1話 プロローグ ステラ1
聖授の儀は平民から始まり、騎士爵、男爵、子爵、伯爵の順に進む。
バレリーニ家の当主見習いであるステラードは、神父の言葉に従い、目を閉じて祈りを捧げた。 やがて女神像が光を放ち、ステラードを包み込む。
ギフトが授けられた証だった。
「……深淵拘束か。戦闘系のギフトが良かったんだけど……まぁ犯罪者を捕らえるには便利なギフト、かな?」
そう呟いたのは、儀式が終わって間もない日のことだった。
ある日、バレリーニ家の執務室に、執事シーグルが慌ただしく入ってきた。
「ステラードさま、町からの陳情…いえ我儘が……また三十件ほど届いております」
まだ若い執事は、分厚い書類束を抱え、肩を震わせている。
最近の陳情は、もはや陳情とは呼べないものではなく、暴走の一途をたどっている。
バレリーニ家当主見習いのステラこと、ステラ―ド・バレリーニは机に置かれた書類へと視線を落とし、深くため息をついた。
「はぁ、お人よしも限度ってものがあるでしょう。アラン養父上」
原因は明白だ。 養父上がやりすぎたのだ。
母親譲りの薄い青色の髪をかき上げて、ステラ―ド・バレリーニはため息をついた。
今年で満十歳になる彼は、このバレリーニ伯爵家の正当な跡取りだ。 今は15歳になるまで当主見習いとして、後見人に義理の叔母の祖父、コルネラ子爵が家を見ている。
ステラの実父の名はアントニオ・バレリーニ。 十七年前、当時のバレリーニ伯爵が 男爵令息を“養子として迎えたのがアントニオ” である。
しかしそのアントニオは十五年前の大災害で行方不明となり、以降はコルネラ子爵が家を支えてきた。
問題なのは養父上が重度のお人よしだった事だ。 町の人の無理難題に対して満点以上の対応をしてしまったのだ。
家が壊れたと言えば、王都の貴族街でも見ないほど快適な豪邸を建ててやり、食べ物がないと言えば、王都の高級レストランでもめったに食べられない料理を食べさせ、ゴミが溢れていると言えば、下水道と焼却場を整備した。
その結果、町の人々は「養父上に言えば何でも叶う」と思い始めてしまった。
最近では……
「娯楽が足りない」や「少子化対策をしろ」など、果ては「おやつの量を増やせ」なんてものもあった。 仮にも領主になってくれとお願いしている相手に言うような要求ではないものが届く始末だった。
シーグルが言いにくそうに口を開く。
「そ、それが……例の“山神”を、バレリーニ家が私的理由で無理に覚醒させたという噂が広まっておりまして。十五年前の大災害も、バレリーニ家が起こしたと……匿名のリークが」
十五年前の惨劇……
魔物の森の主である山神を、父アントニオが“汚名返上”のために無理に覚醒させた とされる事件。
結果、山神は暴走し、町を破壊した。
当時の当主である伯爵と、父アントニオは共に死亡した―― と噂されている。
(内心、父上のことはクズだと思っていたので“ざまぁ”と思ったのは内緒だが……)
ステラは呆れたように言う。
「散々養父上に色々やって貰っていた人々が、今度はバレリーニ家を非難ですか」
「民衆とはそういうものです」
シーグルが静かに答えた。
民衆の「バレリーニ家を取り潰せ」という声は次第に大きくなり、王家も無視できない状態になった。
事を重く見た王家は、隣領のモンテフェルド子爵との“領地統合を賭けた勝負”を命じた。 勝負の内容は飢える民に対し、より優れた食料対策を提示し、多くの支持を得た方が勝ち。
ステラは書簡を机に投げた。
「なんでモンテフェルド子爵と勝負する流れになってるんだ」
モンテフェルド家が王家に提案したのは間違いない、バレリーニ領を吸収して伯爵へ陞爵するのが目的だろう。子爵と伯爵では付随する権力も発言力も雲泥の差だからだ。
そのモンテフェルド子爵の評判はすこぶる悪い。領内の犯罪率の高さ、役人の横領、定住率など、反対に物流はよく、金さえ出せば食料に困る事は無かった。
その為、王家は今回の事を利用してモンテフェルド領の問題を解決する案として提案して来た形だ。
王家もモンテフェルド家から多額の献金を貰っていたが、これ以上は危険と判断した為、これ幸いと今回の事を理由にモンテフェルド家を封じ込める狙いだったようだ。
(これ、バレリーニ家が負けた時のこと、考えていないよね。だけど山神の事は秘密のはず、なのにバレリーニ領の町の人が山神が暴れた原因を知っているのは……)
王家からの話が出た時に、モンテフェルド家は待ってましたとばかりに動き出した。
町のごろつきに金を渡して、安価な食料を買い占めた。さらに「バレリーニ家に食料を売るな!」と商人を暴力で脅していた。
