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6話 食堂での顔合わせ

 午前の授業、という名の“居眠りタイム”を終え、セレナは学園寮の食堂へ向かった。


 食堂は寮の一階にあり、学園内で唯一、男女が自由に過ごせる場所だ。 調理場からは香ばしい匂いが漂い、空腹を刺激してくる。

 セレナは料理の乗ったトレイを持って空いている席に腰を下ろした。 さあ食べよう、とスプーンを手に取ったその瞬間――


「あなた、すごい度胸ね。初めての授業から爆睡するなんて。 あ、私はアウレリア。アウレリア・フォスティーナよ。よろしくね」


 金色のロングヘアを揺らしながら、上品な雰囲気の少女がトレイを手にセレナへ声をかけてきた。 一見すると典型的なお嬢様……だが、口調はどこか柔らかく親しみやすい。


「私はミア・フェリシアっす! 私も眠かったっすよ! あれ絶対、授業中に眠りの魔法かけてるっす!」


 アウレリアの後ろから、赤髪ショートの活発そうな少女が勢いよく割り込んでくる。 その人懐っこい笑顔は、初対面の距離感を一瞬で吹き飛ばすほどだった。


「もう、ミアってば……初対面の人に言うことじゃないでしょ。 私はエミリア・ロッサ。主にミアの暴走を止める係ね。よろしく」


 ミアの横に並んだのは、緑のお下げ髪の少女。 落ち着いた声とゆったりした喋り方が、知的で穏やかな印象を与える。


「私はセレナリア。セレナって呼んで」


 そう名乗った瞬間、セレナはふと気づいた。 ……この三人、どう見ても“平民の生徒”じゃない。

 気さくに話しかけてきたから気にしなかったが、立ち居振る舞い、言葉遣い、身につけている装飾品……どれも明らかに貴族のそれだった。


 (や、やば……! 初対面でこんなにフランクに話しちゃった……!?)

 セレナが内心で狼狽えていると、アウレリアがくすっと笑った。


「そんなに緊張しなくていいのよ。身分なんて、ここでは関係ないわ」

 エミリアが補足するように言う。


「アウレリアは侯爵家の娘だけど、気にしないで。私もミアも、そういうの気にするタイプじゃないから」

「そうっすよ! アウちゃんもエミっちも、ただの友達っす!」


 (アウちゃん……エミっち……!? 侯爵家相手にその呼び方……!?)

 セレナは思わず目を丸くしたが、三人は本当に気にしていない様子だった。


 ミアが、幼い頃から家同士の交流があって仲が良いのだと説明してくれる。

 するとエミリアが「でも、学園の中にまで世間での身分を持ち出してくる人もいるので、言動には注意をと小声で忠告した。


 そう言ってエミリアが視線を向けた先には、三人の令嬢のグループがいた。

 ミアも「あ〜〜、確かに……」と同意し、同じ方向を見る。


 ミアはそのまま、楽しそうに三人の紹介を始めた。どうやら本当におしゃべり好きらしい。


「んーと、一番前を歩いてるのがベリッサ・ノクティア伯爵令嬢。あのグループの親玉っす!」

「親玉って……」とアウレリアが苦笑する。


「で、手前を歩いてるのがリーナ・メルヴィ嬢。あそこは当主のお爺ちゃんには絶対服従だそーっす。まあ、うちも悪戯した日は夕飯抜きにされたんで、その日は口きかなかったっすけどね」


 ミアの自虐に、アウレリアだけでなくエミリアまで呆れ顔をした。


 だが、セレナだけはバン!と机を叩いて怒り出す。

「ご飯抜きはひどい! 私だったら一週間は口きかない!!」


「まあまあ……」とアウレリアが慌ててセレナを宥める横で、エミリアが続ける。

「そして一番後ろを歩いているのが、アンナ・フィレン男爵令嬢ね」


 その瞬間、エミリアとアンナの視線が一瞬だけ交差した。

 だがアンナは、すぐに何事もなかったかのように視線をそらす。


 微妙な空気を察したのか、アウレリアが話題を変えるように口を開いた。


「そういえば、同じ学年に早生まれの兄がおりますの。少々やんちゃで……良く言えば活発、悪く言えば無鉄砲なのですけれど」


 そのときエミリアが「あら、噂をすれば……」と男子寮の方を指差した。


 赤茶の短髪で、いかにもやんちゃそうな表情の少年が、薄い青髪の少年と並んで歩いてくる。

 青髪の方はほとんど返事をせず、黙々とトレイを受け取り、空席を探すように食堂内を見回していた。

 それを見て、アウレリアが立ち上がり、手を振って声をかける。


「お兄様、良ければここ、二人座れますわよ」


 エミリアの声を聞いた、赤毛の男が振り返り声のした方を見る。


「おっ、エミリア。ステラ、あそこにしよう」

「食べられれば、どこでもいい」


 2人はエミリアのテーブルに座り、アウレリアがステラに自己紹介をした。


「始めまして、ルキアーノの妹のアウレリアと言います」

「ミア・フェリシアっす!アウちゃんのマブダチっす!」

「エミリア・ロッサです。ミアとは()()()友達です」

「エミっち、ひどいっすー!」

「私はセレナリアと言います。平民です」


 ルキアーノが自己紹介をする。


「俺は、ルキアーノ・フォスティーナ。こいつの兄貴よろしく」

「ステラ―ド、よろしく」


「え?それだけ?」


 ステラのあまりに簡素な自己紹介にミアが驚いた。


「あーー、こいつはすべてがこうなんだよ。効率重視というか、無駄を嫌うと言うか…」


 ルキアーノが言っても無駄とばかりと…


「でもお兄様がここまで親しくされているのは初めて見ました」

「う~ん、いままでも侯爵家というだけで、近よってくる奴は割と多かったから、なんとなくそう言う奴はわかるんだよな……でもこいつには、俺と中よくなろうとか、侯爵家の力とか全く興味がないんだよ」


