2話 プロローグ ステラ2
モンテフェルド家は、今回の勝負に勝つために安価な食材を大量に買い占めていた。
その結果、ただでさえ食糧難に苦しんでいた人々は、さらに追い詰められることとなった。 市場の棚は空になり、子どもたちの泣き声が町に響く。
そんな状況の中、
「バレリーニ領の皆さん!私、モンテフェルド子爵は皆さんのために食料を提供いたします!」
派手な声が広場に響き渡った。 モンテフェルド子爵は、作物を山積みにした二十台もの大型馬車を これ見よがしに広場へ乗り入れた。
馬車の列はまるで行軍のように壮観で、群衆は驚きと期待の入り混じったざわめきを上げる。
子爵は胸を張り、自分こそが“救い主”であるかのように両手を広げた。
「さあ、困っている皆の者よ! このモンテフェルド家が、あなた方を救ってみせよう!」
モンテフェルド子爵は胸を張り、救世主を気取った声で広場に響き渡るように宣言した。
「さらに今回は、庶民ではまず口にできない極上の魔物肉、フレイムベアを一頭丸焼きでご提供させてもらいます!」
その言葉と同時に、巨大なフレイムベアの死骸を積んだ荷馬車がごろごろと音を立てて広場へ入ってきた。 その迫力に、群衆のテンションは一気に爆発する。
「おおおおっ!! すげえええ!!」
「フレイムベアなんて食べたことねぇ! 高級食材だぞ!」
「モンテフェルド家最高だ!!」
群衆の歓声が広場を揺らす。 その反応を見て、モンテフェルド子爵は満足げに口元を歪めた。
「ふふ……この日のためにギルドへフレイムベアの買取依頼を出しておいて正解だったな。 多少高くついたがこの領地が私のものになると思えば、安いものだ」
子爵は誰にも聞こえないように呟き、勝利を確信したように胸を張る。
そのとき、群衆の中から何気ない声が上がった。
「なぁ、これからもこんな肉が食べられるのかな?」
ほんの素朴な疑問。 しかし、その期待はあっさり裏切られる。
「い、いえいえ!」
子爵は慌てて手を振った。
「これほどの魔物は滅多に手に入りませんでしてな。 今後も皆さんに振る舞えるかどうかは……お約束できません」
「な〜んだぁ……期待して損した」
「そりゃそうだよな……」
群衆の熱気が、少しずつ冷めていく。
子爵は笑顔を保ちながらも、内心では怒りに歯ぎしりしていた。
(くそ……平民のくせに!伯爵への陞爵がなければ、貴様らに高い金を払って魔物肉など振る舞うものか!)
ステラの番になった。
ステラの指示で、肉厚の傘を持つ小さなキノコを山積みにした大型馬車が十五台、ゆっくりと広場へ入ってきた。
しかしそれを見た町の人々は、首をかしげるばかりだった。
「ん? なんか……どこかで見たことあるような……?」
ざわつく群衆。 その反応を聞いたモンテフェルド子爵は、“待ってました”と言わんばかりに前へ躍り出た。
「皆さん、ご覧ください!」
子爵は大げさに腕を広げる。
「これは 黒蜜鬼茸 という 毒・キ・ノ・コ です!」
その言葉に、群衆が一気に色めき立つ。
「毒キノコだって!? そんなものを俺たちに食わせようとしてたのか!」
「バレリーニ家は終わりだ!」
「ふざけるなよ、俺たちを殺す気か!」
怒りと不安が混ざった声が広場に広がる。
モンテフェルド子爵はその混乱を、待ってましたと言わんばかりに楽しんでいた。
(いいぞ……もっと騒げ。バレリーニ家はここで終わる)
そんな空気の中、ステラが一歩前に出た。
「待ってください! この黒蜜鬼茸は確かに毒があります。
ですが僕の研究の結果、安全に食べられる方法を見つけたんです!」
しかし返ってくるのは疑いと嘲り。
「本当に大丈夫なのかよ……」
「子どもが何言ってんだ」
「そんな話、信じられるか!」
怒りは収まらず、むしろ強まる。 だがステラは動じなかった。
「分かりました… では僕自ら食べて、安全を証明します」
その瞬間、広場の空気がピタリと止まった。
「……は?」
「貴族様が? 毒キノコを?」
「嘘だろ……?」
怒鳴っていた男たちでさえ、声を失う。
ステラは落ち着いた手つきで茸に切り込みを入れ、網の上に乗せて焼き始めた。
じゅう、と香ばしい音が広がる。 焼き目がついたタイミングで、ステラは太陽の滴と黒滴を混ぜ合わせた中和液を塗り込んだ。
その動きは迷いがなく、まるで“これこそが答えだ”と示すようだった。
「お、おい……本気だぞ、あれ」
「止めなくていいのか?」
「いや……あんな覚悟の顔、初めて見た」
さっきまで「ふざけるな!」と怒鳴っていた者たちが、今は息を呑んでステラの手元を見つめている。
ステラが黒蜜鬼茸を口に入れた瞬間、広場の空気はまるで別世界のように変わった。
「ん~~!」
ステラは黒蜜鬼茸をそっと口に運ぶと、噛んだ瞬間その表情がふわりとほどけた。
頬がゆるみ、目が細まり、まるで舌の上で“幸福そのもの”が溶けていくのを味わっているかのようだ。
その顔を見た群衆は、ごくりとつばを飲み込む。
「う、ウマいのか……?」
「なんだあの顔……絶対ウマいやつだろ……」
「俺にも一口くれ!」
香ばしい匂いとステラの反応が、広場の空気を一気に“食欲の渦”へと変えていった。