今のバレリーニ領は食料が乏しい所に、モンテフェルド家の嫌がらせで食料の供給は完全に止まっていた。
この状況が続くようなら、暴動・略奪・逃亡 が起きてもおかしくない。
ステラは町の様子を見て、”これは、一時だけ食料を与えても根本的な問題解決にはならない”と考え。継続的な食料の供給を考えねばと思っていた。
市場調査で市場を見回っている時に、ふと目にある物が留まった。
それは選別されて、捨てられていた”黒蜜鬼茸”という毒キノコだった。
ステラはなぜ市場で選別をしているのかと店主に聞いた。
「子供が小遣い稼ぎで森で色んな木の実やキノコを採って来て売りに来るんだよ」
「これは毒キノコですよね。売ったらいけないと分かっているのになぜ買っているんですか?買っただけ損をするのでは?」
最もな疑問をステラは店主に質問した。すると…
「こうやって、1コルでも買ってやらねーと奴ら飢えに耐えかねて自分で食べちまうんだよ。 少しでも買ってやらないと、子供たちが飢えで毒キノコを食べちまうんだ」
「そのキノコはどうするんですか?」
「どうもこうもねーよ、細かく切って土に埋めてるんだ。下手に焼くといい匂いが周りに漂っちまって、気を許すと口に居れちまう奴がいるからな」
「このキノコは焼くといい匂いがするのですか?」
「ああ、食欲をそそるいい匂いが立ち込めるから、毒とわかっていても食べちまう人がいるくらいだ」
そう言って店主はキノコを細かく切り出した。
ステラはその話を聞いてなにやら考え込んでいる。 そして……
「シーグル、人を集めて、森で取れるキノコをなるべく沢山の種類をとって来て」
「キノコですか?あのステラ様、素人にはどれが毒キノコなのか見分けが難しく危険ですよ」
「うん、だからなるべく沢山の種類をとって来てほしいんだ」
「かしこまりました、おまかせください」
2日後、シーグルが大きな袋を持って、執務室に入って来た。
「ステラ様、お待たせしました。どうせならと町の子供にお金を配って集めさせました」
「ご苦労様、確認しておくけど、危ない森の奥には行かせていないよね」
「はっはい…もちろんです。ですが、子供たちが頼んだ茸が余ったらほしいと……」
「毒キノコだってちゃんと説明したんだよね」
「はい、もちろんです。ですがそれでも飢えるよりは…と。今は配ったお金で高い食料を買えているから何とか…ですがいずれは毒と解っていても手を出すことになると思われます」
シーグルに指摘は正しい、王家のお達しが無くても食料の問題は喫緊の課題だ。特に子供は飢えから毒キノコに手を伸ばす子が出て来るだろう。
「僕はこれから研究室に用事があるから用事があったら呼び鈴を鳴らして」
「かしこまりました…」
バレリーニ家の執務室の前を右に曲がると、突き当たりにステラ専用の研究室がある。
執務室の前には家人が控えているが、研究室の前には誰もいない。
ステラが扉を開け中に入るとすでに手袋とマスクをつけた女性が待っていた。
女性の名前はドルチェッタといい、幼い面影を残す、残念美女だ。
白髪に茶の瞳、ふわりと揺れるスカートに白いエプロン。白手袋にバレリーニ家を示すバッジ。
「さあ、さっさと実験をするよ」
「実験?試食じゃないの?」
ドルチェッタは、期待外れだったのか、がっくりと肩を落とした。 そんな彼女を気にも留めずステラは袋からキノコを取り出し、細かく刻んでお皿に並べていく。
ドルチェッタは無言でそれをつまみ、次々と口に入れ始めた。
「ん、これまずーー!!」
「わーーー!! ド、ドルチェッタさん! 吐いて! すぐ吐いて!!」
「んー? 大丈夫だよ。私、毒が効きにくい体質だから」
「それでも、食べなくても、僕がギフトで……あれ?僕のギフトは深淵拘束なのに、なんで”黒蜜鬼茸”の選別に役に立ちと思ったんだろ?」
ピッ! ……チッチッ……
ステラ自身は気づかなかったが、視界の端に、薄っすらと淡い青色の文字で
――《魔力視 ……エラー》という文字が走っていた。
ステラが自分の勘違いに不思議に思っていると、思いもよらない所からステラの気の迷いを吹き飛ばす言葉がドルチェッタから出てきた。
「えーー?、深淵拘束??それってアラン様の愛の鎖???いや~~ん」
「……僕の深淵拘束は犯罪者を捕まえる事にしか使わないよ。それにアラン様って叔父上の事をそんな目で見ていたの?」
「そう……、私を縛るのはアランさまだけって決めてるから問題なし!」
ドルチェッタは自分の身体を抱きしめてみ悶えていた。 そして彼女は毒キノコを指差していく。
「これと、これ……あとこれ。毒ね」
