34話 ヴォルカニア火山2
フォスティーナ侯爵家騎士団の天幕に、騎士団員が静かに入ってきた。
「失礼します。 ステラ様、こちらはルキアーノ様からのお預かり物になります」
「ルキアーノから?」
「はい、ヴォルカニア火山は”火”属性の魔力が強すぎるため、人によっては突然体調を崩される恐れがあります。 もし体に変調がありましたら、すぐに天幕へお戻りください」
「分かった、その時は無理をしないで戻るよ」
ステラは受け取った魔石を制服のポケットへ仕舞い、騎士団員へ軽く頷いて礼を伝えた。
天幕を出た瞬間、むわっとした熱気が頬を叩く。
そのとき、ポケットの中の魔石から水属性の魔力が漏れ出て、ステラの魔力が僅かに上がる。
「ん……? 気のせいかな。 今、ちょっと調子が良くなった気がしたけど……」
だがその直後、身体の芯が重く沈むような感覚がステラを襲った。
「……なんだ、体が重いな……」
「おっ、ステラ。 体調が悪いって聞いてたけど、思ったより平気そうじゃないか」
声をかけてきたのはルキアーノだった。
「ルキアーノか、少し体が重いけど。そんなに心配されるほどじゃない。 それより、魔石ありがとうな、少し調子が良くなった気がした」
「そいつはよかった、騎士団にも火の属性魔石を配っているが、あいつらは”かなり調子が良くなった”って言ってたぞ。 属性の慣れの問題なのかもな」
ステラは、最初に感じた“体の軽さ”を魔石の効果だと信じ込み、その後の不調をただの気のせいだと思い込んだ。
しかし真実はその逆で、水属性魔石が火山地帯に満ちる火属性魔力と反発し、ステラの身体にかかる負荷を倍増させていたのだ。
だがステラ自身の魔力量が常人とは比べ物にならないほど多いため、その異常に気づくことはできなかった。
ロセッティ騎士団の天幕の外は火山風が砂を巻き上げ、布地がバサバサと揺れて、内部の空気まで落ち着かなく震えていた。
周囲に控えている数名の騎士は、誰も口を開かない。
ダリオの苛立ちが天幕の空気を支配しており、彼が動くたびに鎧の金具が小さく鳴る音さえ、場の全員を強張らせた。
「どういうことだ!? ヴォルカニア火山には、ステラもルキアーノ様と一緒に入ると言っているぞ。 魔石はちゃんとすり替えたんだろうな」
「はっはい……それはちゃんと確認しております……」
「なら、何故あいつは何事もなく山に入れるんだ」
ダリオは拳を奮わせ握りしめた。 炎帝の主になれるとは、もとより思っていない。
彼の目的は、フォスティーナ侯爵家に恩を売り、側近の座を得ること。 そのために、伯爵家が掴んだ貴重な情報まで共有したのだ。
その時、天幕に一人の騎士が入って来た。
「ダリオ様、ご報告します。 ヴォルカニア火山の頭頂部へはAルートとBルートがあり、それぞれ先遣隊が調査しました。 ……が」
「ん? どうした。 黙っていたらわからんだろう」
騎士は一瞬ためらい、そして言った。
「……全員帰還しました。 正しくは―― 全員、途中から先へ進めなくなりました」
「先に進めなくなっただと?」
「これをご覧ください」
騎士は、ダリオに腕をまくって見せた。
露わになった皮膚には火傷のような痕が刻まれ、そこに文字が浮かんでいた
”資格無き者、炎帝への謁見叶わず”
「なんだ、これは……」
騎士は深刻な面持ちで報告を続けた。
「ルートを進んでいくと途中から一人、また一人と倒れる騎士が続出しました。 倒れた者は全員、このような痕が…… どうやら魔力量が少ない騎士ほど先へは進めない様でして、私以外の騎士が全て倒れた時点で、その者たちを回収し帰還しました」
それを聞いたダリオは考えこむと……
「他の…… ルキアーノ様の所と、ベリッサの所はどうなっている」
「フォスティーナ侯爵家騎士団は、こちらと同じ状況で、今頃ルキアーノ様に報告している頃かと。 ノクティア騎士団は―― 現在ベリッサ様たちだけで進行中です」
「ベリッサが先行部隊を出さずに、自分たちだけで? ……あの恋愛脳バカが」
ダリオは額を押さえ、深いため息をついた。 しかし紅蓮場でのベリッサの行動を思い返し考えを改める。
「いや、訓練場の火柱をまともに浴びても笑っていたあいつの魔力量はバカにできない。 まぁ、あいつの頭の中はどうしようもなくバカだがな」
ベリッサは自分の野望の障害にはなりえない―― そう判断したダリオは、やはり最大の障害はステラだと結論付けた。
その頃、ヴォルカニア火山の頭頂部へと続くAルートでは、ベリッサたちが進行していた。
周囲の空気は熱を帯びていて、天幕の中が快適と言えるほどの熱波吹き荒れている。 そこに立っているだけで肌に汗が吹き出し、学園の紅蓮場など子供だましに思えるほどの灼熱だった。
「あの…… ベリッサ様。 たいへん言いにくいのですが……」
アンナが顔を真っ赤にして、言葉を詰まらせた。
「なに? はっきり言いなさい」
「はい…… その…… ベリッサ様の服が汗で張りついてしまって、その…… すっスケスケになってます」
「えっ?」
アンナはさらに続ける。
「それに、この熱風で上昇気流が発生して…… スカートが下から大きくめくれています。 丸見えです!!」
それを聞いたベリッサは、慌ててスカートを押さえた。
しかし、そのアンナ自身も、同じ上昇気流にあおられ、スカートが盛大にめくれ上がっていた。
「ひゃあっ!? わ、私もでした!!」
騒ぐ二人を横目に、リーナは深いため息をついていた。
「はぁ…… セレナさんが近くにいると言うのに、どうして私はこんな場所で騒ぎに巻き込まれているのでしょうか……」
「……こ・ん・な・ところで悪かったわね!」
ベリッサがむっとした声で返し、熱風の中でスカートを押さえながら睨んだ。
「いえ…… ベリッサさんが連れて来てくださらなかったら、ここまで来られませんでした。 ですので、セレナさんの天幕に忍び込みたいとか、寝袋に一緒に入りたいとか、ましてや寝ているセレナさんの匂いをクンカクンカしたいなどとは、口が裂けても言えません」
「言ってるじゃないの!!」
ベリッサの鋭いツッコミが、熱風よりも鋭く響いた。
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