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39話 ルキアーノの覚悟

 ヴォルカニア火山のBルートを進むルキアーノ一行。アウレリア達はAルートを進んでいる為、互いに被らないように違うルートにしていた。


「ルキアーノ様……我々はここまでとなります。ステラード様、どうかルキアーノ様を……宜しくお願いします」


 騎士はそう告げると、袖をまくり、腕の火傷の痕を見せた。そこには赤黒く焼けただれた皮膚の上に、拒絶の文字が浮かび上がっている。“火山が彼らを拒んでいる”――その事実は、誰の目にも明らかだった。


「わかった。ここから先は……俺とステラの二人で進む」


 灼熱の空気を切り裂きながら進む。ふとステラはルキアーノの足取りに違和感を覚えたが、火山の暑さによる疲労だと思い込み、深くは考えなかった。



 騎士たちが引き返した地点を越えてしばらく進むと、ステラは腕にズキズキとする痛みを覚え、袖を捲ると腕に、火傷のような痕が文字となって浮かびあがっていた。


 ”資格無き者、炎帝への謁見叶わず”


「ルキアーノ、どうやら僕もここまでのようだ…」


 ステラは自分の腕に出た文字をルキアーノに見せルキアーノも自分の腕の文字を確認した。


 ”資格欲する者、自らが望む欲望を示せ”


 その文字が消えた瞬間、目の前の溶岩が盛り上がり、炎蜥蜴(ブレイズリザード)が現れた。

 ステラが攻撃しようとするが、魔法は発動しなかった。どうやら、僕は炎帝に会う資格がないと妙に納得した。


 では資格があると認められたルキアーノは攻撃が出来るのでは? と思ったが、彼は無抵抗で炎蜥蜴(ブレイズリザード)の尻尾が、巻き付くまま抵抗らしい抵抗をしなかった。


「ルキア―…」


 ステラの声を聞きながら、ルキアーノは炎蜥蜴(ブレイズリザード)にされるがままにその身を任せた。

 ルキアーノは一瞬、時間が巻き戻ったような感覚に包まれた。



 《《 ルキアーノ視点 》》


「ルキアーノ、お前に伝えておくことがある」


 背後から声がして振り向くと、フォスティーナ侯爵が立っていた。 そして、俺のすぐ横には、七歳の俺が緊張した面持ちで直立していた。

 幼い俺にとって、父を“怖い大人”だった。 厳格で、怒らせてはいけない存在。 毎日、今日は叱られないだろうかと胸を縮こまらせ、びくびくしながら過ごしていた。


「父上、お話とは何でしょうか?」

「来たか、ルキアーノ。 お前も七歳になったことだし、そろそろ知っておく頃だと思ってな」


 そう言うと、父は広大なフォスティーナ家の敷地の奥へと歩き出した。 幼い俺は父の背中を見ながら、その後を追う。

 最初は、侯爵家らしい華美な庭園が広がっていた。 整えられた花壇、噴水、季節ごとに植え替えられる色鮮やかな花々―― ”貴族の象徴”と呼べる美しさがそこにはあった。

 だが、歩みを進めるにつれ、庭園は少しずつ姿を変えていく。 花壇は途切れ、手入れされた芝生は荒れ始める。 噴水の水は止まり、装飾の彫像は苔むしていた。 華やかさは徐々に薄れ、代わりに“無機質な静けさ”が支配していく。


 さらに奥へ進むと、装飾は完全に消えた。 そこにあるのは、ただの土と石、そして――鋼鉄の檻。 まるでここから何かを逃がさないように、敷地の空気そのものが変わっていた。


「俺は……貴族とか平民とか、そんな区別――いや差別のない世の中になるなら、誰が炎帝の(ぬし)になってもいいと思ってる。いや、出来れば俺以外の誰かがなってくれれば……」


 これから見る光景を思い出したのか、ルキアーノは心の底にに押し込めていた本音を吐露した。 それは侯爵家嫡男とは思えないものだった。

 七歳のルキアーノは、これから起こることを知っているかのように、身を縮めて緊張していた。


「着いたぞ、ここだ。 この先は侯爵家でも一部の人間しか知らない。 ルキアーノ、貴様も他言無用だぞ」


 父はそう言うと、鋼鉄の檻を開け、奥に建つ建物の中に入って行く。 建物の中は、一切の無駄がなかった。 真っ白な壁、真っ白な床―― まるで感情というものを排除したような空間。 装飾も飾りもなく、ただ“機能”だけが存在している。

