレノアが泣いて喜ぶ顔が目に浮かぶわ!」
歓喜に揺れる王宮から、王太子の身勝手な欲望を乗せた使者団が、シルフィード領へと向けて出発していった。