 そう言うとルキアーノがステラードの肩を組み”にっ”と笑って言った。


「でも、こいつは全くそう言う下心が見えないとユーか、俺が近づいても鬱陶しそうに追い払うし」


 ルキアーノの言葉にアウレリアだけでなくミアもエミリアも信じられないという顔でステラをみた。

 それほど、貴族社会で相手の家の力を利用する事は当たり前の事だった。


 ──その瞬間。 パリ―ン! 

 乾いた破裂音が食堂に響いた。


「ん?どっかの馬鹿が皿でも落としたのか?」


 ルキアーノは一瞬だけ周囲を見回した。 しかし特に騒ぎも起きていないと判断すると、すぐに視線を前へ戻した。



 《《 ベリッサ視点 》》


 また、あの子たちが群れている。


 ミア・フェリシアの甲高い声が、食堂のざわめきの中でも耳につく。

 アウレリア・フォスティーナは、今日も完璧な笑顔でそれに応じ、エミリア・ロッサは気取った顔で頷いている。


 ──本当に…… 本当に、目障り!!


 私は歩きながら、つい彼女たちの方へ視線を向けてしまう。

 羽虫のような取るに足らない存在なのに、気になってしまう自分が腹立たしい。


「一番前を歩いてるのがベリッサ・ノクティア伯爵令嬢。あのグループの親玉っす!」


 ……親玉?


 ミアの軽薄な声が、背中に刺さる。 彼女は何か喚きながらテーブルを強く叩いてなにやらわめいている。

 これだから爵位が低い家の娘はガサツで嫌いだわ。


 アウレリア達を横目で見ていると、エミリアがぴくっと動いた。 何を…??と思うと、

 視線の先にはアンナ。 アンナは私が見ていることに気づくと、すぐに目をそらした。


 しかしそれもほんの一瞬。 アンナは私が見ている事に気づくとすぐに視線をそらした。



 エミリアが男子寮の方を指差した。

 何を見ているのかと視線を向けた瞬間──胸がきゅっと締めつけられる。


 赤茶の短髪の少年──ルキアーノ・フォスティーナ。


 あの明るい笑顔。 

 周囲を照らすような雰囲気。 

 もっと“人間味のある光”。


 ……好き。 ……好き。好き好き好き好き!

 大大大好き!!!


 でも、絶対に口には出せない。


 ん??

 隣にいる少年はステラード、と言ったかしら。

 無表情で、何を考えているのか分からないタイプ。


 けれど、私には関係ない。



「お兄様、良ければここ、二人座れますわよ」

 アウレリアが手を振ると、ルキアーノは嬉しそうにそちらへ向かった。


 その光景が、胸に刺さる。 ──どうして、あなたばかり。


 どうして、そんなに簡単に“特別”を手に入れられるの。

 アウレリアは、ただ生まれただけで、ルキアーノの隣に立つ権利を持っている。


 “妹”という、誰にも奪えない場所。


 呼べば振り向いてもらえる距離。

 手を伸ばせば触れられる関係。

 笑えば、同じ笑顔を返してもらえる絆。


 私はどれだけ努力しても、

 どれだけ成績を上げても、

 どれだけ礼儀を磨いても──


 その場所には、一生届かない。


 アウレリアが生まれた瞬間から持っているものを、私はどれだけ願っても手に入れられない。


 羨ましい。

 悔しい。

 苦しい。


 胸の奥で、黒い泥のような感情がゆっくりと広がっていく。


 ──もし、私が“妹”だったなら。


 ルキアーノは、あんなふうに笑ってくれただろうか。

 私の名前を、あんな優しい声で呼んでくれただろうか。


「でもこいつは全くそう言う下心が見えないとユーか、俺が近づいても鬱陶しそうに追い払うし」


 ルキアーノが、ステラードの肩を組んだ。

 その姿を見た瞬間、胸の奥がズキンと痛んだ。


 ──え……?


 私以外に、そんな顔を見せないで、

 私以外に、そんな声で話しかけないで。

 私以外の人に、触れないで。

 私以外に……私以外に……!


 気づいたときには、手に持っていた皿が指から滑り落ちていた。


 パリーン!


 食堂中に響く、乾いた破裂音。

 周囲が一斉にこちらを見る。 ルキアーノも、アウレリアも、ミアも、エミリアも。


 私は、息ができない。


 ──どうして。 どうして、あんな顔をステラードに向けるの。


 胸の奥が、焼けるように熱い。 嫉妬とも、怒りとも、悲しみともつかない感情が渦巻く。

 私はただ、割れた皿を見下ろしながら、震える指先を必死に隠した。

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