(まずい、これは何とかしなければ)
モンテフェルド子爵は焦り、声を張り上げる。
「皆の者! 私は決めたぞ! このモンテフェルド家が、毎月フレイムベアを進呈しようではないか!」
広場がどよめきに包まれる。
「ま、毎月……?」
「フレイムベアを……?」
「すげぇ……そんなの、絶対モンテフェルド家の方がいいじゃねぇか!」
一気に民の気持ちが子爵へと傾いていく。
ステラの努力も、研究も、覚悟も、“高級肉”という派手な餌の前ではかき消されそうだった。
モンテフェルド子爵は、群衆の反応を見てほくそ笑む。
(勝負あったな。 仕方ないとはいえ、毎月フレイムベアは痛手だ、だが…)
子爵の口元がいやらしく歪む。
(私がこの領地を手に入れた暁には、たんまり税を搾り取ってやろう。 そうすれば、いくらでも回収できるわ)
まさに“勝利宣言”を心の中で掲げた、その時だった。
市場の奥で、突然ざわめきが起こった。
「なんだ……?」
「何か来るぞ……!」
人々が一斉にそちらへ視線を向ける。 そして、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
ごろごろと重い車輪の音を響かせながら、巨大荷馬車に積まれたニードルアーマーが広場へ入ってきたのだ。
「ニ、ニードルアーマーだ!!」
「ウソ……本物!? 本当に狩ったのか!?」
群衆の声が震える。
魔物の強さで言えば、フレイムベアが“狩るのが難しい”レベルだとすると、ニードルアーマーは、“狩ったものを見ることすら一生に一度あるかどうか”の存在。
その圧倒的な希少性と危険度に、広場の空気が一変する。 巨大荷馬車に積まれたニードルアーマーを引き連れ、一人の商人がステラのもとへ歩み寄った。
「ステラ様。私はラホ村の商人、ダニエルと申します」
ダニエルは恭しく頭を下げ、書簡を差し出した。
「こちらのニードルアーマーは、アラン様からの贈り物でございます。 そして、アラン様がバレリーニ領を押し付け……ごほん。 ご迷惑をおかけしたお詫びとして、毎月ニードルアーマーを町に寄付すると仰せつかっております」
「ニ、ニードルアーマーが毎月だって!?」
その瞬間、フレイムベアの時とは比べ物にならないほどの歓声が広場を揺らした。
「すげぇぇぇぇ!!」
「毎月ニードルアーマー!? そんなの聞いたことねぇ!!」
「バレリーニ家……本物じゃねぇか!!」
群衆は興奮の渦に包まれ、モンテフェルド子爵の存在など完全に忘れ去られていた。
だが、ステラは静かに口を開いた。
「あ、いや、そのことですが……。 今、王家からの勅命でモンテフェルド子爵と領主の座を争っている最中でして。 もし僕が負ければ、この町はバレリーニ領ではなく、モンテフェルド領になります」
広場が一瞬で静まり返る。
「なんと、そんなことが……」
「じゃあ、このニードルアーマーも……?」
その空気の中、ダニエルが深く頭を下げた。
「そうですか。では急ぎ戻って、アラン様に事の次第を説明してまいります」
そう言って踵を返すダニエル。
その背中を見送る町の人々の顔は、まるで釣り上げた大物を、手元で逃した漁師のような表情だった。
「ま、待ってくれよ……」
「ニードルアーマーが毎月来るんじゃ……?」
「モンテフェルド領になったら、もう来ないのか……?」
ざわめきが広がる中、誰かがぽつりと呟いた。
「だれだよ、黒蜜鬼茸が食べたら死ぬって言った奴は!」
すると、すかさず別の男が胸を張る。
「お、俺は旨そうだって言ったぞ!」
その瞬間、広場の空気が変わった。
群衆の視線が、毒キノコを“安全に食べられる料理”へと変えてしまったステラへと向き始める。
「お、おれにも一口くれ!」
「食べるもんが無くて、ずっと腹ペコだったんだ……」
「なぁ、俺でも簡単に黒蜜鬼茸を料理できるのか?」
ステラは力強くうなずいた。
「できます! ちゃんと手順を守れば美味しく食べられます。 なによりお金が無くても、お腹いっぱい食べられます! あ、でも調理の方法はちゃんと守ってください、命にかかわりますからね」
“お腹いっぱい食べられる” その言葉に、群衆はステラの顔を見た。
その表情は、空腹を我慢しなくていいんだ、そんな希望を宿した顔だった。
「おおお……! これが黒蜜鬼茸か!」
「うめぇ!! 肉厚で柔らかい。腹持ちもよさそうだ!」
民衆は次々と黒蜜鬼茸に舌鼓を打ち、広場は歓声と驚きに包まれた。
こうして領地の知事をめぐる勝負は、 バレリーニ家の勝利で幕を閉じた。
勝利の余韻に浸る間もなく、執事シーグルが駆け寄ってくる。
「ステラ様、アラン様からお手紙です」
「叔父上から? なんだ? この図ったようなタイミングで……」
手紙には、たった一行。
「「中央学園へ行って、立派な当主になる勉強をしてこい」」
「……全く、叔父上は」
ステラは、自由奔放すぎるアランの行動に文句のひとつでも言ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
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