31話 教会の秘密1
巨岩の試練坑の下層から、セレナを無事救出してから一週間が過ぎた。 あの日に起こった出来事は、生徒たちに大小さまざまな変化をもたらした。
中でも最も大きな変化は、あの”謎の少女”の存在だ。
結果から述べると、少女の正体は依然として謎のまま。 というのも、彼女はサテラの側を離れようとせず、無理に引きはがそうとすると、殺傷力こそないものの手痛い反撃をしてくるのだ。
具体的には、髪の毛が鞭のようにしなり、容赦なくこちらを攻撃してくる。 その威力は、軽く叩かれただけでも涙が出るほどだった。
『危険性は低い。ならば保護すべきだろう』
学園長の判断で、少女はそのまま学園に連れて来ることになった。
そして本日、セレナは学園長室へ呼び出されていた。 もちろん、少女もセレナの後ろにぴたりと寄り添っている。
少女の身に着けているのは、下層から連れられてきた時のままの簡素なマントだけだ。
布は薄く、ほつれた端がところどころ揺れている。 服というより“とりあえず羽織らせた”といった程度の代物で、その簡素さが、彼女がどれほど急ぎで保護されたかを物語っていた。
学園長室は、学園の歴史を象徴するような重厚な空気に満ちていた。 壁には歴代学園長の肖像画が並び、窓から差し込む光が深い赤の絨毯を照らしている。 中央の机には、整然と積まれた書類と、湯気の立つ紅茶のカップ。
学園長は椅子に腰掛け、二人を静かに見つめていた。 その視線は厳しさと優しさを併せ持ち、少女の存在を測るようにゆっくりと動く。
少女はというと、セレナの袖をぎゅっと握りしめ、まるで怯えた子猫のように身を寄せていた。
大きすぎるマントの裾が床に触れ、彼女の小ささをさらに際立たせていた。
「さて、この子か。巨岩の試練坑の下層に居た人形は……」
学園長が少女を見ると、セレナが首をかしげた。
「ん?どうしたの?」
「……魔力」
「え? 喋った!!」
突然しゃべり出した少女にセレナが驚く。
少女は縋り付くような目で、セレナを見つめて魔力が欲しいと告げた。 村では常に年下扱いで甘える側だったセレナには新鮮な体験だった。
「ねえねえ、喋れるの? 貴女はだれ? どうしてあそこにいたの? 好きな食べ物は?」
最後に好きな食べ物を聞くのがセレナらしい。
「……喋る人形か、あそこにいたのなら彼に関係すると思うが……」
学園長は別の事が気になるらしく、考え込んだ。
少女はなおも――
「魔力がほしい……」
とだけ繰り返す。
「魔力が貴女のごはん? いい――」
セレナが二つ返事でいいよーと言いかけた瞬間、学園長が横からセレナを静止した。
「待ちなさい。魔力を渡すのは危険だ。 生徒には魔力制御ができん。ここは私がやる」
と学園長が自ら名乗り出て、少女への魔力供給を引き受けた。
「わっ私の魔力で避ければ吸ってくれ」
――ドン引きである。
気のせいだろうか、少女が、嫌な表情を浮かべたような気がした。 いや、気のせいだろう。
「さあ! どうやって吸うんだね。やはり首か?」
少女は無言で、腕を指差した。 それをみた学園長は、なぜかガッカリしたように見える。
……いや気のせいだろう。 学園長ともあろう人が、少女に首から魔力を吸われたいなどと…
学園長は勢いよく袖をまくり、腕毛モジャモジャの腕を少女の前に差し出した。 その腕に(やっぱり嫌そうな顔で)その腕に手を添えて、魔力を吸収し始める。
最初は恍惚とした、表情を浮かべていた。 しかし学園長の顔色は、徐々に青ざめていき――
「ちょっちょっと……吸いすぎじゃないかな……」
弱々しい声で訴える学園長。 だが少女は魔力の吸収を止めない。
学園長の顔色は青を通り越し、ついには紫になっていた。
「すっストップ! ストップ!!」
悲鳴に近い声で叫ぶと、少女はやっと腕毛モジャモジャな腕を離す。
「……不味い。 ……足りない」
少女は明らかに不満顔だ。
それを見たセレナは、制服の袖を捲り――
「ご飯は美味しく食べたいよね! よし、お姉ーちゃんに甘えなさーい!!」
その言葉に、少女は反応して、セレナの首筋に抱き着き、魔力を吸収し始めた。
「え? ちょっ……」
「あー、いいなぁ。 羨ましい~」
学園長の素の本音が漏れる。
少女は無心にセレナに抱きつき魔力を吸収する。
「きっ君、大丈夫かい? だいぶ魔力を吸われたようだが……」
最初は羨ましそうに見ていた学園長の顔が次第に驚愕なものに変わっていく。
明らかに、学園長が吸われた量をはるかに超えている。
それなのに――、セレナはケロッとした顔をしていた。
「え? なに――」
がと言いかけて、セレナの言葉が止まった。
視界の端に淡い金色の文字が走った。 それを見たセレナが目を疑った。
――《魔力視 レベル……2》
「レベル……2?」
その瞬間、少女の体を魔力が包み込み、乾いた土のようにひび割れていた肌は、みるみる血色がよくなり、人間の肌のよな滑らかさになった。
「これは、まるで人間にしか見えん」
「ほえ~、本当に私たちと変わらない」
セレナは興味津々で、少女のマントを捲って肌の様子を確認した。
学園長が”ゴホン!”と不自然な咳払いをし、視線を反らした。
「ほら、学園長。 すごいよ、私たちの肌と全く変わらない。 うわ~、こんなところも…… 凄い、そっくり!!」
セレナは嬉しそうに少女の腕を指しながら、まるで新しい玩具を見つけた子どものように目を輝かせていた。
だが学園長は、完全にセレナに背を向けていた。
肩がわずかに震え、耳まで赤くなっている。 どう見ても「見てはいけないものを見た」人の反応だ。
セレナはそんな学園長の様子など気にも留めず、少女の肌を確認しては感心し続けていた。
そのとき、少女がぽつりと呟く。
「……セレナの魔力、アランのと同じ」
「アラン…さん? アランさんって――」
セレナの言葉を遮るように、学園長が身を乗り出した。
「アランとは、あのラホ村のアランの事か!?」
少女は学園長の言葉には答えず、続けた。
「セレナとアラン……同じ魔力」
「同じだと? 魔力が同じという事は…… 君はアランの子供なのか?」
「いっいえ、アランさんは私を育ててくれた……人です いえ……」
その言葉を、呟いた瞬間。セレナの頭の中の霧が晴れるように、忘れていた記憶が一気に蘇る。
「アランさんは…… 私のお父さん……です。 なんで今まで育ての親だなんて思っていたんだろう」
セレナは自分でも驚くほど自然に、その事実を口にしていた。
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