5話 魔法学園寮へようこそ!
『中央魔法学園』は王都にある魔法を中心に学べる学校である。
学園は外での身分から離れる事と自立を促すため、全寮制となっていた。
朝。白々と明け始めた空気はひんやりとして、胸の奥まで澄み渡る。
その寮の門の前に、大きな荷物を抱えた少女が立っていた。
「わあ〜、ここがこれから生活するところかぁ。王都ってだけで、空気までおしゃれ〜」
胸を弾ませるセレナの耳に、突然、貴族の馬車から怒鳴り声が飛んできた。
「おい、そこのお前。そのまま、止まれ。寮へ一番乗りをするのはこの俺様だ」
声の主はダリオ・ロセッティ、ロセッティ伯爵家の次男だ。
火属性のギフトと燃えるような赤髪から“赤いの”と呼ばれ、何でも一番でなければ気が済まない、面倒くさいほどの自信家として有名だった。
彼は馬車から身を乗り出し、セレナを睨みつける。
「聞こえているのか、そこのお前! 俺様は何事も一番でないと許されない! だから寮に一番に入るのは俺様で――」
「そんなの関係ない、知らないよ」
「は? 待て!!」
「待たない!!」
セレナは軽やかに、ぴょん、と門を飛び越えた。
その瞬間、ダリオの顔が“火属性そのもの”みたいに真っ赤に染まる。
「あ~~……女ァ!! ロセッティ伯爵家を、俺様を、馬鹿にしたな!!!」
「へへ~んだ、いっちばーん!!」
勝ち誇った声を残し、セレナは寮の玄関へ駆けていく。 だが、玄関の前でぴたりと止まった。
「……あれ? 開かない?」
扉はびくともしない。 肩で押しても、足で踏ん張っても、うんともすんとも言わない。
(なんで!? こういうのって押せば開くんじゃないの!?)
ぶっきらぼうな性格ゆえ、仕組みを確認するという発想はない。
セレナはただ全力で押すしか思いつかなかった。
悪戦苦闘していると、背後から足音が近づいた。
「なんだ、女。まだ入ってないのか」
ダリオが馬車から降り、胸を張って歩いてくる。 その顔には、勝者の余裕がべったり貼りついていた。
「扉があかないんだよ、まだ開く時間じゃないのかな?」
セレナが必死に扉を押している横を、ダリオは鼻で笑いながら通り過ぎる。
(くっ……! このままじゃ“赤いの”に負けたみたいじゃん! なんで開かないのよ、もう!!)
ダリオはポケットから学生証を取り出すと、それに魔力を流した。
すると学生証から魔力が流れ、扉の上にある魔晶石に吸い込まれていった。
『……第426期生、ダリオ・ロセッティを確認。セキュリティレベル3 ようこそ魔法学園学生寮へ……』
ピッ。
扉が、まるで彼にひれ伏すように静かに開いた。
ダリオは振り返り、口の端をゆっくりと吊り上げる。
「“一番”ってのはな、こういうことだ。 覚えておけ、女」
扉が閉まる「カシャン」という音が、セレナの胸に追い打ちをかけた。
「……っ、なによあれ! 学生証をかざしただけでドヤ顔しちゃってさ!」
セレナは両手を腰に当て、扉の前でぷんすか跳ねるように足を鳴らす。
「くそーっ、なんで押しても開かないのよ! 押せば開くでしょ普通! なんで学生証なのよ! 誰も言ってくれなかったし!」
扉を指さして文句を言い、次の瞬間には両手をぶんぶん振り回す。
「赤いののくせに……! あんなの勝ちじゃないし! ぜんっぜん勝ちじゃないからね!!」
最後に、つま先で扉をドンッと蹴る。
『……ビーーー!!、当施設に対して軽度の攻撃を確認。継続された場合、脅威を排除します……』
「うそ!? わーー、たんまたんま!!」
突然の警告音に、セレナは飛び上がるように慌てて手を振り、
「間違いでした! 今のは違うの! ほんとに違うの!!」
と必死に訂正した。
警告音がようやく止まり、セレナが胸をなでおろすと改めて自分がこれから暮らす学生寮を改めて確認する。 彼女の目の前にそびえる学生寮は、王都でも指折りの施設だ。
中央魔法学園の寮は、東棟が男子寮、西棟が女子寮と、左右に大きく分かれて建っている。
その二つの棟のあいだには、中央食堂がどっしりと構え、三つの建物がコの字を描くように並んでいた
