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3話 プロローグ セレナ1

 王都で仕入れた高級布や珍味を荷馬車に積み込み、旅商人バルトはがたつく道を進んでいた。

 向かう先は、今まさに王都で話題をさらっている“ラホ村”。


 彼が目指す理由はただ一つ。 この小さな村でしか手に入らない“ある品”を求めてのことだ。


 それは、『ラホ村旅館・宿泊券』。


 上級貴族はもちろん、王家ですら「一度でいいから泊まりたい」と願うほどの超人気品。

 宿泊客を“選ぶ権利”を握ることは、宝を積むよりも強力な政治的価値を持つ。

 貴族に恩を売り、王家に貸しを作ることすら可能になる。


 噂はどれも現実離れしていた。


 夕暮れには黄金色に輝くほど磨かれた壁。

 花が咲き乱れ、池に魚が泳ぐ庭園。

 従業員は気品ある所作で、丁寧な言葉遣いを崩さない。


 食事は、口に入れた瞬間にほどける肉。

 香草を使った香り高いスープ。

 風呂は泳げるほど広く、夜には沈み込むような布団で朝まで眠れる――らしい。


「くそっ……一年なんて待てるか。どうにかして今すぐ泊まりたい…… (泊まれさえすれば、ダニエルの秘密に触れられる)」


 バルトは手綱を握りしめ、歯噛みした。

 村人に金を積んでも、脅しても、返ってくる答えは決まっている。


 “宿泊に関してはダニエルさんが管理しています”。


 その言葉は、まるで呪文のように揺るがなかった。

 ダニエルはこのラホ村で唯一、商売を取り仕切る男。 同じ時期に見習いになったはずなのに、今では商会を構え、村人から絶対的な信頼を得ている。


(……おかしい。絶対に裏がある)


 村の規模に見合わない繁栄。 村人の妙な結束。

 そして、ダニエルの異常な成功。


「この村に秘密なんてあるようには見えないが……村人にあそこまで言わせる理由、何かあるとしか思えん」


 バルトは、村人を“王都の品”で釣る作戦に出た。

 村では手に入らない珍しい物を見せれば、懐に入り込める。 そう踏んだのだ。


「さあさあ皆さん、見ていってください! 今、王都で大流行の“モッシーの毛”100%の極上の上着ですよ!」


 しかし……


「モッシーの毛? 悪いけど、この村じゃ余ってるのよ。()()()にしか使わないくらい」

「……で、では! アイアン瓜はどうでしょう? 甘さが高いほど実が固くなる果実でして――」


 言い終わる前に、荷台のアイアン瓜が粉々に砕け散った。

 乾いた破裂音が村の空気を震わせ、バルトは思わず肩を跳ねさせる。


 振り返ると、そこにはラホ村“三銃士”の一人、フェルナが立っていた。

 彼は自分のアイアン瓜を投げつけたらしく、まだ片手に残った瓜を軽く回している。

 ラホ村でも屈指の農作物の名手であり、“アイアン瓜”の第一人者として知られる男だ。


「甘いほど固くなるんだろ? なら俺の方が甘いってことだな」


「そ、そうですね……」


 バルトは引きつった笑みを浮かべながら悟った。


 ――やはり駄目だ。 この村は、普通の品で釣れるような場所じゃない。

 だからこそ、バルトは“準備していた策”に賭けていた。


 その時だった。

「森からアーマースピナーの大群だ!! みんな気を付けろ!!」


 見張り台から、緊張で震える声が響いた。 村の空気が一瞬で張り詰める。


(来た……!)


 バルトは内心ほくそ笑んだ。

 彼は事前に“魔物呼びの魔術具・魔誘香”を森に仕掛けていたのだ。


 アーマースピナー自体は臆病で、丸まって固くなるだけの魔物。

 だが問題は、それを好む“本当に危険な魔物”が寄ってくるため、迅速な討伐が必要になる。


 しかも今、村には目ぼしい冒険者がいない。

 以前いた“盾の守護者”も、なぜか村を離れている。


「この辺境の村なら、魔物対策なんて整っていない……助けが来る前に壊滅する可能性も高い」


 そんな時に、偶然にも“銀等級の冒険者を三人も連れた旅商人”が立ち寄っていたら?

 村は感謝し、バルトは村の秘密に近づける。


「皆さん、安心してください! 私が連れてきた冒険者は銀等級です!」


 バルトが冒険者たちに小声で指示を出す。


「いいか、簡単に倒すな。何人かはわざと怪我させろ。危ないところを助けた方が感謝される」

「へへへ、わかってるよ」


 その時、村の空気を切り裂くように声が響いた。


「私が村を守る!!」

  挿絵(By みてみん)