毒キノコが選別出来たら、次は毒の中和だ。 ステラは作業台の上に並べた二つの瓶を見比べた。
ひとつは淡い黄金色に輝く液体、太陽の滴。
もうひとつは墨のように黒く、光を吸い込むような粘度を持つ黒滴。
ステラは細い匙で太陽の滴をすくい、黒滴の器へそっと垂らした。
ぽたり。 黄金の雫が黒の中に金色の筋がゆっくりと広がっていく。 ステラは息を呑みながら、木べらでゆっくりと混ぜた。 混ぜるたびに、黒と金が渦を巻き、やがて深い琥珀色へと変わっていく。
ステラは黒蜜悪魔茸の薄切りを一枚、鍋に浸した。
触れた瞬間、茸の表面にあった黒い斑点が、すうっと溶けるように消えていく。 毒素が中和されていく証拠。 さらに火を通すと、これまで鼻を刺すようだった毒の匂いが、香ばしい茸の香りへと変わっていった。
ステラは思わず笑みをこぼす。
「……成功だ。これで、誰も飢えなくて済む」
薬剤ではなく、調味料を2種類、それを加熱処理する事で 毒が中和される事は盲点と言えた。普通毒を中和するのに調味料を使うなんて誰が考え付くだろう。
ドルチェッタが毒見と言って”黒蜜鬼茸”を口の中に放り込んだ。
「うま!え?これ”黒蜜鬼茸”なの??私は毒が効かないけど普通のひとはどうなの?」」
「もちろん、領主として、僕も確かめるよ」
そう言ってステラも”黒蜜鬼茸”を食べ始めた。
「うっ……美味い!!食欲をそそる香ばしい匂いに、ふんわり柔らかな肉厚な”黒蜜鬼茸”」
ステラとドルチェッタは毒見と称して、調理した”黒蜜鬼茸”を全て平らげた。
その夜、バレリーニ家の屋敷は静まり返っていた。 月明かりが廊下の大理石に淡く反射し、風の音すら遠い。
そんな静寂を破ったのは、布が擦れる微かな音だった。
気配を察したドルチェッタが、影のように動く。 黒い影が窓から侵入した瞬間、彼女は背後から腕を絡め取り、床に押し伏せた。
「……へぇ、ずいぶん手慣れてるじゃない。泥棒さん」
賊はもがくが、ドルチェッタの腕は鉄のように動かない。
そこへステラが駆けつける。 ドルチェッタが捕らえた賊の手元に採取したままの黒蜜鬼茸を見た瞬間、ステラの目がわずかに細くなった。
(……モンテフェルド家の連中か)
しかし、ここで捕らえてもモンテフェルド家は必ずしらを切る。
証拠がなければ、しらを切るだけだろう。 ステラは一瞬だけ考え、そして、閃いた。
「ドルチェッタ、手を離してあげて」
「……は?」
ドルチェッタが怪訝な顔をする。 ステラは淡々と続ける。
「この人は、ただの盗みに入っただけ。 うちにはもう盗るものなんてないよ。 だから、帰っていい」
賊は一瞬、状況を理解できず固まったが、すぐに“子供の甘さ”だと判断したらしい。
「……へっ。坊ちゃん、優しいこったな」
ドルチェッタは不満げに眉をひそめたが、ステラの意図を読み切れず、渋々手を放した。
賊は逃げるように窓から飛び出していく。
ステラはその背中を、まるで計算通りだと言わんばかりの静かな目で見送った。
逃げた賊は、屋敷から少し離れた森の外れで足を止めた。
「……あのガキ、甘ちゃんが」
懐から、盗んだ”黒蜜鬼茸”を取り出す。
本来なら危険で誰も触れないはずの茸。
だが、バレリーニ家が“何か隠してる”という事は、すでにモンテフェルド子爵にも届いていた。
賊はその茸を布に包み、モンテフェルド子爵の屋敷へ向かう。
「へへ……これを持っていきゃ、子爵様も喜ぶだろ」
モンテフェルド子爵の執務室。
賊はバレリーニ家で盗み出した黒蜜鬼茸を恭しく差し出した。
「でかした! それでバレリーニの小僧がこそこそやっていた情報を掴んだのだな」
子爵は包みを乱暴に奪い取り、中身を確認する。 黒く艶めく毒茸が、月光を受けて妖しく光った。
「はい、子爵様。奴はこの茸を“食べていた”と言うのです」
「ふむ……毒キノコとして有名な黒蜜鬼茸を、か。 ――なるほど、ますます怪しいな」
子爵の目がいやらしく細まる。
「つまり、そこに何らかの秘密があると見た! ふふふ、所詮はガキの考えること。先にネタを暴いてやるわ!」
そう言うや否や、モンテフェルド子爵は一切の躊躇なく、その毒茸を口に放り込んだ。 生で
「ん……? ……んん!! ……あひょ~~~!!」
次の瞬間、子爵の顔がみるみる赤くなり、目が飛び出しそうなほど見開かれる。
「ト、トイレぇぇぇ!!」
悲鳴を上げながら、子爵は廊下を転がるように駆けていった。
賊はぽかんと口を開けたまま、ただその背中を見送るしかなかった。
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