第10話:独立経済圏の完成
最果ての地・シルフィード領へ追放されてから、丸一年。
かつて雑草だらけの荒野であり、誰もが見捨てていた過疎の領地は、今や人口一万人を超える超巨大な「経済都市」へと、完璧な変貌を遂げていた。
かつてのひび割れた土壌は美しく整備された石畳へと変わり、整然と並ぶ耐火煉瓦造りの集合住宅、活気に満ちあふれる商業区、そして24時間体制で稼働する巨大な工場群が立ち並ぶ。中世特有の不衛生さは徹底的な下水道整備によって消え去り、住民たちは病気とは無縁の健康的で豊かな暮らしを謳歌していた。
「これより、第十二期決算報告ならびにシルフィード経済圏の進捗会議を開始します」
領主館の円卓会議室。私の呼びかけに、各部門の責任者たちが一斉に背筋を伸ばした。
「まずは金融・流通部門から。当領地が独自に発行を開始した『シルフィード金貨・銀貨』の流通状況はどうなっているかしら?」
財務責任者が誇らしげに羊皮紙を掲げた。
「完璧です、エレノア様! 我が領地の貨幣は、含有する貴金属の純度の高さと発行体の圧倒的な信用力により、周辺諸国や大手商会の間でも『最も信頼できる決済手段』として流通しております。現在では、隣国レヴィア帝国との国際貿易においても、本国(グランベル王国)の旧通貨ではなく、我がシルフィード通貨が基軸通貨として指定されるに至りました!」
「素晴らしいわ。通貨発行権の確立は、経済的独立の要よ」
私は満足げに頷き、続いて隣に座るアークへと視線を向けた。
「最高治安責任者(CSO)アーク、安全保障部門の進捗は?」
アークは静かに微笑み、洗練された動作で広域地図を広げた。
「極めて順調です、エレノア。近隣の治安維持部隊の組織化を完了し、現在ではシルフィード領を中心とする主要貿易ルート上の盗賊は完全に鎮圧されました。また、我が領地の繁栄と手厚い労働環境に魅せられ、周辺の弱小領地五カ国が『シルフィード経済同盟』への加盟を申請してきています」
「経済同盟……つまり、我が領地の規格(標準化)と関税自主権を受け入れるということね」
「その通りです。彼らはすでに本国の重税と無策に愛想を尽かしており、事実上、我がシルフィード領の傘下に入ることを望んでいます。これにより、当領地は武力を行使することなく、周辺一帯の『独立経済圏』を完全に確立いたしました」
会議室に拍手の音が響き渡る。
かつて本国から捨てられた最果ての極貧領地。それが今や、本国からの援助など一切不要であるばかりか、資金力、技術力、流通網、そして周辺領地への影響力において、国家一つを丸ごと買い取れるほどの圧倒的な国力を手に入れていたのだ。
自権制限なし、他人の介入なし、税率設定も自由。 前世の経営コンサルタントとして思い描いていた完璧な「プライベートカンパニー」の完成形が、今ここに結実した瞬間だった。
「みなさん、見事な成果よ。我がシルフィード領は、もはや一地方の領地ではない。独立したひとつの経済国家として、更なる高みへと躍進します!」
「「「おおおっ!!」」」
幹部たちの歓声が部屋を満たす。
◇
会議が終わり、全員が退室した後。私はテラスへ出て、夕陽に照らされる美しいシルフィードの街並みを眺めていた。爽やかなハーブの風が頬を撫で、街の活気ある喧騒が心地よく耳に届く。
「……感無量ですね、エレノア」
足音もなく隣に立ったアークが、並んで街を見下ろしながら呟いた。
「ええ。追放された当初は、どうなることかと思ったけれど……前世の知識と、優秀な人材、そして努力してくれた領民たちのおかげで、ここまで来られたわ」
「君のビジョンと執念が引き寄せた結果ですよ。……ところで、噂によると本国(グランベル王国)の現状は、かなり惨惨たるもののようですが?」
アークの言葉に、私は冷ややかな微笑を浮かべた。
「知っているわ。私が引き継いでいた王国の裏の業務や財政管理はすべて停滞し、無能な王太子と新ヒロインの贅沢三昧で、国庫は火の車だそうね。……自業自得というものよ」
優秀なコンサルタントを解雇し、経営基盤を自ら破壊したブラック企業がたどる末路は、いつだって一つしかない。
その時、慌ただしい足音が廊下に響き、ドアが激しく叩かれた。
「エレノア様! 大変です、大変ですわ!!」
飛び込んできたリザの顔は、驚きと引きつりで青ざめていた。
「どうしたの、リザ。落ち着きなさい」
「は、はい……! 本国……グランベル王国の王都より、王太子の命を受けた正式な『特使』が、大軍の供を連れて当領地の境界線に到着いたしました! エレノア様との緊急謁見を要求しております!」
「本国からの使者……」
私は手にしていた紅茶をゆっくりと口に含み、冷酷なまでに美しい笑みを浮かべた。
「ふふ、予想通りのタイミングね。王国の資金がついに底をつき、我が領地の富に目を眩ませて集かりに来たのかしら」
隣に立つアークも、その深い紺色の瞳に鋭い刃のような光を宿した。
「いかがいたしますか、我が領主様? 追いはらいますか?」
「いいえ、お通ししなさい」
私はくるりとドレスの裾を翻し、領主執務室の椅子へと優雅に腰掛けた。
「自分たちが何を捨て、何を敵に回したのか……たっぷりと教えてあげるわ」
最果ての極貧領地から始まった事業再生プロジェクト。その圧倒的な格差をもって、愚かな本国と元婚約者を完膚なきまでに叩きのめす「真のハッピーエンド」へのカウントダウンが、今まさに始まろうとしていた。