 途中では誰ともすれ違わず、人の声も聞こえない。 静寂が耳を圧し、足音だけがやけに響く。


 中を進むと、大きな扉が現れ、その前に一人の騎士が立っていた。 彼は父の姿を確認すると、深く頭を下げ、無言で扉を開いた。

 通り過ぎるとき、騎士は俺を見た。 その目は、哀れみとも、諦めともいえる色を帯びていた。



 中に入ると、肌の上に球の汗が噴き出てくるほどの熱気が全身を包んだ。 息を吸うだけで肺が焼けるような、異常な温度だった。

 見ると―― 赤い髪の、自分よりも小さな女の子が五人。 床に倒れ込み、ぐったりと動かない。 髪は汗で張りつき、呼吸は浅く、唇は乾ききってひび割れていた。 幼い身体は熱に耐えきれず震え、指先は痙攣している。


「倒れているんじゃない! なまけずに魔力を外に出し続けろ!!」


 怒号が響くと、五人はびくりと身体を震わせ、もぞもぞと起き上がった。 立ち上がるというより、無理やり引きずられるように身体を起こす。 魔力を振り絞るたび、幼い肩が痙攣していた。

 およそ幼い子供にする行動とは思えず、俺は父に問いかけずにはいられなかった。


「父上、あの子たちがどこの家の子供だろうと、フォスティーナ家の敷地の中で、こんな非道なことは、すぐにおやめください」

「何をふぬけた事を言っている。 あの子供たちは”炎帝”が現れた時にフォスティーナ家から(ぬし)を出す為の贄だ。 お前もフォスティーナの人間なら、甘い考えは捨てろ」


 父の話では、”炎帝”が現れたときに俺が(ぬし)に選ばれなかったら、あの子供達との間に子供を作れ、と。 彼女らは火属性の高い子供をつくるためだけの道具だ、と。


「炎帝の(ぬし)に万一お前が選ばれなくても、お前の子供が選ばれればフォスティーナ家は安泰だ。 安心しろ、その時はこいつらは裏で始末してやる。秘密が洩れる事はない。 その上で、子供の母親は適当に貴族家から見繕ってやる」


 父は、笑っていた。

 俺も笑っていた―― だが、引きつった顔は笑えていなかった。


 フォスティーナ家の為? 炎帝の(ぬし)を出す為の贄? 父の言葉が理解できなかった。

 四神の(ぬし)に選ばれる事は、そんなに偉いのか? 俺が(ぬし)になりたかったのは、そんな特権階級をぶち壊して、貴族も平民も区別されない世の中を作れると思ったからだ。

 これだと、本末転倒じゃないか! 


 ……そうだ、俺はこの光景を見せられて、フォスティーナ家に、貴族という存在に、そしてこの世の中に―― 心の底から絶望したのだ。


 四神の(ぬし)の話が夢物語で済むなら、闇は闇のまま、見なかった事にしてしようと思っていた。 だが、炎帝の(ぬし)の情報が出た今、もう隠し通せない。

 自分が(ぬし)になれず空席のままなら、フォスティーナ家はその座を何としても手に入れようとするだろう。 それは、あの少女たちの未来が閉ざされるということだ。


 そう思うと、一歩たりとも前に進む気になれなかった。 たとえ、それが無駄な抵抗だったとしても。


 腕に痛みが走り、ルキアーノは我に返った。 周りを見回すと、そこはヴォルカニア火山の中腹だった。 目の前には変わらず炎蜥蜴(ブレイズリザード)が、座っていた。

 ルキアーノは袖をまくり、腕に浮かび上がった文字を見る。 ”汝の望む欲望は炎帝の(ぬし)たる資格には能わず” 文字にはそう書かれていた。


「はっ……はははは……なんてこった、見ろよステラ。 俺は不適格だってさ。あはははは……」

「ルキアーノ……」

「決めたぞ、ステラ。 俺は父上―― フォスティーナ家と決別する! 罪のない子供を犠牲にして手に入れた”炎帝の(ぬし)”なんてくそくらえだ!」


 その言葉は、侯爵家嫡男としてはあまりにも大胆で、あまりにも危険で、しかし―― あまりにも正しかった。

 フォスティーナ侯爵家との縁を断つ覚悟は、ルキアーノにとって恐ろしく大きな決断だった。 不安はでかい。 だが同時に、自分が理想とする世界―― 貴族も平民も区別されない世界を思い浮かべた瞬間、ルキアーノは心の底から解放された。

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