35話 ミアの想い1
『ルキアーノさまぁ〜〜〜っ!!』
ヴォルカニア火山の麓に張られたフォスティーナ侯爵家騎士団の天幕。 その静けさを破るように、なんとも言えない叫び声が響き渡った。
「アウちゃん、エミっち……今の聞こえた?」
「ええ、間違いなくベリッサさんの声でしたね」
「ベリッサさん、何かあったのでしょうか?」
アウレリアが心配そうに眉を寄せるが──
「「さまぁ~~(ハート)、は妄想世界で暴走してる時の声!」」
「だね」
「ですね」
ミアとエミリアが、息ぴったりに即答した。
アウレリアがぽかんと口を開ける。
「……そんなに分かるものなんですか?」
「分かるわよ。あの人、ルキアーノ様関連だと声のトーンが二段階くらい上がるもの」
「しかも語尾が伸びるんだよね、『さまぁ〜〜』って」
エミリアが肩をすくめると、アウレリアは「あぁ〜……」と納得したように頷いた。
そして同時に、心の中で固く誓う。 万一ノクティア家との婚姻話が持ち上がったら、全力で阻止しよう。
(まぁ、お兄様は今のところ特定のご令嬢に好意を寄せている様子はないですけれど…… むしろ一番親しいのはステラード様でしょうか? そう言えば天幕も一緒だと聞きましたし……)
そこまで考えた瞬間、アウレリアははっとある可能性に思い至り、顔を真っ赤に染めた。
「ち、違いますわよね!? そんな……そんなはず……!」
ぶんぶんと頭を左右に振り、頭の中の妄想を必死に振り払う。 気を落ち着けようと深呼吸し、セレナとミリムがいる天幕の布を開けて中に入る。
中では、二人が大量の食べ物を口いっぱいに詰め込んでいた。
「あ、アウレリア、おあよー、……んぐっ。 ごくん!」
「セレナったら、朝からそんなに食べて…… この暑いのによく食欲がありますね」
アウレリアが呆れるが、セレナもミリムも、食事の手を止める気配はまったくない。
「セレナったら、これ持ってて。 持っているとだいぶ楽になるから」
「ん? なにこれ??」
「火属性の魔石よ。 ここは火属性の魔力が濃いから、それがあるとだいぶ楽になると思うわ。 ご飯を食べたら、ヴォルカニア火山をAルートで登るから、準備しておいてね」
セレナは魔石をじっと見つめ、了解を伝えた。
ルキアーノはBルートを進むと言っていた為、ルートが被らないように、アウレリアは敢えて別のルート、Aルートを選んでいた。
また、先遣隊の報告で「魔力が少ない者は途中で進めなくなる」と判明している。 そのためアウレリアは最初から自分たちだけで進む覚悟を決めていた。
「アウレリア様、我々はここまでとなります…… どうかお気をつけて」
フォスティーナ騎士団の一人がそう告げると、腕の火傷の痕をまくって見せた。
そこには、赤黒く焼けた跡とともに、教えてもらっていた拒絶を示す文字が浮かんでいた。
アウレリアは静かに頷いた。
「ありがとう。ここから先は、私たちが行きます。皆は後方の安全を頼みます」
騎士たちが引き返した地点を越えてしばらく進むと、ミア以外の腕に、火傷のような痕が文字となって浮かびあがった。
”資格無き者、炎帝への謁見叶わず”
――そしてミアの腕には別の文字が浮かぶ。
”資格欲する者、周りの者へ示したい事を示せ”
その文字が消えた瞬間、目の前の溶岩が盛り上がり、火属性の魔物、溶岩粘体が現れた。
溶岩粘体は極端な火属性を持ち、火属性魔法ではダメージどころか回復させてしまう。 倒すには、反対属性、特に水属性が有効だ。
しかし、ミア以外のアウレリア達は腕に浮かんだ文字の通り、魔法が発動出来なかった。
唯一魔法を使えるミアが、前に出て、炎柱を放つ。
轟音とともに、魔物の足元から巨大な火柱が噴き上がる。 だが、ダメージを与えるどころか、溶岩粘体は回復しているように見えた。
「どっどうしよう。私だとこいつ倒せないよ」
「なにか方法があるはずだよ、きっと」
「ミアちゃん、がんばだよ」
「むぅ、アレ不味そう…」
ミアの炎柱が消えると、溶岩粘体が一瞬震えたと思った瞬間、突然大きくなり、ミアに覆いかぶさって来た。
突然の事に、ミアは対応できず、溶岩粘体を頭から被ってしまった。
「しまっ!…… がぼっ!!」
「「「ミア!!」」」
魔物への攻撃手段も、ミアの救出方法も思いつかず、アウレリア達は只見ているだけしかできずにいた。 それを忸怩たる思いで見つめていた。
一瞬、時間が巻き戻ったような感覚がミアを包んだ。
「……あれ?? ここは……」
目を開けた先に広がっていたのは、どこか懐かしい田園風景。
ロセッティ領の西端、男爵家の屋敷があるあの“端っこ”の土地。王都寄りのロセッティ本家とは違い、起伏の多い丘陵と、素朴な畑が続く、まぎれもない田舎だった。
腰の高さまで育った作物が、風に揺れて波をつくる。 夏の陽射しは強いのに、吹き抜ける風は驚くほど心地よい。
土の匂い、草の匂い、遠くで鳴く鳥の声―― 全部が、ミアの幼い頃の記憶をそっと呼び起こす。
「そうだ……家の近くの……」
ミアはゆっくりと周りを見回す。 丘の向こう、畑の端に一本だけ立っていた大きな木…… 幼い頃、よく村の子どもたちと遊んだ場所だ。
だが、目に映ったその木は、記憶と違っていた。
「……あれ? あそこの木は、小さい頃に雷が落ちて……燃えちゃったはずなのに……」
確かにあの日、激しい夕立のあと、雷が落ちて木は黒焦げになった。 枝は折れ、幹は裂け、翌朝には村人たちが「もう駄目だろう」と話していた。
ミア自身、泣きながらその木の前に立ち尽くした記憶がある。
――なのに。 今、目の前にある木は、まるで何事もなかったかのように青々と葉を茂らせていた。 幹は太く、力強く、生命力に満ちている。 その姿は、幼い頃に見た”あの木”とまったく同じだった。
「おーい、遊ぼうぜ!!」
突然、背後から声がした。 ミアは反射的に振り返る。
そこには、子供の頃、毎日のように一緒に遊んだ近所の男の子が立っていた。 泥だらけの半ズボン、日焼けした腕、笑うと見える欠けた前歯。 記憶の中の姿と寸分違わない。
そして、その男の子の横には… そこに立っていたのは、十年前の自分。
麦わら帽子をかぶり、少し大きめのワンピースの裾を握りしめて、不安そうに、しかし好奇心を隠しきれない目でこちらを見ている。
――あれは、間違いなく“幼いミア”だった。
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