27話 属性アップ訓練(巌王編)4
(あ……)
短く声が漏れた瞬間、セレナの足元が完全に崩れ落ちた。
砕けた岩と砂埃の中へ、セレナの小さな身体が吸い込まれるように落ちていく。
「セレナぁぁ! いやぁああぁぁぁぁ――!!!」
アウレリアが小さくなってゆくセレナに向かって必死に手を伸ばす。 しかし指先は空気を掴むだけでセレナの体は、巌王と共に、暗い奈落の底へと消えていった。
巌王の巨体が落下しながら岩壁に激突すると、その体がボロボロと崩れ、細かい砂になってゆく。 だがその砂は、落下しながら集まり、ひとつの形を作って行った。
その姿は10歳くらいの、黒髪の少女の姿になった。 しかし表情には感情が感じられず、まるで作り物のようだった。
落下するセレナに向かって、少女をかたどった砂の塊がセレナを優しく抱き留た。
そのまま少女はゆっくりと巨岩の試練坑の最下層に着地し、セレナをそっと地面に寝かせた。
少女はセレナの顔を覗き込み、無事を確かめると、小さくひとこと呟いた。
「アラン……」
その声は、”やっと会いたい人に会えた”ような僅かに笑った様に見えた。
暗闇の中、何処からかカサ…カサ…と嫌な音が微かに聞こえた。 堅い岩肌を何かが這うような、背筋が凍るような嫌な音。
音の正体は闇紡蜘蛛というおよそ1メートルの巨大な黒い蜘蛛だった。
八つの目は赤く光り、暗闇の中でも昼間のように動き回れる岩だらけのこの試練場で暗殺者と呼ばれる魔物だ。
カサカサという音がある程度近づいたかと思うとピタッと止まった。 闇紡蜘蛛が獲物に飛び掛かる準備が整った合図だ。
真下の地面にはセレナが横たわっている。 周りには闇紡蜘蛛が獲物を捕らえるための糸が張り巡らされていた。
そして――、暗闇の暗殺者は少しづつ無音で落下し、最初の一匹目が影のように滑り落ち、二匹、三匹目と次々に落ちて来る。
無数の闇紡蜘蛛が襲い掛かり、セレナが瞬時に埋め尽くされると思われた時、軽く乾いた音が響く。
バシッ!
何の前触れもなく、闇紡蜘蛛の一匹がはじけ飛んだ。
バシッ!… バシッ…、 ババババッ…
まるで、セレナの上に半円のバリアーでもあるかのようだった。
その中に入った瞬間、闇紡蜘蛛が原形を留めないほど、細かく切断されたのだ。
脚も、腹部も、頭も、まるで無数の刃によって微塵切りにされ、セレナの周りには闇紡蜘蛛だったモノの断片が積もっていく。
無数の刃と思われたものは、少女の髪だった。 何本もに分かれた髪の毛は一本一本が鋭利な刃物だった。
少女は無表情でまるで作業のように闇紡蜘蛛の微塵切りを続けていく。 だが少女の髪(手?)は止まらない。
しばらくすると落ちて来る闇紡蜘蛛は減りはじめ、やがて洞窟内に響いていた”カサカサ”という音は消えて、辺りには静寂が訪れていた。
「う……ん……。 もう食べられない……」
ヒュッ! ドガッ!!
寝言と一緒にセレナが寝返りを打つと、さっきまで寝ていた場所が陥没した。 その正体は岩壁とそっくりな体色の魔物、岩甲蜥蜴だった。背中の甲羅は魔法や矢を弾くほど堅く、魔術師泣かせの魔物だ。
一撃必殺の尻尾の攻撃が空振りに終わった為か、岩甲蜥蜴がなりふり構わず、尻尾を叩き込もうとした。
ギィィィン!
砂の少女が髪の毛でそれを弾くと、明らかに不快な雰囲気(顔は相変わらず無表情)を纏った。
岩甲蜥蜴が一瞬たじろぎ気圧されたように見えたが、せっかくの獲物を見逃す気はなさそうで、再度セレナを仕留めようと、尻尾を振り上げた。
ドガッ!!
鈍い音と共に、文字通り"ぺしゃんこ"に地面に叩き潰された岩甲蜥蜴は原形を留めないほど少女の砂の腕によって粉砕された。
自身の腕を叩きつけた音が思いのほか大きかった為、少女はセレナを”起こしてしまった”と焦ったように見えた。 しかし、セレナが幸せそうなヨダレ…もとい、寝顔をして寝入っているのを確認すると、心底安心した顔をしたように見えた。
「う~~ん、………あれ?? お肉は…??」
セレナが周りをきょろきょろと見回すが、夢の中で齧りついていた巨大な肉は見当たらなく、夢だと分かるとがっくりと肩を落とすが、ふと周りには闇紡蜘蛛と岩甲蜥蜴の残骸が山のように残っていた。
《《リーナ・メルヴィ視点》》
「セレナぁぁ! いやぁああぁぁぁぁ――!!!」
アウレリアの悲痛な叫びが巨岩の試練坑に響き渡った。
その光景を目にした瞬間、リーナの頭の中は真っ白になった。
なにが起こったのか、脳が理解する事を拒んだ。
(わっわたくしは……アウレリアを…… セレナさんと仲よくするから…… だから…… だから……
なのに、なぜ、セレナさんが落ちるの??)
胸の奥で、どす黒い感情が、自分の罪を覆い尽くす。
(落ちるのは……貴女でなければいけないのに――)
「訓練は中止!、 中止だ!! 急いで学園に連絡! 女子生徒が一人崩落に巻き込まれた!!」
講師が、通信装置に向かって怒鳴る様子が訓練場に響き渡る。 生徒たちも悲鳴と混乱の渦に飲み込まれた。
しかし、リーナの目には、どこか現実ではない、作り物の映像に映った。
講師の声も、慌てる生徒たちの姿も、どこか芝居を見ているようだ。
感情が追いついて来ない。
「……セレナが、私の代わりに崩落に巻き込まれたの」
アウレリアが震える声でぽつりとこぼした。
やっと落ち着きを取り戻したのか、周りに支えられ、その時に起こったことを語り始めた。
その言葉を聞いた瞬間、リーナの心臓が止まる。
(セレナさんが…… わたくしの愚かな嫉妬によってセレナさんが……)
自分がやったこと。
自分が望んだこと。
自分が望んだ現実。
アウレリアの言葉を聞いた瞬間、それらが一気に押し寄せてくる。
(わたくしは……アウレリアと仲よくするセレナさんを見たくなかっただけなのに……
どうして……どうして……セレナさんが……)
その時リーナの世界が、音を立てて崩れた。
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