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第11話:傾く王国と狂った歯車

シルフィード領が独立国家並みの経済力と衛生環境を確立し、目覚ましい発展を遂げていたその頃。

シルフィードから南へ遠く離れたグランベル王国の王都は、かつての華やかさが嘘のように、どんよりとした暗雲と重苦しい雰囲気に包まれていた。

王城の深奥に位置する執務室。豪奢な装飾が施された部屋の中に、怒声と書類が飛ぶ音が虚しく響き渡る。

「どういうことだ! なぜ今月の予算がこれほどまでに足りない!? 国庫の金は一体どこへ消えたのだ!」

荒々しい声を上げ、豪奢なマホガニーのデスクを激しく叩きつけたのは、第一王子であり王太子のジョセフだった。

かつてエレノアを「悪役令嬢」として大広間で糾弾し、最果ての地に追放した男である。当時の勝ち誇ったドヤ顔は見る影もなく、その顔には疲労と焦燥、そして隠しきれない怒りの色が色濃く滲み出ていた。

デスクの前に膝を折り、全身を激しく震わせているのは、顔を青ざめさせた財務官だった。

「ひ、殿下……! お言葉ですが、予算が足りないのは当然にございます……。これまで王国の歳入・歳出の管理、地方自治体からの決算書の精査、さらには各省庁の予算配分の調整に至るまで、そのすべてを取り仕切っておられたのは……エレノア様でございました」

「何だと……!?」

「エレノア様が去られてからというもの、裏で回っていた複雑な事務処理は完全に停滞しております。さらに、グランベル公爵家が独自に投融資していた事業資金や減税策の運用資本も、エレノア様の追放と同時にすべて引き上げられてしまいました……!」

「く、くそっ……! なぜあの女一人がいなくなっただけで、これほど莫大な仕事が滞るのだ! たかが書類整理係の女一人、代わりなどいくらでもいるだろうが!」

ジョセフは頭を抱えて叫んだ。

彼らは重大な事実を勘違いしていたのだ。王太子教育の一環と称してエレノアに膨大なデスクワークを丸投げし、彼女を「ただの都合の良い下請け」程度にしか思っていなかった。しかし実際のところ、前世の経営コンサルタントとしての知識をフル稼働させたエレノア一人によって、この王国の脆弱な財政構造と経済システムは支えられていたのである。

真の「優秀な経営者」を自らの手で追い出したツケが、今まさに王国を襲っていた。

「代替の人材を探せと命じたはずだ! 優秀な文官どもは何をしている!」

「それが……エレノア様が前世の……いえ、高度な知識で構築された独自の会計システムや流通管理マニュアルは、他の文官には到底解読できません。結果として税の徴収漏れが相次ぎ、地方からの税収は前年の半減以下にまで落ち込んでおります……」

「半減だと……!? 馬鹿な、そんな数字が出るはずがない!」

ジョセフの額から大量の冷や汗が吹き出す。

エレノアという「エンジン」を失った王国の財政は、ブレーキの壊れた車のように坂道を転がり落ち始めていた。彼女が密かに行っていた適切な産業育成や流通改革、関税調整といった「見えざる手」の加護が消えたことで、王国の各産業は一気に衰退。市場には粗悪品が溢れ、物価は高騰し、交易路の治安悪化によって商人たちも次々と王国を見捨てて国外へ脱出し始めていた。

「ええい、鬱陶しい! 役立たずどもめ!」

ジョセフは財務官を足蹴にすると、荒い息を吐きながら椅子に深々と身体を沈めた。

(なぜだ……なぜこんなことに……! 余は正義を果たしたはずだ! 悪毒なエレノアを処分し、真の愛を手に入れたのだぞ!)

ジョセフの頭の中に浮かぶのは、一年前に大広間で絶望し、泣き叫びながら命乞いをするはずだったエレノアの姿。しかし、思い返されるのは絶望の表情などではなく、まるでブラック企業からの解放を喜ぶかのような、晴れやかで完璧な貴婦人の微笑みだった。

(あの女……最初からこうなることが分かっていたというのか……!?)

背筋にゾッと冷たいものが走る。

だが、王国の狂った歯車は、財政破綻という目に見える形となって、さらに凶悪な速度で回転を強めていくのだった。

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