 澄んだ声が空気を切り裂いた。セレナという少女だった。

 泥のついた靴。 風に揺れる髪。 だが、その瞳だけはまっすぐで揺るぎなかった。


「おいおい、お嬢ちゃん。魔物討伐は遊びじゃねぇんだぞ」


 村長も慌てて止める。


「セレナ、ここは子供の出る幕じゃない!」


 だがセレナは首を振った。


「やだ! お母さんと約束したんだ。お母さんがいない間は、この村を守るって!」


 そう言い残し、森へ駆け出していく。

 その背中は小さいのに、不思議と頼もしさがあった。


 バルトは冒険者に囁く。


「……あのガキ、討伐のどさくさで殺せ」


 森に入ると、空気が一変した。

 湿った土の匂い、葉の揺れる音。

 そしてアーマースピナーの死骸が道にずらりと並んでいた。


「なんだこの数……まさか、あのガキが?」


 セレナの“瞬殺”ぶりを目の当たりにし、冒険者たちは息を呑んだ。

 空気が冷たくなり、背中に汗がにじむ。

 それでも、油断している隙に殺すしかないと、冒険者は笑顔を作って近づいた。


「すごいね、セレナちゃん。戦闘系のギフトでも持ってるのか?」

「うん! 私のギフトはお父さんと同じで、魔力の流れから未来を……あれ? 違う。私のギフトは師匠と同じ……なんで、そう思ったんだろう」


 セレナは小さく首を傾げた。 一瞬の勘違いのはずなのに、胸の奥にざらりとした違和感が残る。


 ピッ! ……チッチッ……

 セレナ自身は気づかなかったが、視界の端に淡い金色の文字が走った。

 ――《魔力視(クロノビジョン) ……エラー》


 違和感に意識を取られた、ほんの一瞬。 背後から、殺気が走った。


「死ね!」


 風を裂く鋭い音。 セレナは反射的に身をひねり、刃が頬をかすめた。


「何するんだよ、おっちゃん!」

「まだ魔物が一匹残ってたんだよ」

「え? どこ?」

「……小さな女の子に擬態した魔物が、ここにな」


 セレナの頭上へ、力任せの一撃が振り下ろされる。


「《宵闇切断ダスクキラー》!」


 キィン――。


 金属が悲鳴を上げ、男の剣は刀身の中央から真っ二つに割れた。

 森が、息を呑んだように静まり返る。


「な、なんだと……!?」


 冒険者たちは恐怖に駆られ、村へ逃げ帰った。



 村に戻ると、バルトが満面の笑みで迎えた。


「おう、戻ったか。早かったな。さすがは銀等級の冒険者だ」


 しかし、冒険者たちは青ざめたまま首を振る。


「いや、俺たちじゃねぇ……あの子供が全部倒しちまった」

「なんだと!?」

「それに……殺そうとしたのもバレた」

「どうするよ、あのガキ、すぐに帰って来るぞ」


 バルトの顔がひきつる。

 ――バレたら終わりだ。“ラホ村の秘密を奪う計画”どころか、村から叩き出されるに決まっている。


 だが、子供のセレナがあの数のアーマースピナーを倒したなど、村人が信じるはずがない。

 現にバルト本人でさえ、冒険者たちが“子供にやられた”という自分の恥になる事実を口にしなければ信じられなかった。

 だからこそバルトは、セレナが戻ってくる前に“真実の上書き”を決めた。

 魔物を討伐したのは冒険者たちで、セレナは手柄欲しさに嘘をついた。  そういう筋書きだ。


 ほどなくしてセレナが村へ戻ると、冒険者たちを指差して叫んだ。


「おっちゃんたち! 後ろから斬りつけるなんて、どういう気だよ! 一歩間違ってたら死んじゃうところだったよ」


 殺されかけた本人とは思えないほど呑気な口調。 セレナにとっては魔物討伐も日常で、“油断して殺される方が悪い”という感覚すらある。

 だが村人にとっては冗談では済まない。 セレナの言葉に、村人たちの視線が一斉にバルトたちへ向いた。

 焦った冒険者たちは、すぐにバルトの筋書きに乗る。


「あっ、アーマースピナーを倒したのは俺たちだ。 その後にそいつが来たんだ」

「そうだ、しかもよ……アーマースピナーを呼び込んだのは、その子供だったんだぜ」


 真逆の主張。 セレナは思わず声を上げる。


「なっ……ウ、ウソだ! あいつらが私を殺そうとしたんだ!」


 村人たちは、戸惑いを隠せない。 だが、最初に声を上げたのは、セレナをよく知る者たちだった。


「セレナはいつも村を守ってくれてるぞ!」

「セレナちゃんは曲がったことは絶対にしない!」

「お前ら、アランさんがこの村にしてくれた事を忘れたのか! そのアランさんが任せたセレナちゃんが、そんなことをするわけない!」


 村は冒険者たちを信じる"村長派"とセレナを信じる子供を中心とした"セレナ派"の真っ二つに割れた。

 怒号が飛び交い、空気が刺すように冷たくなる。


 セレナはぽかんと立ち尽くした。

 守ったはずの村が、今は自分を責める声と庇う声で揺れている。


 そして、育ての父アランの名を出して感謝してくれる人たちがいる。

 セレナは胸の奥で拳を握った。


(……私が守らなきゃ。アランさんのこの村を、私が絶対に守るんだ)



 村長が、縋るような目でバルトに向き直った。


「商人さん……私たちは、あなたたちを信じていますぞ」


(クソッ……なんで俺がこんな村のために……!)


 バルトは内心で毒づきながら、笑顔を作ろうとして失敗する。 口角が震え、額には冷や汗が滲んでいた。


「もっ、もちろん。あのガキ――いや、子供は魔物の恐怖で混乱してるんですよ……」


 バルトは笑顔を作ろうとして失敗する。 口角が震え、額には冷や汗が滲んでいた。

 そして村人たちに気づかれないように、冒険者たちに指示を出した。


「……おい、魔誘香に魔力を込めろ」

「でも、魔力を込めたら……辺り一帯の魔物が殺到するぞ」

「大丈夫だ。あのガキは強いんだろ? 魔物のどさくさに紛れて村人をさらえ。 ダメなら……俺たちだけ逃げればいい」


 バルトの目は、もはや商人のものではなかった。

 完全に“悪党”のそれだった。

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