38話 ベリッサの想い(欲望)2
《《 ベリッサ視点 》》
ルキアーノが姿を見せた瞬間、ベリッサの思考は一瞬で停止した。
赤茶の髪、柔らかい笑み、整った顔立ち、そのすべてが、彼女の好みのど真ん中。
(な、なにこの……完璧な美少年……!)
胸がぎゅっと締めつけられ、呼吸の仕方すら忘れそうになる。
普段なら傲慢で強気な伯爵令嬢のはずが、今はただの“恋に落ちた少女”だった。
「──あ、いたいた。あれ?君は?」
ルキアーノが気さくに声をかけてくる。
その瞬間、ベリッサの脳内で何かが爆発した。
(しゃ、喋りかけられた!? わ、わたしに!? え、え、え……!)
「わ、わ、ワタクシはベリッサと言いましゅ……! しゅ、趣味は植物鑑賞で……かわいいもの集めです……!」
言いながら自分でも何を言っているのか分からない。
普段なら絶対に見せない“しどろもどろ”な態度に、後ろのメイド達のざわめきが聞こえてきた。
(え? ベリッサ様が……丁寧? しかも可愛い物を集めるのが趣味って言った? 人の物を奪うの間違いじゃ……いつもの“ワタクシに跪きなさい”ご挨拶はどこへ……?)
メイド達は、相手が侯爵家だろうと王様だろうとベリッサが無礼を働くと確信していた。
後で“言いがかり”で何人かはクビになると覚悟していたほどだ。
しかし──その心配は完全に杞憂だった。
「お兄様、このお方はノクティア伯爵家のご令嬢ですわ」
アウレリアが補足すると、ルキアーノは柔らかく微笑んだ。
「……失礼、僕はフォスティーナ侯爵家のルキアーノと言います。今日は父の付き合いのノクティア伯爵にご挨拶にと、妹と一緒に伺わせていただきました」
(ち、乳の突き合い……? いきなりそんな…… でもワタクシも大人の階段を二段飛ばしで駆け上がってもよろしくてよ……!)
ベリッサは完全にポンコツ化していた。
ただ名前を名乗られただけで、心臓が跳ね上がり、視界がきらきら輝いて見える。
──一目惚れとは、こういうことなのだと痛感しながら。
視界が揺れると、そこは城で催された社交場の風景だった。
(そうですわ、ワタクシはここで、ルキアーノ様が侯爵家嫡男として抱えるお悩みを伺い、なんとしても“炎帝の主“になると心を決めたのでしたわ)
「ベリッサ嬢。 僕は、この国を(民にとって)暮らしやすい国にすることを目的にしているんだ」
「まぁ……ルキアーノ様。 (ワタクシとルキアーノ様が)暮らしやすい国……なんて素敵な響きでしょう」
ルキアーノは一瞬だけ言葉に詰まり、苦笑を浮かべた。
「しかし……王国では選民意識が強い。 フォスティーナ侯爵家というだけでは、まだ発言力が弱いんだ。 だから僕は、誰もが無視できない力を持つために―― ”炎帝”の主を目指そうと思っている」
「”炎帝”の主……ですか?」
「ええ。 僕の考えに賛同してくれるなら、”炎帝”の主になるのは僕じゃなくてもいい。 例えば……僕の正妻になる人だったり」
その言葉を聞いた瞬間、ベリッサの胸に甘い衝撃が走った。 ベリッサには、求婚の前置きにしか聞こえなかった。
”炎帝の主になりさえすればルキアーノと結婚できる”――と、心に刻み込んでしまった。
「まぁ、ルキアーノ様。 そのお考え(ワタクシとのご結婚)は、なんて素晴らしいのでしょう。 このワタクシ、ルキアーノ様のお考えに、いたく感服いたしましたわ」
「えっ? いや、僕はその……民のための政治を――」
「ルキアーノ様の(ワタクシとの結婚の)お考えは、よーく分かりましたわ。 そのお考えを実現するため――炎帝の主となり、必ずルキアーノ様の隣に立ってみせます」
「……ありがとう、ベリッサ嬢。 君みたいに“僕の未来を一緒に考えてくれる人”がいるのは心強いよ」
(未来を……一緒に……? まぁ……まぁまぁまぁ……! ルキアーノ様ったら、こんな公の場でプロポーズだなんて……! 大胆ですわ……!)
そうですわ、ワタクシはあの時ルキアーノ様にプロポーズを受けたのでしたわ。
ですが、ルキアーノ様ったら、あの後ワタクシの猛アピールにお照れになって学園でもわざとそっけない態度で……でもそんなところも ス・テ・キ(きゃっ!)
はっ! そうでした。こんなところで思い出に浸っている場合ではありません。 ルキアーノ様との幸せな結婚生活の為にも、どんな手段を取ってでも”炎帝の主”にならなければ……
気づくとベリッサはヴォルカニア火山の中腹に立っていた。
さっきまで愛しのルキアーノ様との運命の出会いの記憶に浸っていたはずなのに、目の前には変わらず炎蜥蜴が、ちょこんと座っていた。
ベリッサは腕に浮き出た文字、 ”資格欲する者、自らが望む欲望を示せ” が一瞬かき消えたと思うと、別の文字へと変わった。
”汝の望む欲望は炎帝の主たる資格には能わず”
「……何ですって――!! このワタクシに(ルキアーノ様の正妻の)資格がないですって!! ルキアーノ様の為に炎帝をワタクシの下僕にして差し上げるという崇高な願いが分からないなんて…… これだからトカゲは嫌なのよ!!」
腕に浮かんだ文字を見た瞬間、ベリッサは激昂した。
炎蜥蜴はそんな彼女を見て、(いや、俺のせいじゃないだろ)と思ったかどうかは定かではない。
「ベリッサ様、腕の文字を見る限り……これ以上進むのは難しいかと思われます。 でしたら気持ちを切り替えて炎帝の主は諦め、温泉に私と入りませんか? お背中をお流しします。 いえ背中だけではなく――すべてを洗わせてください」
「……用事がなくなったなら、セレナさんの所に行ってもいいですか? いいですね」
「ちょっと貴女たち、これはワタクシがルキアーノ様と結婚出来るかどうかの大事な……」
「無理ですね」
「無理だと思います」
リーナの頭の中はこれからのベリッサとの邪な事で一杯になっていて、、アンナにとっては一秒でも早くセレナの所に行くためにすでにベリッサの事などお構いなしになっていた。
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