寮の内部は、魔法学園らしく機能的で、かつ魔法を前提に設計されている。
一階フロア — 入口ホールの奥には、
・生徒同士が交流できるレクリエーションルーム
・静かに勉強できる自習室
・簡単な魔法実験ができる小規模ラボ
などが並び、昼夜問わずにぎわっている。
二階フロア — 一年生の居住階。
部屋は二人部屋が基本で、魔力測定器や簡易結界が標準装備されている。
初めての寮生活に戸惑う生徒が多く、廊下はいつも活気に満ちている。
三階フロア — 二年生の階。
魔力量が安定してくるため、部屋の設備も一年生より高度で、
自主研究用の小部屋や、魔法具の保管ロッカーなども備わっている。
そして中央にある食堂は、三食すべてをまかなう巨大施設で、魔法調理器具が並び、魔力で温度管理された保存庫まである。
寮生たちの胃袋と生活リズムを支える、まさに“学園の心臓部”だった。
セレナに割り当てられた部屋は、2階の一番奥の部屋だった。 扉を開けるなり荷物を机へ放り投げ、本人はベッドに大の字で倒れ込む。
「ふぅ~~、朝早かったから眠ぅ~い」
言い終えるより早く、すぅ、と寝息が漏れた。
ゴ~~ン! ゴ~~ン!
重たい鐘の音が、部屋の空気を震わせる。
「……んぁ?」
セレナは半目のまま上体を起こし、ぼんやりと視界をさまよわせる。
その視界の端に見知らぬ女性が、腕を組んで立っているのが映った。
「……最初の授業からサボりですか?」
低く、冷えた声。 その声音に、セレナの眠気が一瞬で吹き飛ぶ。
「えっ、ちょ、今何時???」
「10時です。堂々と寝坊しておいて、まず時間を聞くんですね。 ……というか普通、“あなた誰?”が先でしょう?」」
女性は眉ひとつ動かさず、淡々と刺すように言い放つ。
中性的な顔立ち、女性にしては高い背、淡い青のセミロング。
セレナは慌ててベッドから飛び降り、髪をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。
「だ、だって知らない人が勝手に部屋にいたらビビるでしょ!? ていうか、なんで入ってきたの!?」
「鍵、開いてましたよ。
……それに、私はあなたの“ルームメイト”です。 フローネ、今日から一年間よろしくお願いしますね?」
彼女は淡々と自分の事を説明し、短く挨拶をした。
「ひぃっ……なんか怖い!!」
「怖がられる筋合いはありません。 寝坊して初日から授業を飛ばすあなたの方が、よほど問題です。」
ぴしゃり。 言葉のキレ味が、まるで刃物。
セレナは肩をすくめながら、心の中で叫んだ。
(うわぁぁぁ……よりによって、こんなキツそうな人と同室ぅ!?)
セレナは落ち込む気持ちをぐっと押し込み、髪と服を軽く整えると、急ぎ足で講堂へ向かった。
最初の授業は“四神の起源”についてだった。 講堂は円形で、中央に講師が立ち、その周囲を取り囲むように生徒席が配置されている。外側へ行くほど席が高くなる、まるで劇場のような造りだ。
「……というわけで、世界は“四神”と呼ばれる巨大な魔物によって管理されていたと言われている。 この世のエネルギーを司る 炎帝イグナ=ラヴァル、生命の循環を統べる 水母ナギ=リヴァイア、気候を管理する 風皇アエル=ストルム、そして世界そのものの形を作る 巌王ガルダ=テラノス。
一説には、この巌王の別称が“山神”だったのではないかとも言われている……」
「うぅ~~……眠い……」
レナは“講義”という名の眠りの呪文に必死で抗っていたが、こらえきれず大きなあくびが漏れた。
「……そして、その四神の巨大な魔物を統べる手段として“ギフト”が人に与えられた。 教会の古い文献には、すべての魔力を操るギフト……《魔力視》 の記述が残されて……」
「むにゃ……むにゃ……もう食べられない……」
ついにセレナは眠りの呪文に捕らわれ、こっくりと前に倒れかけた。
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