第12話:蜜月の終わりと愚政のツケ
王国の財政が急速に傾き、国庫の底が見え始めていたというのに、王宮の最上階にある豪華なサロンには、相変わらず浮世離れした華やかさと能天気な歓声が満ちていた。
「まあ、ジョセフ様ぁ! 今度の王立夜会で着るドレスですけれど、隣国で大流行しているという『シルフィード絹』の一番上質な生地で作らせてくださいな!」
ジョセフ王太子の膝の上に甘えるように腰掛け、庇護欲をそそる可憐な表情でねだっているのは、新しく王太子妃候補となった男爵令嬢マリアだった。
彼女は王国の危機的な財政状況など知る由もなく、連日のように豪華な夜会や茶会を主催し、贅沢三昧を繰り返していた。宝石商や高級服飾店、最高級の食材を扱う商人たちが連日王城を訪れ、その莫大なツケの請求書はすべて財務統括府へと回されていたのである。
「マリア……今は少々、国庫のやりくりが厳しくてな……」
ジョセフは引きつった笑みを浮かべ、濁濁とした冷や汗を拭った。
「ええっ? そんなの嘘ですわ! だってジョセフ様は、この国で一番偉くて立派な王太子様なのですもの! ドレスの一着や二着、簡単に買ってくださるって約束してくださったじゃありませんかぁ。……それとも私、またエレノア様にいじめられていた頃みたいに、粗末な格好で我慢しなければならないのですか……? うっ、うう……」
マリアがウルウルと瞳に涙を溜め、ブルブルと肩を震わせて泣き真似を始める。
「わ、分かった! 分かったから泣かないでくれ、マリア! 善処する! 一番良い生地を用意させよう!」
ジョセフは慌てて彼女の肩を抱き寄せ、慰めの言葉をかけた。
かつてエレノアを「悪役令嬢」として断罪し、マリアを「真のヒロイン」として選んだ己の正当性を証明するためにも、ジョセフは彼女の前で「金がない無能な男」である姿を見せるわけにはいかなかったのである。己のちっぽけなプライドと見栄を保つためだけに、彼は国庫の最後の一滴まで散財し続けた。
だが、財政の現実は悲惨を極めていた。
「殿下! これ以上の支出は不可能です! 兵士への給与支払いも滞っており、王都の治安維持すら危うい状態にございます!」
悲鳴を上げる財務官に対し、ジョセフは苛立ちを隠さず乱暴に言い放った。
「ええい、うるさい! 足りない分は民から集めればいいのだろうが! 領民への税率を現行の五割から……そうだな、『七割』に引き上げろ!」
「な……七割!? 殿下、正気ですか!? 破滅的な増税です! そんなことをすれば民が餓死し、暴動が起きますぞ!」
「黙れ! 余の命が聞けぬというのか! 王国の繁栄のために民が差し出すのは当然の義務だ!」
このような暴論とも言える愚政が強行された結果、王国の各地で地獄絵図が繰り広げられることとなった。
七割という常軌を逸した重税を課された農村では、農民たちが明日の食べ物すら失い、田畑を捨てて餓死するか、盗賊へと身を落としていった。かつてエレノアが綿密な計画のもとで育て上げた産業や流通網は完全に破壊され、商人は暴利と重税を嫌って次々と国外へ脱出。王国の市場からは物資が消え去り、ハイパーインフレと治安悪化が国民を襲った。
「ジョセフ王太子の愚政を許すな!」 「俺たちから食べ物を奪うな!」
街頭では民衆の不満が爆発寸前まで高まり、いつ暴動が起きてもおかしくない緊張感が王国全体を覆っていた。
王宮の執務室で一人、酒を煽りながら荒れた部屋を見回すジョセフの顔は、苦汁を舐め尽くしたように歪んでいた。
「くそっ……なぜだ! なぜあの女を追い出した途端に、何もかもがおかしくなるんだ!?」
頭を抱え、酒瓶を床に叩きつける。
エレノアがいた頃は、どんなに無茶な予算要求をしても、翌朝には完璧な資金調達計画と優先順位の付けられた予算書がデスクに置かれていた。自分がどれだけ豪遊しようが、国が傾くことなど一度もなかったのだ。
「……そうか、分かったぞ。すべてあの女の仕業だ!」
ジョセフの瞳に、狂気に満ちた歪んだ光が宿る。
「エレノアの奴め……追放される前に、王国に呪いでもかけていったに違いない! あるいは、裏で手を回して王国の経済を嫌がらせで裏から崩壊させているのだ! そうに決まっている!」
自らの無能と見栄、そして愚政が生み出した自滅のツケであるという現実から目を背け、ジョセフはすべての責任をエレノアへと転嫁しようとしていた。
「待っていろ、エレノア……! 貴様の好きにはさせんぞ……!」
破滅へとひた走る王国の中心で、無能な王太子はさらなる最悪の選択肢へと手を伸ばそうとしていた。




