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26話 属性アップ訓練(巌王編)3

 いつもなら静寂が支配する巨岩の試練坑(ガルダ・クレパス)には、麗しい……いや、麗しい”はず”の女性の悲鳴が木霊した。


「へっ平民、……その虫を今すぐ、今すぐ捨てなさい!! ワタクシ、虫が大嫌いですの~~!!」


 セレナは手のひらで無残に潰れた虫をポイッと放り投げた。

 すると、坑道が暗闇に支配され、リーナの目の前にいたセレナの顔すら解らないほど、真っ暗闇になった。


「きゃっ!? く、暗いですわ! 何も見えませんわ!!」


 慌てふためくリーナを見て、セレナのいたずら心がむくむくと湧き上がる。 そっと足音を殺し、リーナに近近づく。

 そして……  耳元に、ふっと温かい息を吹きかけた。


「ひぃああぁぁぁぁぁ~~~~!!」

 坑道に響き渡る悲鳴は、全ての生徒に聞こえるほどの大絶叫だった。



「はぁはぁ…… んくっ、なっ何をしてくれますの!?」

 

 闇の中でリーナは、顔を真っ赤にしながらセレナに文句を言った。


「リーナさん、リーナさん。セレナさんはこっちですよ」

「ちょっと待ってください下さいまし…… ようやく暗闇に目が慣れてきて……」


 リーナは手探りで目元をこすり、ゆっくりと暗闇に目を慣らしていく。

 そして暗闇の中に、うっすらと浮かび上がるセレナを見つけた瞬間、思わず凝視してしまった。

 (キャ―――!! だ、ダメですわ……正面から見られませんわ……!)


 暗闇の中で、リーナは両手で目を覆う。


「光はないんですの……?」

「えっと……明るくできるよ。でも、ここで魔法を使うと……」

「魔法を使うと、また迷路が動いちゃわない?」

 アウレリアが冷静に指摘する。


「真っ暗闇よりはマシですわ! 早く光を!」


 リーナの必死の訴えに、アウレリアは小さくため息をつき、セレナが魔力を込めて光を灯した。


 その瞬間、セレナの魔力に反応したように、巨岩の試練坑ガルダ・クレパスの巨大迷路が、音を立てて動きだした。



 いや、動き出したのは巨大迷路だけではなかった。


 壁が震え、地面がうねり、まるで大地そのものが息を吹き返したかのように振動が広がる。

 その中心、セレナの足元に、淡い光の紋章がじわりと浮かび上がった。


 ゴゴゴゴゴ……ッ!! 迷路の奥から、岩が砕けるような轟音が響いた。 暗闇の向こうで、巨大な影がゆっくりと立ち上がる。


 やがてそれは姿を現した。 巌王(がんおう)


 全身が無数の岩塊で構成された、十数メートル級の巨躯。 地下の岩壁が、重力を無視するかのように組み上がり、形を変えながら巨人の姿を形作っていく。 胸部には、赤黒いコアのような岩が脈動し、腕は山のように太く、足が地面を踏みしめるたびに、巨岩の試練坑(ガルダ・クレパス)全体が揺れた。


 ゴ……ォォォォ……ッ!!


 巌王が息を吐くように胸を震わせると、周囲の岩壁が共鳴し、砂利が雨のように降り注いだ。


 リーナは震える声で叫んだ。

「な、ななな……なんですのアレはぁぁぁ!!?」


 巌王がんおうの巨体を見た瞬間、リーナがパニックになり、悲鳴をあげて全速力で逃げ出した。


「セレナ、私たちも逃げよう!」


 しかし、セレナは首を横に振り、強い眼差しで前を見据えた。

「私がみんなを守る!!」


 次の瞬間、セレナは地を蹴り、巌王へと猛然とダッシュした。

 巌王(がんおう)の懐へ、あっという間に飛び込んだ。


 武器を持たないセレナは、魔法力強化の訓練のため素手のまま。 それでも迷わず大地属性の初級魔法を放つ。

礫弾(れきだん)!」


 放たれた礫の弾丸が巌王(がんおう)の胸へ叩き込まれる。 しかし、巌王には豆鉄砲も同然だった。


 逆に巌王(がんおう)が腕を振り上げ、地面に叩きつけた。

 触れれば、タダではすまないその攻撃に、しかしセレナは怯むことなく、さらに礫弾(れきだん)を撃ち込んだ。


「セレナ、私も戦う!岩槌(がんつい)!」

 アウレリアが地面へ手をかざし、魔力を叩き込む。 その瞬間、巌王がんおうの足元の岩盤から、人間ほどの大きさの岩塊が隆起した。

 隆起した岩塊は、まるで巨人の拳のように勢いよく跳ね上がり……


 ドンッ!  と巌王の脚へ岩槌(がんつい)が叩きつけられ、巨体がわずかに揺らいだ。


 セレナの礫弾とアウレリアの岩槌。 二人の攻撃は小さくとも確実に巌王へダメージを積み重ねていた。


 その様子を、ひとりの少女が食い入るように見つめていた。

 (な、なに仲良くしてますの……? セレナさんはワタクシの……ワタクシの……!)


 胸の奥がざわつく。 焦り、苛立ち、そして嫉妬。

 二人が肩を並べて戦う姿を見るほど、リーナの中で黒い感情が膨れ上がっていく。

 (どうして……どうしてアウレリアさんなんかと……!)

 その気持ちは、戦闘中という事すら忘れるほど強く、ついには……


 “事故に見せかけてアウレリアを殺してしまえばいい”


 その考えが頭をよぎった瞬間、リーナの心臓がどくん、と跳ねた。 まるで自分の中に、知らない誰かが住み着いたような感覚。


 (……そうですわ。ワタクシが、少し“手を滑らせる”だけで……)

 (アウレリアさんがいなければ……セレナさんは、またワタクシだけを見てくださいますわ……)

 (ワタクシの邪魔をするから……悪いんですのよ……? ワタクシからセレナさんを奪おうとするから……)

 (アウレリアさんさえ……いなければ……)


 思考が、静かに、しかし確実に黒く染まっていく。



「……礫弾(れきだん)

 リーナはほとんど聞き取れないほどの小声で呟き、アウレリアの背中へ向けて魔力を放った。


 思いもよらない方向からの攻撃に、不意を突かれたアウレリアは、

「きゃっ!」 と悲鳴を上げ、バランスを崩して前のめりに倒れ込んだ。


 その瞬間、巌王(がんおう)の拳が、倒れたアウレリアめがけて振り下ろされた。

 影が覆いかぶさる。 アウレリアは逃げる暇もない。


「危ない!!」


 その瞬間(とき)、セレナが駆け込み、倒れたアウレリアの背中を強く押した。

 アウレリアの身体が横へ転がり、間一髪で拳から逃れる。


 直後、巌王の拳が地面へ叩きつけられた。


 ドガァァン!!


 足場が大きく抉れ、地面が崩落する。 支えを失った巌王の巨体が、砕けた岩盤ごと下へと落ちていった。

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